ティリーエ捜索隊②
屋敷の外には魔術師団が火柱の結界に雷の包囲網を敷き、虫一匹逃さない厳重な警戒態勢。
合図と共に王国騎士軍の騎士たちが屋敷の中になだれ込み、ティリーエの捜索を始めた。
「あぁっ あんな土足で…!」
「あんなに乱暴に家財を扱って…!!」
母娘は縛られているのに構わず捜索の様子をハラハライライラ見守りながら文句を垂れ続ける。
ダムアとセブルスも捕縛されているが、俯いたまま一言も発しない。
「もうっ! いい加減やめさせなさいよ!」
「扉が壊れちゃう、カーテンが汚れちゃうわ!」
勿論誰も反応しない。
黙々と各部屋の隅々、クローゼットの中、カーテンの後ろに隠し扉などが無いかまで細かく調べているからだ。
「もう良いでしょう!?充分調べたではないの!
だいたい、あんな平民の娼婦崩れの娘に、ここまでするのって異常だわ!」
「私達の方が余程高貴なのに、こんな罪人みたいに縛り上げられて、絶対おかしいのよ。ねぇ、貴方がたはご存知ないのでしょう? ティリーエとかいう女は、ちょっと良く効く薬を作れて、少しばかり見た目が綺麗だからって聖女だとかおだてられて図に乗っているのよ。あの女の母親は、私が妊娠中に当主を誘惑して誑かし、あわよくば伯爵家に入ろうとした娼婦なのよ? その男誑しの汚い血が流れているの。そんな女、とても聖女とは呼べな」
「黙れ」
しゃべり続けなければ死ぬ病気にでもかかっているのか、聞くに耐えない妄言を吐き続けるディローダの口が、貼り付いて動かなくなった。
「んむむ!? ぅむむむんむ!!」
もごもごと頬や口の周りだけが動くが、唇を開くことができない。手は後ろ手に縛られているため、口に触れることはできないが、その温度があまりに冷たかったから、ディローダの口を塞いでいるのは氷だと分かった。
ただ、それをしたのは、セリオンでは無かった。
「私は腹に穴が開いた。焼けるほどに痛み、意識は薄れ、家族にはもう会えないのかと悔しさの中に死ぬ所だった。
だが、死にたくなかった。
その時、ティリーエ様の温かな魔力に包まれ、身体が湯に浸かるような心地になった。
そして奇跡的に命を助けて頂いて、今もこうして働けている。この恩はいかにしても返しきれないだろう。
お前は誰かを救ったことはあるのか。死ぬほどの怪我や病気をしたことはあるのか。
確か、魔術師団の討伐遠征に名乗りを上げておきながら、我が身可愛さに撤回し逃げ戻ったと聞いているが」
いつか、ティリーエが助けた第3師団の団員だった。
確かにいつか、ジェシカは父に連れられ後衛地の従事者募集に応募しかけて、直前に暴言を吐いて撤回したことがあった。
その様子は、多くの者に見られていた。
「そんなの、私の知ったことではないわ!
だいたい、身体を張って私達を守るのが魔術師や騎士の役割でしょう? それで給金を貰ってるんだから、そのために怪我や死んだりするくらい、普通じゃないの」
返答のために緩められた氷魔法で開けた口から、とんでもない台詞が飛び出した。
「それを私に何かしろだなんて、お門違いも甚だし…ぐむっ!」
再び塞がれた口は、粘土だった。
今度の魔法は、別の隊員だった。
「我々が身を賭して守るのは、間違ってもお前みたいなクズじゃない。善良で力のない国民全員だ。
お前は、火魔法を使えるらしいが、何の鍛錬もせず誰の役にも立てていない。貴族の義務すら果たせない阿保に、尊いもへったくれもあるか。
私が先の戦いで魔物に背中を切り裂かれた時、骨も肉も断たれて息ができなかった。これまで経験したことのない苦しみだった。ティリーエ殿に救われなければ、まだ歩くこともできていないだろう」
粘土で閉じられた口が大層気持ち悪いらしく、ジェシカは何度も身じろぎをしている。
だが、口を開けば皆を不快にするだけということが先程はっきりしたため、もう解く者はいなかった。
「ジェシカの言う通りよ! たかが薬師の小娘のために王立魔術師団や騎士、兵士まで動かすなんて頭がおかしいわ!
早く私達の縄を解きなさ… うむぐむぅ」
ディローダにもべちゃりと口に粘土が貼り付いた。
驚いたように目を開き、ジェシカ同様にもぞもぞウネウネ動きまくる。
その時。
「セリオン様!! 地下に続く怪しい扉を見つけました!」
「むぐっ!!」
明らかにしまった顔のディローダが跳ねる。
1階にある応接室の隣の部屋、碌に何も並べられていない本棚に不釣り合いな分厚い辞書。それを引き出すと本棚が横にスライドし、地下に続く階段が現れた。
「注意して進め」
セリオンの命令で、静かに奥へと歩を進めた。
◇
ティリーエが体育座りをして2時間くらい。
もうそろそろ彼らが催促に来ても良い頃だと思うが、そのような気配は全然無く、地下牢は静かなものだった。
「何かあったのかしら…?」
少し不安になって耳を澄ませてみても、何も聞こえない。
ただ、何だか肌寒い。
今頃は少し暑いくらいの季節だし、夜ならまだ分かるが真っ昼間に気温が下がるなんておかしい。
寒い気がするどころか、どんどん寒くなってきた。
ついには息が白くなる程に冷えたかと思えば、
ズドーーーーーン!!!
突然石壁がびりびりと揺れるほどの衝撃音が響いた。
「え何!? 外では一体何が起きているの!?」
ティリーエはにわかに不安になった。
爆撃が着弾したような音だ。
いつまでたっても悪魔の家族は降りてこないし、謎の爆音まで鳴り、ティリーエは居ても立ってもおられずに牢の中をウロウロしだした。
ギイ…
「!!」
急に光が差して、誰かが階段を降りてくる足音が聞こえる。
複数人のようだが、衣擦れや靴音から義母や義姉ではないようだ。
誰…?
ティリーエは息を詰め、肩をこわばらせて音の主を待った。




