ティリーエ捜索隊①
「お前達は曲がりなりにもティリーエの身内であり血縁だ。特に伯爵は実の親である。
もし少しでもティリーエに詫びる気持ちや後ろめたさがあれば、と期待した私が甘かった」
地を這うような声だった。
「あくまでも知らぬ存ぜぬを通すなら、こちらはもう容赦はしない。
もともと、ティリーエに害なせば、只では済まさないと警告していたしな。覚えていないとは言わせない」
凄まじい怒気が魔力を帯びて、部屋の中が冷気に満ちる。
ダムアの指先は冷え切って真っ白。顔面も蒼白だ。
だがティリーエがうちに居ることを認めることはできない。
いくら侯爵とはいえ、一介の魔術師が伯爵家の家を勝手に調べることはできない筈だ。
地下牢にいることなど、黙っていれば分からない。
ティリーエを連れてきたことに、ダムアは直接関わっていない。そう言って許しを請うことも頭をよぎったが、多分それでは赦されないだろう。
もう、自分は完全に共犯で、後には引けないのだ。
「えぇ、覚えておりますとも。ですから、ティリーエと関わってはおりませんし、うちにもおりません」
「分かった。そこまで言うならこちらもやりやすい。
カロン!」
セリオンがエントランスで声を上げると、すぐに扉が開いて、岩魔法使いのカロンが入ってきた。
「ハイ団長!!参りました!」
現れたカロンより、その扉の向こう側に見える景色に皆が刮目した。
「何!!???」
「えぇ!!???」
伯爵家門扉までのレンガ道と自慢の庭が全く見えない。
そこには物々しい武具や装備を身に着け、ギラギラと感情の火を迸らせ、こちらを凝視している軍勢が、きっちり整列していた。
扉が開いたことで、彼らからの視線が屋敷の中に注がれる。
「ぐっ…… 一体……」
奥の、戦争にでも向かう出で立ちなのは兵士か騎士だろう。
手前の軍列はローブを着ていることから、魔術師団員と分かる。合わせるとかなりの数だ。
シャムス王国旗を掲げ、今にも突撃せんばかりに緊張を張り詰めさせている。
扉から見える範囲は少なくとも、伯爵家は取り囲まれていた。
「では今から、屋敷を調べさせて貰う」
「はぁ!? あんな大勢がうちに入るのですか!?
そのようなこと、認められません!」
「お母様、怖い…」
「娘も怖がっています!!」
「そうですよ、いくら侯爵様でも、許可なく屋敷を踏み荒らして良いなどと言う道理はありません」
セリオンは変わらずの表情で、懐から書状を取り出し、3人に広げて見せた。
「それは…!!」
「これは勅令だ。国王直々に命じられた捜索である。
貴族、平民を問わず、この国に住まう者は須らく王の臣下であり、この命令には従う義務がある」
勅令には、国王の玉璽が押されており、"我が国の宝、聖女ティリーエを必ず無事に保護するべし。この捜索について協力を求められた場合、何人たりとも拒否することは叶わない"と書かれていた。
「しかし… 」
尚もあがき、食い下がるダムアに、セリオンは言った。
「ティリーエが書店を出てから馬車と接触しそうになり乗せられた所を見た者がいる。
その者から、馬車の特徴を聞き出した。
書店の前で不自然に急停車した馬車の轍は、数日経っても深々と残っていたんだ。
そして岩魔法が使える者に轍を辿らせると、こちらの伯爵家に繋がっていた。
カロンと、もう1人の岩魔法使いにも別々に辿らせたが、やはり結論は同じだった」
ゴクリ、と、ダムアの喉が鳴る。
「また、ティリーエの祖父殿に状況を聞けば、ティリーエの母君が事故に遭った時の状況と、酷似していると言っていた。
考えてみれば、同じ書店の帰りにたまたま都合良く馬車の事故に遭うなんて、おかしな話だ。
聞けば、どちらも取寄せの本を受け取る帰りで、本屋に行く日どころか時間まで指定されていたそうだな。
そんな厳密な書籍の売買など聞いたことがない。
本屋の店主を少し問い詰めたら、泣きながら白状したよ。
その時、6年前のティリーエ母君の事故も、人為的な殺人だったことが分かったのだ。
調べてみれば、今回目撃された馬車と、特徴が一致した」
母が撥ねられた時の目撃情報は、医療院のカルテに残されており、書類として残っていたそうだ。
静かに事実を淡々と話すセリオンに、身体の芯まで冷え切ったダムアの額には、脂汗が止まらない。
「ティリーエがいなくなった当初は、物盗りの犯行と思われたが、この調査の結果から伯爵家を第一容疑者とし、捕縛、屋敷を調査する許可を陛下から頂いている。
また、朱殷色で薔薇の紋が入った馬車も、探させてもらう。
きっと、まだ運び出せていないはずだ。
敷地のどこかに隠されているだろう」
そう話し終わった瞬間、
ピカッ ズドーーーーーン!!!
「うわぁぁぁぁ」
どこからか雷鳴と男性の悲鳴が聞こえた。
茫然自失の伯爵と、事態が飲み込めていない母娘を部下が即座に拘束し、悲鳴のした方向に移動する。
そこは台所の裏口から出たすぐ先で、執事のセブルスが泡を吹いて座り込んでいた。
どうやら、失禁しているようだ。
「セブルス…!?」
「旦那様…」
情けなく地べたにつく這るセブルスは、腰を抜かしたらしく動けない身体のままバツが悪そうに目を伏せる。
「どこから逃げようとしても無駄だ。
屋敷は完全に包囲している。
見ての通り、人間では無いがな」
「何よ、離しなさいよ!触らないでよもぅ …って、セブルス何してるの? え… キャーーー燃えてるわ!!?」
捉えられながらも抵抗を続けたまま連れてこられたジェシカは、漏らしているセブルスを見て驚き、更に外を見て驚いた。
ダムアもそれに続いて息を飲む。
今度は兵士や騎士などはいないが、数人の魔術師と、立ち上る火柱に囲まれていたのだ。
しかも、セブルスの前には―――というか、座り込み開脚した形になっている股関節の真ん中少し前の地面には、真っ黒な穴が空いていた。
「セリオン様っ!」
ひょこっと顔を出したのは、カロンの弟で雷魔法使いの、
「コピルか」
「ハイ! こいつ、裏口からこそこそ出てきたから、逃げるつもりかなぁ〜って、とりあえず脅して動けなくするために雷落としちゃいました☆」
テヘペロのコピルは最近、ティリーエが拐われてから無茶苦茶に修業をし、落雷の場所をコントロールできるようになったのだ。
自然系の魔術は扱いが難しい。
ティリーエを思えばこその飛躍的上達だった。
「クズが! ティリーエ様を拐っておいて、逃れられると思うなよ陰険野郎」
ティリーエ誘拐の実行犯が執事であることは明らかになっている。馬車の手配や証拠の隠滅、書店の店主への恐喝もこいつの仕業だ。
逃がすわけにはいかない。
「まぁセブルス! 自分だけ助かろうとしたの?最低ね!!」
「お前、使用人の分際で雇用主より先に逃げることなど許されると思って?!」
ジェシカとディローダがキィキィと罵倒する。
セブルスはどちらにしてももう只では済まないことを理解し、肩を落として大人しく確保されたのだった。
(失禁した服は着替えさせた)




