ナーウィス伯爵家再び⑥
地下牢は光が差さないが、体感的にそろそろ夜が開ける頃だと思った。
伯爵家を出て普通に暮らすようになり、質素ながらも3食きっちり食べるようになったから腹時計が割と正確なのだ。
ディローダやジェシカは予定が無い時は寝坊助なので、あまり早朝に出てくることはない。
だから、猶予はあと2時間くらいだろうか…
ティリーエは、ちらりと目の前のティアラを見た。
ゴテゴテした色とりどりの宝石をこれでもかと盛ってあり、豪華さを全面にアピールしたデザインは、センスの欠片も感じなかった。
ティリーエは膝に額を当てた。
複製するのは簡単だが、彼らの言いなりになるのも、彼らの利になることをするのも嫌だった。
もうすぐ彼らが起きてきて、宣言通り私の髪を燃やすなら、そうすれば良い。
聖力を、悪い力として使わないよう自らを律するので精一杯だ。身体を縮めていなければ、身の内からドス黒い感情が湧き出して、飲み込まれそうだった。
ティリーエは、腕を強く引き寄せた。
◇
「さぁ! ティアラを受け取りに行きましょう! これで私達は未来永劫お金に困ることはないわ」
「ティアラが終わったら、私のブローチをコピーしてみもらうつもりなの」
「あぁお腹が空いたわね。 でもあの子は地下牢に入れてしまったし、キッチンは凶器が多いからもう任せられないわ」
「そうだ! これから大金持ちになるんだから、お抱えシェフを雇いましょうよ!毎日最高の料理を食べられますわ」
そうしましょう名案ねと起床したディローダとジェシカが談笑していると、来客を知らせるチャイムが鳴った。
執事のセブルスが対応しているようだ。
使用人を全て辞めさせたため、身支度をする者がいない2人は、悪態をつきながら服を着替え始めた。
すると、階下が俄かに騒がしくなってきた。
「困ります! 何の許可があって…」
押し問答に近いやりとりを繰り返している。
「何の騒ぎだ、朝早くから…」
当主ダムアは、これまた起きたばかりという感じで部屋から出てきてエントランスを見下ろした。
そこには。
「ヴ… ヴェッセル侯爵様!!!」
氷の目をしたセリオンがその声に気づいて上げた顔と、真っ直ぐ目が合った。
「おや、ナーウィス伯爵様。遅い起床ですね。おはようございます。よく眠れたようで何よりです」
皮肉たっぷりに挨拶をした。
「いっ、いくら侯爵様とは言え、このような朝に何の先触れも無く来訪されるのは、いささか失礼ではありませんかっ…」
まだ寝ぼけて考えがまとまらない頭で急ぎ階段を降りながら、何とか返事を返す。
「確かに失礼かもしれないな。ただ、今日は別に、茶を飲みに来たのでも、遊びに来たのでも無い。
先触れなど出せば、お前達は逃げてしまうだろう?」
「"お前"…!? 私はれっきとした伯爵位を持つ高位貴族です! 侯爵家の当主としても貴方のような若者に、そのように呼ばれる覚えはありません!」
さすがに頭に来て大きな声を出した。
「あぁ、気に触ったなら失礼。私は何も伯爵位を無下にしているつもりは無いのだ。誤解させてしまったのなら申し訳なかった。
私はただ、犯罪者に払う敬意などを持ち合わせていないだけなのだ」
ずっと淡々と無表情だったセリオンが、最後に語気を強めてダムアを睨みつけた。
「犯罪者…?」
「ティリーエがこの屋敷にいることは分かっているんだ。いますぐ無事を確認させろ」
「‥‥‥ ティリーエ、ですか?」
「あら! 侯爵様ですの!? ようこそおいで下さいました!」
「まぁ、伺っていた以上の精悍な顔立ちに涼しい目元… 素敵ですわ…」
着替えを終えたディローダとジェシカが降りてきた。
「もう1度言う。ティリーエの無事を確認させろ」
2人には構わずセリオンは繰り返す。
「まぁ、ティリーエがいなくなったのですか? 都合の悪いことがあるとすぐ逃げ出す癖があるのですわ。あの子にも困ったものですね。
それは心配ですが、我が家には来ておりませんの」
なおも会話に割り込むディローダが手を頬に当てて驚きを表すが、何ともわざとらしい。
「それより、我が家には正真正銘、貴い貴族の血が流れた一人娘がおりますのよ。あんな平民の汚れた娘より、我が可愛い娘のジェシカとお話されませんか?」
そう言ってジェシカに手招きをする。
呼ばれたジェシカがはにかみながら近寄ってくると、セリオンは不快感を露わにして手を振った。
シッ シッ の振り方だ。
「なっ!!」
カァッと頬に血が集ったジェシカが唇を噛んで立ち止まる。
「侯爵様!令嬢に対してあんまりな態度ではありませんか!」
今にも泣きそうな娘の肩を抱き、非難を込めた瞳で見返す。
「先程も同じことを言ったのだが、さすがは夫婦というか、腐った者同士は似るのだな。
私は令嬢に対する配慮が無いのではなく、"犯罪者に払う敬意がない"のだ。
お前達は人殺しであり、家族ぐるみの人拐いで、歴とした犯罪者だ。
私は先程から、ティリーエの無事を確認させろと要求しているのに全く事態が進まない。なぜだ?
それ以上に優先すべきことなどない。
ティリーエの所に案内しろ」
苛立ちを隠す気もないらしく、ほぼ命令口調で言い放った。
まずい、侯爵様の様子では、母親のこともご存知なのだ。しかも、ティリーエに害なせばという警告も受けていた身でティリーエが地下牢にいることがバレたら、本当にヤバい…!
ダムアはようやく頭が働き出し、自分の状況を理解できた。
「侯爵様! ですから、ティリーエはここにおりません! 何の確信があって我が伯爵家をお疑いなのです!? これ程の失礼を、勘違いでは済まされませんよ!」
ディローダが金切り声を上げた。
セリオンはゴミを見るような表情に失望を滲ませ、3人と1人(執事)を見渡してから、声を低くして言った。




