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ナーウィス伯爵家再び④

ティリーエの、温度を失った指先が小刻みに震える。

顔色はいつもにも増して白い。

グレーの瞳は赤みを帯び、静かに怒りの焰を燃やしていた。



「あら、今までそんな顔したことなかったのに、表情豊かになったわねぇ」


揶揄するようにディローダが笑う。


「枯れ木の人形のようでしたのに、ちやほやされて持て囃されたら1人前に意思を持っちゃったのね。そんなの要らないのに。

忘れてるみたいだけど、あんたはウチで母親の罪滅ぼしをする罪人で、使用人なの。意思なんて必要無いのよ」


ジェシカがわざわざ近づいてきて、ティリーエの顔を覗き込んだ。



プツン  と、何かが切れる音がした。




俯いていたティリーエは、ゆっくり顔を上げる。

唇をキュッと結び、歯を食いしばっている。

目に湛えていた涙がはらりと零れるのと、ティリーエが両手を前に出したのは同時だった。



「なっ 何よ」



突然ティリーエが血相を変えて手を突き出したので、驚いたジェシカが後ずさる。



ガシャ…  ガシャガシャガシャガシャガシャガシャ…


ティリーエが手を翳せば、テーブルの上にあったナイフとフォークが幾百にも増えて浮き上がった。

それらは轟々とまとまって空中で渦を巻く。

例えるなら、水族館で泳ぐ鰯の群れのように。



「キャァァァア!!!!! 何なの!?何なの!?」



その異様な光景に、ジェシカはディローダの所に逃げ帰る。



ティリーエが手を振ると、それらはひと塊となり牙を向いて、一気に4人へ飛びかかった。



「やめてやめて!!!イヤーッ!!」

「やめなさい!!やめっ… キャー!!」

「やめろ!!やめてくれ!」

「くそっ!」



4人は顔や頭を抱えて、それらがもたらすであろう斬撃に目を瞑った。

頬や耳の横で、風を切る音が髪を揺らした。


ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!

ズババババババババババババババババババババ!!





「ギャー……  ?」



全身に突き刺さり血塗れになったかに思えたが、実際は誰もどこも痛くなかった。

4人は信じられない顔で自分の手や身体をぺたぺたと確認してから、周りを見渡した。


するとそこには。


おびただしい数のカトラリーが、壁に深々と突き刺さっていた。




ティリーエは、出していた手を静かに降ろした。


本当は、滅多刺しにしてやりたかった。

結婚していながら母に懸想し、子供まで作った考え無しの父親を。

母を長く貶めた挙げ句に殺した義母を。

恐らくは共犯の執事を。

母を蔑み罵倒して、自分では何一つできないのに、全てを他人のせいにして享楽を得ることしか頭に無い義姉を。

ずっと嫌いだった。憎んでいた。

搾取され失った時間を返して欲しかった。


だけど。


手を下ろしながらティリーエは、自分の中にそんな感情があることに驚き、やはり私は聖女には相応しくないと嘆息した。


結局、感情に任せてそうしなかったのは、ティリーエが持つ力が"聖力"だから。

祖父が言っていた。聖力は人を助けるために使うのだと。アマルの国では、本来そう制約をかけられるのだ。

ティリーエは制約をかけられていないが、聖力で人を傷つけたなら、もうアマルの神に顔向けができないと思ったのだ。



「なっ  何なのよ!!あんた!! 魔法、使えるじゃない!!」

「私達にこんな真似をして、タダで済むと思ってるの!」



大人しくなったティリーエに、さっきまで恐怖に震えていた2人が顔を赤くして怒鳴りだした。

そして、ディローダは壁に刺さっているナイフを1つ抜くと、ギラリと見つめる。



「細かい装飾まで我が家の銀製のナイフだわ。適当なナイフじゃない。

あんた… これ全部コピーしたのね」


ナイフの刃に赤い唇が映る。



「見たことがない魔法だけど、何の属性かしら。まぁ、よく分からないけど、なかなか使えるじゃないの」


「じゃぁ、やっぱコイツ魔法使えるの? えー悔しい」



ティリーエに、もう攻撃の意思無しと踏んだ2人は、やいのやいのと騒ぎ出す。



「ジェシカ、これは正真正銘金の卵だわ。家中の貴金属や宝石を集めてコピーさせれば、我が家は一気に大金持ちになるの。しかも、これから一生よ。もう貧乏貴族とはオサラバね。

笑いが止まらないわ…うふふ」


ディローダがニヤリと笑う。



「本当!?嬉しい! でも、大人しく言う事聞くかなぁ…」


先程の恐怖が冷めやらないジェシカは、少し怯えた表情でティリーエを見つめる。

ティリーエは抜け殻のように虚空を見つめていた。



「複製の魔法なら、危ないものを近くに置かなきゃ良いのよ。地下牢に閉じ込めましょう。あそこなら、何も無いわ。牢の中で私達が持ってきた物を増やさせるの」



「なるほど!お母様素敵! それなら近寄っても危なくないわ! でももし言う事を聞かなかったら?」


「それは少し痛い思いをして貰うしか無いわね。言う事を、聞きたくなるぐらいの」



意地悪い目でティリーエを見つめる。

いつか、ティリーエが心配した通りの流れだ。

ジェシカも、やっと安堵してティリーエに笑いかけた。



次はセリオン回です!

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