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書店の店主の苦悩②

単なる偶然なのか、仕組まれた事故なのか、完全には分からなかったが、この奇妙な偶然はずっと私の胸で気持ち悪く燻っていた。



ただ、以後、異国から本を取り寄せる時は、必ずアテリオン商会から納品された。その都度、商品に添えられた同じ刻印がある包装紙や紙袋を目にすることになり、あの出来事は1度たりとも忘れることはなかった。




そうしていつからか、その女性に瓜二つの少女が買い物に来るようになった。

すぐに、小さかったあの女性の娘だと分かった。

大きくなり、また美しく成長している。

同じように医学書や薬学、植物の本を好む。

ティリーエという名前の、ほがらかで可愛い子だ。




そんな時、彼女リリラーラが買って命を散らした異国の植物図鑑の、続刊が出たという知らせが来た。

あの図鑑に続刊が…。

あの時の気持ちが再び腹の中で渦巻き、吐き気を感じた。

本に全く罪は無いが、何となく不吉な気がして、私はポスターを貼らなかった。



そして、あの子が定期購読をしている薬草の友が届いたので連絡し、久々に顔を合わせた。

ますます母親に似て美しく、明るい彼女には暗い影が見えなくてホッとする。

今日は8冊も買うつもりのようだ。最近薬師として独り立ちしたとも聞いていたので、ずっと見守ってきた身としては嬉しい気持ちになった。


立派になって… と勝手に感慨深くなっていたら、彼女に呼ばれた。



「あの、虹色植物図鑑の続刊が出ていると聞いたのですが、取り寄せお願いできますか?」



一瞬で私の心臓は凍りついた。



「なぜ… それを? まだうちにはポスターを貼っていなかったのに…」


知らずに掠れる声で、私は尋ねた。

にこりとも、笑えていない。



「旅行というか、遠征先の本屋さんに告知があったんです。 でもその本屋さんは遠いので、こちらにお願いしようかと…  難しいですか?」



「いや… 大丈夫だ、と思う」



取り寄せは、国内と国外で業者が違う。

ディローダ様の縁が強いアテリオン商会は、国外商品の貿易、輸出入を扱っている。

これまで彼女ティリーエは、薬草の友など、国内商品しか取り寄せをしていなかった。

しかし、この図鑑を異国から取り寄せるとなれば、アテリオン商会に顧客情報が届いてしまう。

あの事件以後、この書店の書籍輸入は、全てアテリオン商会が行っているのだ。


この子は大丈夫だろうか?

私の考えすぎだろうか?



「この本は、まだ貴女には難しくないかな…?」


どうしても嫌な予感がして、何とか思い留まらせようとする。



「そうかなぁ。でも、この図鑑、とっても綺麗なんですよ! 字が読めなくても、絵だけ見るだけでも幸せになれちゃいます」



えへへと笑う彼女は、注文を取り消すつもりは無いようだ。


私も、これ以上売り渋るのも可笑しいので、用紙を渡した。



最後に、わざわざ薔薇の紋の入った紙袋を渡す。

あの日の馬車に、薔薇の紋が入っていたことは知っているはずだ。

この本屋の帰り道で事故に遭ったことも。



どうか気づいて欲しい。

この本屋が、私が、その紋と関係があるということを。

そしてできれば、もう来ないで、遠くに逃げて欲しいと願いを込めて。


「えっ 袋貰って良いんですか? 助かります! 小さな花の刻印が可愛いですね。 薔薇、でしょうか… ありがとうございます!」


ぺこりと無邪気にお辞儀をして帰っていく姿を見つめながら、拭えない不安感が胸に詰まった。




そして、嫌な予感は的中するのだ。



それから数日後に、"ディローダ様のお付きの人"だった男性が、彼女ティリーエが受け取りにくる日時を教えろと言ってきたのだった。



背中が汗を伝い、鼓動が耳に響く。

ハイハイと、いつものように2つ返事で答えない私に、その男は眼鏡の奥から冷たい視線を寄越した。


「何だ? なぜ返事をしない」


「‥‥‥」


何と言ったら断れるのか、回らない頭で一生懸命考える。


すると、なかなか口を開かない私に業を煮やしたその男は、スッと傍に寄り、耳打ちした。



「何かに気づいたとしても、運命に逆らわない方が懸命ですよ。そうでなければ、貴方も同じ道を辿ることになりますから」


「ひっ」


それは明らかな脅しだった。

私は震える手で、取り寄せの申込み用紙を渡した。


男が帰った後、自分のしたことの罪深さに涙が流れた。

1度目とは違う。理由はどうあれ自分は共犯となったのだ。

我が身可愛さにあの子を売った。

後悔しても、時は戻らない。









「ティリーエが帰っていないだと!?」


ヴェッセル侯爵家に、祖父が飛ばした伝令が届いたのは、ティリーエが街に出た2日後だった。


ティリーエが本の受け取りに街に出た後、消息を断ったらしい。普段寄り道せずまっすぐ帰ってくるティリーエがまだ戻らないのは、明らかな異常事態だ。


祖父の話では、ティリーエは銀行に預けるための褒賞金を背負っていたとのことであり、物盗りの可能性が高いと書かれていた。



祖父が翌日、本屋の店主にティリーエのことを聞いたが、図鑑は確かに渡して代金を受け取ったが、その後のことは分からないと言うのだそうだ。



目的が金であるなら、搾り取った後のティリーエは口封じに殺されるかもしれない。

セリオンは大声で執事ビアードを呼んだ。



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