西の森、魔物討伐③
その後も、火、風魔法で熊豚などの魔獣や魔鳥を討伐する一方、岩、雷、水、氷魔法で大針鼠を討伐していった。
串刺し弁当を食べながら、ティリーエは負傷者の治療も行った。
この森に入って何日、何時間経ったのか… だんだん分からなくなった頃。
「ここが…」
気づけば森の最奥に着いていた。
暗く気味の悪い木々が鬱積と茂るその場所には、ヘドロの沼があった。
腐った臭いが立ち込め、ブクブクと泡立っている。
濁っていて底は見えない。
「この沼から、魔物は生まれるんだ」
「そうなんですか… なぜ…」
「一説には、この沼は人々の悪意や恐怖が具現化したものと言われているが、確かめることができないから、分からない。
人間を攫う魔獣や魔鳥がいるが、食べるためなのか弄ぶためなのかも… 何も分かっていないのだ」
セリオンが首を振る。
「ただ、魔物がこの沼から生まれることだけは確かだ。
過去に見た者がいるからな。
討伐は、この沼に、これを投げ込めば任務完了だ」
第1師団長リーベイツが、そう言いながら鞄から透明な石の塊を取り出した。
何だろう?
ティリーエが首を傾げていると、セリオンが教えてくれる。
「あれは、雲水晶の原石だ。 強い浄化の力がある。
魔物が生まれるのを、抑制してくれる石だ」
リーベイツが雲水晶の塊を沼に投げ入れると、マシュマロが溶けるように広がり、白い煙がふわりと立ち昇る。
しばらくしてその靄が晴れたら、淡く水面が光っていた。
「まぁ…!」
それは、幻想的な光景だった。
皆、しばらくぼうっと見惚れていた。
はた、と気づいて帰路につく。
前に雲水晶を入れたのは、100年前だったそうだ。
魔物が街に近づいた3年前は、雲水晶を沼に入れるに至らず撤退を余儀なくされた。
今年はとうとう前の水晶の効果が完全に切れ、魔物が増えすぎたということだった。
水晶を入れても魔物が全く生まれなくなるということはなく、減るという程度だそうだが、バンバン生まれては対処が追いつかないので、この儀式は大切なものなのだ。
途中で振り返ると、いつの間にか光は消えていて、元の変わらない沼があるように見えた。
「さぁ、少し急ごう。だいぶ暗くなってきた」
「あ、ハ…」
ハイと返事しようとして、膝に力が入らない。
崩れ落ちて座り込む。
さすがに聖力を使いすぎたようだ。
何日も何時間も1度に複数人の魔力を助けたり怪我を治癒させたり、あれから更に何人かが毒蛇に噛まれたため調薬し、解毒剤を複製したりと、ティリーエの体力聖力は限界突破していた。
いくら弁当を食べながらとは言え、もはや身体はボロボロだったのだ。
「ティリーエ!!」
「すみませ、セリオン様…」
セリオンに抱きかかえられながら、ティリーエはまたしても意識を手放した。
◇
気がつけばティリーエは、ふかふかベッドに寝かされていた。
天井に彫ってある天使と目が合う。
「‥‥‥‥」
真っ白な天井…
見覚えがあるような無いような?
むくっと起き上がると、オレンジがかったサーモンピンクの壁紙が目に入った。
「ここは!」
そこは見慣れた王城の離宮、花館だ。
窓から見えるのは気持ちの良い晴天。
今回は一体何日寝ていたのだろう。
ベッドから降りたら、派手に転んだ。
カターン!!
へぶっ!!
傍にあった椅子を倒したもので、大きな音が響いた。
すぐに、パタパタと誰かの足音が近づいてくる。
「大丈夫ですか!? ティリーエ様!!」
頭から床につっ伏しているティリーエを見て蒼白なのはモレアだ。
「私が花瓶の水を替えようと離れたばかりに…!」
駆け寄って身体を起こす。
「モレア…! そう。ここは、花館なのね…。
ん…あ、大丈夫です… むしろお手を煩わせてすみません…」
くわんくわん回る頭を押さえて、何とかベッドに這い上がった。
「ミラ! ティリーエ様が目を覚まされたこと、王城に伝令をお願い」
再び寝かされたティリーエは、今が討伐の2日後だということを教えて貰った。
良かった。前回より短い。
足がまだ震えている。
「私、どうして…」
足腰が痛いのと、立てない所を見ると、今回は空腹のエネルギー切れというよりは…
「ファラ様の見立てでは、その… "運動不足"と… 」
ですよね…。
普段、狭い薬屋で座ったり立ったり、少しチョロチョロするだけだったのに、馬で後衛地(近くの森)まで行ってから魔の森までは徒歩だし、森の中は足場の悪い根の上をひたすら歩いたり走ったりしていたのだ。
そして聖力を使い続け、負傷者を治療した。
今回悲鳴を上げたのは、聖力もあるが、体力と身体の方だったのだ。
「魔術師団の皆様も、ほんの先程凱旋されたばかりです。
ティリーエ様は、セリオン様が馬車を不眠不休で飛ばしてこられたので、半日ほど早くお着きになられました」
うわ… 申し訳なさすぎる…
しかも倒れた理由が筋肉疲労って。
トホホとうなだれるティリーエに構わず、モレアはかいがいしく身の回りを整え始めた。




