西の森へ③
ティリーエ達は、半日遅れで隊に合流した。
幸い、本隊が物資の供給に手間取っており、まだ後衛地にいたため間に合ったのだ。
今回は予定通り、師団ごとでなく合同部隊が結成されており、属性ごとに組まれている。
先に出ていた討伐隊から、やはり魔物が間もなく森から出てきそうとのことであった。
全員、気を引き締めて森へ向かう。
ティリーエは、北の街でそうだったように、後衛地での待機を勧められたが、怪我人の治療には少しでも近く早い方が良いと、前衛について行くことになった。
「大丈夫か、ティリーエ」
ティリーエを前に乗せて馬を駆るセリオンが心配そうに聞くが、ティリーエは元気一杯だ。
尻の痛みと衝撃にもだいぶ慣れた。
予め準備している特製串刺し弁当を例の四次元ポケットバッグに詰めてるし、他にも色々準備万端である。
隊は1度止まり、全隊は近くの森に馬をつなぐ。
この森は、西の森へ向かう手前の、最後の森だ。
偵察隊が潜んでいたのもこの森で、1番高い木の烏鷺からは、魔物の森がよく見える。
ここからは徒歩で向かうのだ。
魔物の森はうねうねした根が入り組み、馬で走ることはできない地形らしい。
森までは、途中の大きな岩や土山で身体を隠しながら進んだ。
◇
ふと地面を見ると、乾いてひび割れている。
周りを見渡すと、そういえばあまり草や木がない。
熱くはないが、砂漠みたいな雰囲気だ。
ひび割れた赤土、岩や土山の向こう、まるで蜃気楼みたいに見える暗い森は、根が森を持ち上げようとしているかのようにせり立ち、鬱蒼と茂っていた。
元はオアシスだったんじゃないかと思う程、周りには植物が無い。
周囲に何もないぶん、この魔物の森だけ不自然に木々が生い茂る様がむしろ気味悪さを引き立てている。
近づき、目の高さより地面が高い森に驚いていると、
ヒュッ
ティリーエの傍を風が通った。
パスッ
木の枝が落ちて、背中がヒヤッとする。
セリオンがいつの間にか氷盾を展開していた。
今の一刃だけ盾に漏れて流れたようだ。
「奴だ」
森の門番、鎌鼬鳥だ。
一斉に、氷と風属性の魔術師団員が、空に向かって追撃を放つ。
鎌鼬鳥が飛ばす風切羽と風圧を盾で防ぎながら次々に貫き、打破していく。
断末魔と衝突音が激しく響く。
また右方では、襲い掛かる熊豚に、火魔法部隊が対応している。
どちらもこちらが優勢だ。
「ティリーエ、こちらへ」
セリオンは、ティリーエを木々の根の影に隠す。
カロンに壁を作らせ、ティリーエは大きな卵の中にいる形となった。卵には小窓があり、空気を通すのと外を見ることができる。
セリオンとカロンも魔物と戦うために戦線に戻った。
ティリーエは、皆を応援しながら様子を見ていたが、まだ大針鼠が現れる気配はない。
その時、突然、団員の大声が聞こえた。
「大丈夫か!!? どうした!? なぁ!!!」
数人の団員が駆け寄る。
どうやら1人が倒れたらしい。
「どうした!? 何があった?」
「分からないんです 急に倒れて…」
炎と氷と岩が飛び交う中、心配する団員数人に囲まれて横たわる団員の身体が、震えているように見える。
「あの! 出して下さい! 私、急いで診ます!!」
中から、叫び、カロンに開けて貰った。
手早く診察すると、足先に2つ小さな穴が開いていた。
そこからタラタラと細く血が流れている。
この血、全く固まる気配が無いわ…
ということは、溶血性の毒ね…
団員の痙攣は、酷くなりつつあった。
寒いのか、カチカチと歯を鳴らしている。
ティリーエは持ってきているバッグから小瓶を2つ出し、混ぜて調薬する。
それを団員に飲ませた。
ティリーエは、飲んだ薬液が患者様の身体に染み渡るよう、聖力を使い始めた。
淡く白の靄が降りて、身体が包まれていく。
徐々に震えが治まり、表情が柔らかくなった。
指先に温度が戻り、ぱっちりと目が開いた。
「僕は…」
「貴方は何らかの毒にやられたようですね。 何だったか覚えていますか? 虫か、植物か、蛇… とか 」
「蛇… だったと思います。 噛まれた時、痛かったから。
黄色に赤の斑点が気持ち悪い蛇でした」
「黄色に赤の斑点なら、ゴマダラ毒蛇でしょうね」
ゴマダラ毒蛇は、西の森にしかいない毒蛇で、致死量はスプーン一杯と書かれている。
他にも、西の森には7種類の蛇がいて、それぞれ毒がある。
王宮図書館でそれを知ってから、ティリーエはありとあらゆる解毒剤を作った。
あの、バカ高い薬草も、そのために買ったのだ。
解毒はできても、熱が出ることが多いため、彼は大事をとって後衛地に下がることになった。




