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討伐前夜

「セリオン様、左腕を、診せて頂けませんか」



!?


予想外!!


何故?



セリオンはどちらかと言うと色恋イベントかと構えていたので内心驚きつつ、別に隠すようなことでもないので頷き、上着を脱いだ。



傷は、肩からすぐ下の上腕部にあった。

ティリーエは、引き攣れた傷口に優しく触れながら、診察を始める。



「痛みますか?」



「いや。幸い、痛みはほとんど無い。というか、あまり何も感じないんだ。

つねっても、痛くない」


そう言うとセリオンは前腕の皮膚をつまんで見せた。


ティリーエは傷口をなぞりながら、その下の組織に意識を集中する。

筋皮神経と上腕二頭筋の完全断裂ね。

一部、上腕三頭筋も部分断裂しているわ。

しかも他の筋肉や組織と癒着していて、内部はめちゃくちゃになっている。



「お食事は、お願いしていたメニューを召し上がりましたか?」


「あぁ、料理長にお願いした」



「セリオン様、お怪我をされてから期間が経っていますから、完璧に治せるかどうか分かりませんが、私が治療をさせて頂いても宜しいでしょうか…」


「私に、治療を? それは構わないが…

国中の薬師や医術師も手をあげたものだから、難しいと思うぞ。 君が落胆しなければ良いが…」



「はい。 簡単な状態ではなさそうです。 最悪、良くできないかもしれません。でも、悪くなることはありません。どうか治療をさせて頂きたいのです」


「もとより捨てている腕だ。 別にどうなっても構わないから、何でも試してみれば良い。 その結果に、責任を感じることはないと思ってくれるならば」



「ありがとうございます! 誠心誠意、努めさせて頂きます」



ティリーエは、深呼吸をして両手を広げ、セリオンの腕の上に翳した。

光の靄が降りてきて、柔らかく包み込む。


やはり、数秒、とはいかない。

皮下、真皮、血管、筋膜、筋線維、神経鞘、神経、骨膜… 

目を閉じ、意識を深く潜り込ませる。


治癒する順番を誤らないことに注意し、組織の回復に合わせて指や手の位置を微妙に変えながら移動させていく。

1回では不十分で、何度も往復させる。



やはり、光のピアノを弾いているようだ。

セリオンは、久々に間近で見るティリーエの聖力(白の魔力)の美しさに、言葉を失っていた。

その光の靄は、前に見た時よりも広く、速く広がり、繊細な動きをしている。


それと同時に、セリオンの指先が温かく感じ始めた。

あの怪我の後から、正座の後の痺れのような違和感がずっと続いていたが、なんだかそれが薄れている。

いつも指先が氷のように冷たく、感覚が無いため3枚も4枚も重ねてぶ厚い手袋をつけているようだったのが、まるで風呂から上がった時のように体中がホカホカで、手袋は薄い1枚ぶんになっているのだ。



しかも。



なんかテーブルの感触が分かる気がする…




現在、セリオンは上半身裸で、腕をテーブルに載せた姿勢でティリーエと向かい合って座っている。

テーブルに載せた腕は感覚が無いから、本来冷たいとか寒いとかを感じないのだが、今は少し感じる気がするのだ。



む…


やはり冷たい… つるつるしている…


えっ? 本当に?



自分ながら疑わしくて、再度左手に意識を向ける。

今度はより鮮明に、テーブルの感触が指に伝わってきた。


ピクッ



「えっ」



ピクピクッ



「動く… 指が、 動くぞ!」



セリオンの驚く声と、ティリーエの光の靄が消えるのは、同時だった。



「セリオン様、終わりました。

動かしてみましょう。 ゆっくりで良いですよ」



セリオンは頷き、グー、パーをゆっくり試し始めた。



「おぉ」



ぎこちなくも指が動くようになったら、肘を曲げてみている。



「肘も、動く…! 曲がるぞ…!」




「良かったです! あとは筋肉と神経が忘れてしまった"動かし方"を、思い出すだけです!

自分のペースで、反対の手を参考に、左手を動かして下さい。

時間の許す限りは繰り返すと良いですよ。

とにかく自主トレが大切です」




「ティリーエ!!!」



思わずセリオンはティリーエを抱きしめた。


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