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西の森へ①

翌朝。


昨日は遅くまで調薬をしていたから、ティリーエはなかなか起きられなかった。

なんなら、さっき寝たばかりなぐらいだ。



コンコン



「ん…」


コンコン


「もうちょっと…」



コンコン 「ティリーエ。起きなさい」



「あとちょこっとだけ…」



コンコン!! 「ティリーエ!!ティリーエ!!」



「ちょっ! 何よ! もう少し寝かしてくれたって」

「セリオン様が来られたぞ!」



!!!!



ぐはっ!!



ティリーエはエアー吐血をした。

一気に目が覚めた。


今日が約束の4日後だったのだ。

風呂も入らず頭はぼさぼさ、ひどい有り様のティリーエは、もういっそ消えてしまいたいと思った。









馬車の中で終始しょぼくれているティリーエに、セリオンは優しく声を掛ける。


「気にすることはない。昨夜は、遅かったのだろう?

薬草を仕入れに行ったと聞いている。調薬までしていたと」


「はい、いえ… 申し訳ありません」



結局、既に並んでいた50人を治療し、以降の人には事情を説明し、解散してもらってから旅路の準備をしたので、出発は昼過ぎ。

かなり出遅れてしまったことになる。


申し訳なさすぎて、ティリーエは顔を上げることもできない。



「雨や崖崩れ、馬の事情で、こんな数時間なんてあっという間に誤差範囲だ。

それに、ティリーエは怪我人の回復に向かっているのだから、討伐の開始に間に合わなくて全然良いのさ。

むしろ、君の力が初期から必要な状態は危険で劣勢とも言える。

何なら最後まで出番が無いことを期待したいね」



肩を竦めて笑ってみせるセリオンは、本当に優しい人だ。ティリーエもつられて少し笑った。


「ティリーエは、こちらに戻ってからどんなことをしていたのだ?」


「前回、ふがいなく4人の治療で倒れてしまったので、根性(?)を上げようと思って、ひたすら診療と治療をしていました」



「ティリーエ。瀕死の4人を救ったことは、並大抵ではない。むしろ誇っても良いぐらいだ」



「今では1日に280人治療できるようになりました」


「そうか280人… 280人!? 待て待て待て  おかしくないか!? それは人間技じゃないぞ!?」


「あっ! 勿論、瀕死の重症者を280人ではありません! 

語弊がありましたすみません」


「それはそうだろうが、計り知れんな…」



規格外の力に驚くセリオンに、今度はティリーエが尋ねた。




「魔術師の皆さんは、修業、いかがでしたか?」



「あぁ、私は雷と水、氷の連携技を指導していたから、岩魔術師達の盾魔法の仕上がりは分からないが、こちらの連携技はなかなか精度が上がってきたぞ。

多分、実践でも使える筈だ」


「まぁ! すごいですね!!」



皆もこの数日を有益に過ごせたらしい。

明日には西の森に着く。

以前のように易々とはやられないぞ、と、2人は決意を新たにした。






そして、その夜の宿屋。



前回、夜のお茶を誘って大敗を喫したセリオンは、今夜再挑戦すべきかこのまま寝るかを考えこんでいた。


下心は無い! 茶と菓子と共にゆっくり話したいだけだ。

だが、また断られたら…?

立ち直れないかもしれない…



など悶々としながら部屋の中を歩き回る。

カラカラの喉と、ポケットの茶菓子はもう準備万端だ。

あとは、ティリーエの部屋の扉をノックする勇気だけ。

それがなかなか湧いてこない。


うーむ



心を決めかねてウロウログルグルしていたら、突然、セリオンの扉がノックされた。


コンコン


「!! 誰だ?」



驚いてやや裏返った声で返事をする。



「セリオン様、起きておられますか?」



まさかの、ティリーエだった。

扉を開けて迎え入れると、以前セリオンがプレゼントした、レースとフリルにリボンをあしらった、可愛いネグリジェ姿のティリーエが立っている。


しかも心なしか、頬が赤く、もじもじしているのだ。

可愛すぎる。



「あ、あぁ、ティリーエ、こんな夜にどうした」


平静を装いつつ緊張がガッツリ表に出ながら、セリオンが尋ねる。



「あの、お部屋に入っても宜しいでしょうか…?」


「も、もちろんだ。 さぁ、こちらへ」



どうした!? 今回は何だ!?


しかし可愛いな! あのネグリジェ、よく似合っている。

セリオンがティリーエを中にいざない、窓辺の椅子に案内した。

雰囲気的に、お茶を楽しむ感じではない。

ティリーエはなぜか、少し緊張をしているようだ。何かを、言いたくて言い出せないでいるような感じ。

セリオンは待つことにした。

主の発言を待っている柴犬の佇まいだ。



まさか


まさか?



意を決し、ティリーエの桜色の唇が開かれた。


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