西の森へ①
翌朝。
昨日は遅くまで調薬をしていたから、ティリーエはなかなか起きられなかった。
なんなら、さっき寝たばかりなぐらいだ。
コンコン
「ん…」
コンコン
「もうちょっと…」
コンコン 「ティリーエ。起きなさい」
「あとちょこっとだけ…」
コンコン!! 「ティリーエ!!ティリーエ!!」
「ちょっ! 何よ! もう少し寝かしてくれたって」
「セリオン様が来られたぞ!」
!!!!
ぐはっ!!
ティリーエはエアー吐血をした。
一気に目が覚めた。
今日が約束の4日後だったのだ。
風呂も入らず頭はぼさぼさ、ひどい有り様のティリーエは、もういっそ消えてしまいたいと思った。
◇
馬車の中で終始しょぼくれているティリーエに、セリオンは優しく声を掛ける。
「気にすることはない。昨夜は、遅かったのだろう?
薬草を仕入れに行ったと聞いている。調薬までしていたと」
「はい、いえ… 申し訳ありません」
結局、既に並んでいた50人を治療し、以降の人には事情を説明し、解散してもらってから旅路の準備をしたので、出発は昼過ぎ。
かなり出遅れてしまったことになる。
申し訳なさすぎて、ティリーエは顔を上げることもできない。
「雨や崖崩れ、馬の事情で、こんな数時間なんてあっという間に誤差範囲だ。
それに、ティリーエは怪我人の回復に向かっているのだから、討伐の開始に間に合わなくて全然良いのさ。
むしろ、君の力が初期から必要な状態は危険で劣勢とも言える。
何なら最後まで出番が無いことを期待したいね」
肩を竦めて笑ってみせるセリオンは、本当に優しい人だ。ティリーエもつられて少し笑った。
「ティリーエは、こちらに戻ってからどんなことをしていたのだ?」
「前回、ふがいなく4人の治療で倒れてしまったので、根性(?)を上げようと思って、ひたすら診療と治療をしていました」
「ティリーエ。瀕死の4人を救ったことは、並大抵ではない。むしろ誇っても良いぐらいだ」
「今では1日に280人治療できるようになりました」
「そうか280人… 280人!? 待て待て待て おかしくないか!? それは人間技じゃないぞ!?」
「あっ! 勿論、瀕死の重症者を280人ではありません!
語弊がありましたすみません」
「それはそうだろうが、計り知れんな…」
規格外の力に驚くセリオンに、今度はティリーエが尋ねた。
「魔術師の皆さんは、修業、いかがでしたか?」
「あぁ、私は雷と水、氷の連携技を指導していたから、岩魔術師達の盾魔法の仕上がりは分からないが、こちらの連携技はなかなか精度が上がってきたぞ。
多分、実践でも使える筈だ」
「まぁ! すごいですね!!」
皆もこの数日を有益に過ごせたらしい。
明日には西の森に着く。
以前のように易々とはやられないぞ、と、2人は決意を新たにした。
そして、その夜の宿屋。
前回、夜のお茶を誘って大敗を喫したセリオンは、今夜再挑戦すべきかこのまま寝るかを考えこんでいた。
下心は無い! 茶と菓子と共にゆっくり話したいだけだ。
だが、また断られたら…?
立ち直れないかもしれない…
など悶々としながら部屋の中を歩き回る。
カラカラの喉と、ポケットの茶菓子はもう準備万端だ。
あとは、ティリーエの部屋の扉をノックする勇気だけ。
それがなかなか湧いてこない。
うーむ
心を決めかねてウロウログルグルしていたら、突然、セリオンの扉がノックされた。
コンコン
「!! 誰だ?」
驚いてやや裏返った声で返事をする。
「セリオン様、起きておられますか?」
まさかの、ティリーエだった。
扉を開けて迎え入れると、以前セリオンがプレゼントした、レースとフリルにリボンをあしらった、可愛いネグリジェ姿のティリーエが立っている。
しかも心なしか、頬が赤く、もじもじしているのだ。
可愛すぎる。
「あ、あぁ、ティリーエ、こんな夜にどうした」
平静を装いつつ緊張がガッツリ表に出ながら、セリオンが尋ねる。
「あの、お部屋に入っても宜しいでしょうか…?」
「も、もちろんだ。 さぁ、こちらへ」
どうした!? 今回は何だ!?
しかし可愛いな! あのネグリジェ、よく似合っている。
セリオンがティリーエを中にいざない、窓辺の椅子に案内した。
雰囲気的に、お茶を楽しむ感じではない。
ティリーエはなぜか、少し緊張をしているようだ。何かを、言いたくて言い出せないでいるような感じ。
セリオンは待つことにした。
主の発言を待っている柴犬の佇まいだ。
まさか
まさか?
意を決し、ティリーエの桜色の唇が開かれた。




