ティリーエの買い物
「ティリーエ、もう箱がパンパンだ」
夜に祖父が持ってきたのは、テーブルの上に置いていた箱だった。
もう持ち上がらないくらい重い。
今回、診療料金は特に設定していない。
薬が必要だった人だけは、薬代として、祖父が通常の調薬料を提示し、貰っている。
だから損はしないのだが、治療費を払いたいという奇特な人が結構いるので、それならばお気持ちだけ、と貯金箱みたいな箱を置いたのだが、それがもうパンパンなのだ。
覗き込めば、銅貨だけでなく、ギラギラした金貨がたくさん見えてビックリする。
「この前頂いた宝石もそうだけど、こんなにお金があっても、私達には持ち腐れだわね。
使い方も分からないもの」
ティリーエは、もともと銅貨以下しか使ったことがなかった。それ以上の買い物は、母様や祖父がしてくれていたからだ。
だから、大金貨や宝石など、逆にどうして良いか分からない。
こんなのを持っているがばかりに、強盗や悪い人に危害を加えられるんじゃないかと、むしろ心配の種になっていた。
◇
翌日も朝から大量の患者様の対応をしていたが、昨日よりは少し数が落ち着いてきたように感じた。
そんなに勇んで食べ飲みしなくても大丈夫そうだ。
途中でトイレに行く余裕も出てきた。
その様子を見て、祖父がティリーエに言った。
「薬の在庫が少なくなってきたから、明日はできれば問屋に行こうと思う。お前も来るかい?」
「薬の問屋?」
「薬本体というか、薬草の苗じゃな。種や乾物も売っている。うちに無いめずらしい薬草がたくさんあるから、面白いぞ」
「えっ! 絶対行く!!」
ティリーエの複製の力は、無機物ならほとんど永遠だが、生き物やナマモノは、賞味期限的に同じなのだ。
複製には限界がある。
そろそろ入れ替えないと、薬草は物によっては鮮度が命なのだ。
そういえば、興味のある薬草があることも思い出した。
「ベラドマー、あるかな?」
「ベラドマー!? かなり危険な毒草じゃないか。
私も扱ったことがない…
なんでまた、そんな危ない草が要るんだ」
「ちょっと、ね」
「多分、あるにはあると思うが… 第1級危険植物指定の薬草だし、かなり希少だから、相当値が張るぞ」
「値が張るの? ちょうど良かった! お金使いたかったから。家にこんな大金あるの、怖くない?」
ティリーエは、貯金箱をジャラ、と揺らした。
「それはまぁ、そうじゃが…
まぁ、お前が稼いだ金だ。好きにしなさい。
私と一緒なら、危険植物でも売ってくれるだろう」
祖父は不思議そうにしながらも、了承してくれた。
"仕入れのため、明日はお休みです"
そう札を掛けて今日の診療を続けた。
明日が楽しみすぎる!
◇
翌朝は陽も昇らないうちから出発し、馬車を乗り継いで半日がかりで隣国と国境付近の山に着いた。
山の麓に、ログハウスみたいな家があった。
「あれが、薬草問屋の、ラカンの店じゃ」
ほー!
ベルを鳴らして中に入ると、ログハウスの中は所狭しと瓶が並べられ、中には葉や実、粉が入っている。
「おう、久しぶりだな」
頭からアゴまでつながった、いかつい白ひげのおじいさんが、ニヒッと笑って出迎えてくれた。
「久しぶりだな、ラカン。
これが、孫のティリーエだ。今年薬師になった」
「へーっ! 別嬪さんだな。じいさんに似らずに良かったでないの」
「ムムッ 何じゃと」
軽口を言い合う2人は、とても仲が良さげだ。
祖父は外の薬草園でいくつかの苗や種、乾燥した葉を頼み、詰めて貰っている。
2人が戻って来てから、ティリーエは話し掛けた。
「ベラドマー、ありますか?」
「へっ!? ベラドマー?? 何に使うんだい。
誰か、殺すのか?」
「まさか! 作りたい薬があるんです」
「ベラドマーで薬… 解毒薬でも作るのか」
「そうです! 今度私、西の森に魔物討伐について行くんですが、その時に持って行きたいのです」
「解毒薬なら、ガナスとかムジムとかで作れるだろう」
「西の森には行ったことがなくて何があるか分からないので、色んな種類の解毒薬を作りたいんです。ガナスは毒キノコや実の解毒薬ですし、ムジムは毒虫の解毒薬ですよね。
それはもう作りました!」
ティリーエがなおもニコニコして答えると、ラカンはむーんと考え込んだ。
ティリーエの聖力では、健康な細胞を増やすことはできても、毒に侵された細胞を助けられない。毒が広がれば、命を落とすかもしれないのだ。
「悪用しないというなら… まぁ、考えてやらんこともないが… 大丈夫だろうか…」
チラリ、と祖父に目をやる。
「あぁ。我が孫ながら、悪用だけはせんと誓える。
誰かを害する目的で薬草は使わんと保証しよう」
「おじいちゃん…!」
ティリーエはちょっぴりジーンとした。
「お前さんの孫ならまぁ、信用できなくはない。
ただ、高いぞ? 娘っこのお小遣いじゃ、到底買えやしないぜ。 もう少し大人になって、稼いでから出直しても遅くはない。 西の森は危ない場所だ。 今行かずとも良いのではないか」
「お… おいくらなんですか?」
そんなに高いのだろうか。
お金はたくさん持ってきたが、ちょっと不安になる。
「フッフッフ。苗ひとつ、大金貨3枚だ!」
どうだ払えまい、と眉を上げ口を尖らす。
「あっ!良かった!足ります。2つ下さ〜い!」
「何ィィーーー!」
顎を限界まで開いたラカンに、祖父がティリーエのことをかいつまんで簡単に説明をした。
結果、ラカンは絶句し、両手両膝を地につけた。
「1日280人を治療… 王家公認の聖女… 紅綬褒章の受賞者… 200年ぶりの白の魔術師…」
ぶつぶつ呟いていたが、魂が抜けたように息を吐いた。
「良いだろう。ベラドマーは譲ろう。
あと、金が余ってるなら、乾燥マガノリと、ヤーヤの根も売ってやる」
「エッ!? マガノリあるんですか!? 超珍しい、遠い国の海藻ですよね!? 見たこと無いんです。ヤッター!!」
丁度、有り金全部を払い切るぐらいで、楽しい買い物は終わった。
※ちなみに、この国での貨幣価値は以下の通りです
大金貨1枚:20万円
小金貨1枚:5万円
銀貨1枚:1万円
銅貨1枚:1000円
銭貨1枚:100円
鉄貨1枚:10円




