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ティリーエの買い物

「ティリーエ、もう箱がパンパンだ」


夜に祖父が持ってきたのは、テーブルの上に置いていた箱だった。

もう持ち上がらないくらい重い。

今回、診療料金は特に設定していない。

薬が必要だった人だけは、薬代として、祖父が通常の調薬料を提示し、貰っている。

だから損はしないのだが、治療費を払いたいという奇特な人が結構いるので、それならばお気持ちだけ、と貯金箱みたいな箱を置いたのだが、それがもうパンパンなのだ。


覗き込めば、銅貨だけでなく、ギラギラした金貨がたくさん見えてビックリする。



「この前頂いた宝石もそうだけど、こんなにお金があっても、私達には持ち腐れだわね。

使い方も分からないもの」



ティリーエは、もともと銅貨以下しか使ったことがなかった。それ以上の買い物は、母様や祖父がしてくれていたからだ。

だから、大金貨や宝石など、逆にどうして良いか分からない。


こんなのを持っているがばかりに、強盗や悪い人に危害を加えられるんじゃないかと、むしろ心配の種になっていた。








翌日も朝から大量の患者様の対応をしていたが、昨日よりは少し数が落ち着いてきたように感じた。

そんなに勇んで食べ飲みしなくても大丈夫そうだ。

途中でトイレに行く余裕も出てきた。


その様子を見て、祖父がティリーエに言った。



「薬の在庫が少なくなってきたから、明日はできれば問屋に行こうと思う。お前も来るかい?」


「薬の問屋?」



「薬本体というか、薬草の苗じゃな。種や乾物も売っている。うちに無いめずらしい薬草がたくさんあるから、面白いぞ」


「えっ! 絶対行く!!」



ティリーエの複製の力は、無機物ならほとんど永遠だが、生き物やナマモノは、賞味期限的に同じなのだ。

複製には限界がある。

そろそろ入れ替えないと、薬草は物によっては鮮度が命なのだ。



そういえば、興味のある薬草があることも思い出した。



「ベラドマー、あるかな?」


「ベラドマー!? かなり危険な毒草じゃないか。

 私も扱ったことがない…

 なんでまた、そんな危ない草が要るんだ」


「ちょっと、ね」


「多分、あるにはあると思うが…  第1級危険植物指定の薬草だし、かなり希少だから、相当値が張るぞ」


「値が張るの? ちょうど良かった! お金使いたかったから。家にこんな大金あるの、怖くない?」


ティリーエは、貯金箱をジャラ、と揺らした。



「それはまぁ、そうじゃが…

 まぁ、お前が稼いだ金だ。好きにしなさい。

 私と一緒なら、危険植物でも売ってくれるだろう」



祖父は不思議そうにしながらも、了承してくれた。



"仕入れのため、明日はお休みです"


そう札を掛けて今日の診療を続けた。

明日が楽しみすぎる!








翌朝は陽も昇らないうちから出発し、馬車を乗り継いで半日がかりで隣国と国境付近の山に着いた。

山の麓に、ログハウスみたいな家があった。



「あれが、薬草問屋の、ラカンの店じゃ」


ほー!




ベルを鳴らして中に入ると、ログハウスの中は所狭しと瓶が並べられ、中には葉や実、粉が入っている。



「おう、久しぶりだな」


頭からアゴまでつながった、いかつい白ひげのおじいさんが、ニヒッと笑って出迎えてくれた。



「久しぶりだな、ラカン。

これが、孫のティリーエだ。今年薬師になった」



「へーっ! 別嬪さんだな。じいさんに似らずに良かったでないの」


「ムムッ 何じゃと」



軽口を言い合う2人は、とても仲が良さげだ。


祖父は外の薬草園でいくつかの苗や種、乾燥した葉を頼み、詰めて貰っている。



2人が戻って来てから、ティリーエは話し掛けた。



「ベラドマー、ありますか?」


「へっ!? ベラドマー?? 何に使うんだい。

誰か、殺すのか?」


「まさか! 作りたい薬があるんです」


「ベラドマーで薬… 解毒薬でも作るのか」


「そうです! 今度私、西の森に魔物討伐について行くんですが、その時に持って行きたいのです」


「解毒薬なら、ガナスとかムジムとかで作れるだろう」


「西の森には行ったことがなくて何があるか分からないので、色んな種類の解毒薬を作りたいんです。ガナスは毒キノコや実の解毒薬ですし、ムジムは毒虫の解毒薬ですよね。

それはもう作りました!」


ティリーエがなおもニコニコして答えると、ラカンはむーんと考え込んだ。

ティリーエの聖力では、健康な細胞を増やすことはできても、毒に侵された細胞を助けられない。毒が広がれば、命を落とすかもしれないのだ。



「悪用しないというなら… まぁ、考えてやらんこともないが… 大丈夫だろうか…」


チラリ、と祖父に目をやる。


「あぁ。我が孫ながら、悪用だけはせんと誓える。

 誰かを害する目的で薬草は使わんと保証しよう」


「おじいちゃん…!」


ティリーエはちょっぴりジーンとした。



「お前さんの孫ならまぁ、信用できなくはない。

ただ、高いぞ? 娘っこのお小遣いじゃ、到底買えやしないぜ。 もう少し大人になって、稼いでから出直しても遅くはない。 西の森は危ない場所だ。 今行かずとも良いのではないか」



「お… おいくらなんですか?」


そんなに高いのだろうか。

お金はたくさん持ってきたが、ちょっと不安になる。



「フッフッフ。苗ひとつ、大金貨3枚だ!」

どうだ払えまい、と眉を上げ口を尖らす。



「あっ!良かった!足ります。2つ下さ〜い!」


「何ィィーーー!」




顎を限界まで開いたラカンに、祖父がティリーエのことをかいつまんで簡単に説明をした。

結果、ラカンは絶句し、両手両膝を地につけた。





「1日280人を治療… 王家公認の聖女… 紅綬褒章の受賞者… 200年ぶりの白の魔術師…」



ぶつぶつ呟いていたが、魂が抜けたように息を吐いた。



「良いだろう。ベラドマーは譲ろう。

 あと、金が余ってるなら、乾燥マガノリと、ヤーヤの根も売ってやる」



「エッ!? マガノリあるんですか!? 超珍しい、遠い国の海藻ですよね!? 見たこと無いんです。ヤッター!!」



丁度、有り金全部を払い切るぐらいで、楽しい買い物は終わった。



※ちなみに、この国での貨幣価値は以下の通りです

大金貨1枚:20万円

小金貨1枚:5万円

銀貨1枚:1万円

銅貨1枚:1000円

銭貨1枚:100円

鉄貨1枚:10円

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