ティリーエの修業②
「整理券1番さーん」
翌朝7時に、診療を開始した。
整理券を持っている70人の向こうに、まだまだ人が並んでいる。
ティリーエは今朝5時に起きて、大量の肉野菜団子とポタージュを作っていた。
肉団子には、みじん切りにしたたくさんの野菜や、滋養強壮に良い薬草をたんまり練り込んでいる。
串刺しにしているから、診療の途中でも手を汚さずに口に入れることができる。
味は、この際度外視した。
ポタージュは同じく、栄養満点の野菜や芋や薬草の残り端をミキサーにして鶏ガラスープで炊いてトロトロにしたものだ。コップでグビッと飲むことができる。
いつかセリオンと食べた、ワンハンドグルメからヒントを得ていた。
環境のせいもあって、元来少食のティリーエは、1度に量を食べこむことができない。
こまめにちょこちょこ食べる方が良いようなのだ。
今日は昨日よりもっと多くの患者様に対応することができるはず。
そう自分に念じて、最初の患者様の診療を始めた。
◇
「ちょっと! 何なのこの記事!?」
「ありえない!!」
ナーウィス伯爵家で金切り声が響く。
「あの、枯れ枝女が、女神ですって!?」
握りつぶされた新聞から、悲鳴が聞こえてきそうだ。
「そもそも、別人じゃないの? 全然違うじゃない」
新聞に載っている"ティリーエ"は、"女神のような容姿で優しく献身的、珍しい白の魔力を使い、瀕死の魔術師団員を救った。
癒やしの魔法をかけられた団員は、全員即日、治癒し、傷ひとつなく健康体に回復した。
自身も倒れて数日床に伏したのに、まず団員の安否を気遣い、対価を求めることもないその姿は正しく女神"
"この度の功績を讃え、王家から正式に、聖女を名乗る許可を与えられた。王国に白の魔力を持つ聖女が現れたのは、実に200年ぶり"
新聞は、まだまだティリーエを称賛する記事が続く。
「あの子に魔力は無いわ!何かの間違いよ。
神官様がそう仰ったし、私達も確認したわ」
ジェシカは全然納得が行かないようで、鼻息荒く地団駄を踏んでいる。
「しかも、見てよ、これ!」
新聞の写真には、胸に輝かんばかりに光るブローチを付けたティリーエが微笑んでいる。
「絶対良い宝石よ、だって王家からの褒章だもの」
ギラギラした目で、ねめつけるように写真を凝視する。
「報償金もたくさん貰ったっぽいわ。何であの子が!!
私達は最近、全然贅沢していないのに!
もー!! 悔しい!!」
執事のセブルス相手にキィキィ喚き立てる娘に、それまで一言も喋らなかった母、ディローダが声を掛けた。
「あの娘に魔力は無いわ。それは間違いない。
確かあの娘の母親や親類は… 薬屋だったわね。
ウチのお抱え薬師だった頃、腕は良かったと聞いているから、おおかた、調薬を習い、効能の高い薬を作れるのを良いことに、まるで魔法遣いみたいに振る舞っているに違いないわ」
「なるほどね。卑しい女のやりそうなことだわ。
可哀想な侯爵様は、この女の手管にやられて騙されているのね… 助けて差し上げたい…」
うっとりと、ティリーエの横に映るセリオンの写真を指でなぞる。
「…だけど、使えるわ」
「お母様?」
ディローダは、麻薬組織の親玉に匹敵する悪人顔で口角を上げた。
「何でも治せる薬が作れるなら、金持ちや病持ちから治療費をいくらでも引っ張れる。いわば金の卵ね。
アレは、うちのだもの。そろそろ返して貰わなくちゃ」
「えーっ またあの陰気臭いのと暮らすの? 嫌〜。
あっでも、あいつが帰ってきたら、今いる使えない使用人皆クビにできるから、ちょっとお小遣い増える!?」
「ふふふっ。そうね。
使用人、レンタルメイド、薬師、使い道は結構多いわ。あの褒章も売ればかなりの額だし、受け取った筈の報償金も莫大でしょう。子供のものは親のものだから、全て私達のものよ」
「わーい! でも、自分からうちには寄り付かないだろうし、どうやって帰って来させるの?」
「あら、心配はいらないわ」
ディローダは赤い舌で唇を舐めて言った。
「連れて来たら良いのよ。
…誰にも知られずに、ね…」
そのためのエサは、もう撒いてあるのだ。




