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ティリーエの修業②

「整理券1番さーん」


翌朝7時に、診療を開始した。

整理券を持っている70人の向こうに、まだまだ人が並んでいる。


ティリーエは今朝5時に起きて、大量の肉野菜団子とポタージュを作っていた。


肉団子には、みじん切りにしたたくさんの野菜や、滋養強壮に良い薬草をたんまり練り込んでいる。

串刺しにしているから、診療の途中でも手を汚さずに口に入れることができる。

味は、この際度外視した。


ポタージュは同じく、栄養満点の野菜や芋や薬草の残り端をミキサーにして鶏ガラスープで炊いてトロトロにしたものだ。コップでグビッと飲むことができる。

いつかセリオンと食べた、ワンハンドグルメからヒントを得ていた。



環境のせいもあって、元来少食のティリーエは、1度に量を食べこむことができない。

こまめにちょこちょこ食べる方が良いようなのだ。



今日は昨日よりもっと多くの患者様に対応することができるはず。

そう自分に念じて、最初の患者様の診療を始めた。








「ちょっと! 何なのこの記事!?」

「ありえない!!」


ナーウィス伯爵家で金切り声が響く。


「あの、枯れ枝女が、女神ですって!?」


握りつぶされた新聞から、悲鳴が聞こえてきそうだ。


「そもそも、別人じゃないの? 全然違うじゃない」


新聞に載っている"ティリーエ"は、"女神のような容姿で優しく献身的、珍しい白の魔力を使い、瀕死の魔術師団員を救った。

癒やしの魔法をかけられた団員は、全員即日、治癒し、傷ひとつなく健康体に回復した。

自身も倒れて数日床に伏したのに、まず団員の安否を気遣い、対価を求めることもないその姿は正しく女神"

"この度の功績を讃え、王家から正式に、聖女を名乗る許可を与えられた。王国に白の魔力を持つ聖女が現れたのは、実に200年ぶり"


新聞は、まだまだティリーエを称賛する記事が続く。


「あの子に魔力は無いわ!何かの間違いよ。

 神官様がそう仰ったし、私達も確認したわ」



ジェシカは全然納得が行かないようで、鼻息荒く地団駄を踏んでいる。


「しかも、見てよ、これ!」


新聞の写真には、胸に輝かんばかりに光るブローチを付けたティリーエが微笑んでいる。



「絶対良い宝石よ、だって王家からの褒章だもの」


ギラギラした目で、ねめつけるように写真を凝視する。


「報償金もたくさん貰ったっぽいわ。何であの子が!!

私達は最近、全然贅沢していないのに!

もー!! 悔しい!!」



執事のセブルス相手にキィキィ喚き立てる娘に、それまで一言も喋らなかった母、ディローダが声を掛けた。



「あの娘に魔力は無いわ。それは間違いない。

確かあの娘の母親や親類は… 薬屋だったわね。

ウチのお抱え薬師だった頃、腕は良かったと聞いているから、おおかた、調薬を習い、効能の高い薬を作れるのを良いことに、まるで魔法遣いみたいに振る舞っているに違いないわ」


「なるほどね。卑しい女のやりそうなことだわ。

可哀想な侯爵様は、この女の手管にやられて騙されているのね…  助けて差し上げたい…」


うっとりと、ティリーエの横に映るセリオンの写真を指でなぞる。



「…だけど、使えるわ」


「お母様?」


ディローダは、麻薬組織の親玉に匹敵する悪人顔で口角を上げた。



「何でも治せる薬が作れるなら、金持ちや病持ちから治療費をいくらでも引っ張れる。いわば金の卵ね。

アレは、うちのだもの。そろそろ返して貰わなくちゃ」



「えーっ またあの陰気臭いのと暮らすの? 嫌〜。

あっでも、あいつが帰ってきたら、今いる使えない使用人皆クビにできるから、ちょっとお小遣い増える!?」



「ふふふっ。そうね。

使用人、レンタルメイド、薬師、使い道は結構多いわ。あの褒章バッヂも売ればかなりの額だし、受け取った筈の報償金も莫大でしょう。子供のものは親のものだから、全て私達のものよ」


「わーい! でも、自分からうちには寄り付かないだろうし、どうやって帰って来させるの?」



「あら、心配はいらないわ」



ディローダは赤い舌で唇を舐めて言った。





「連れて来たら良いのよ。




 …誰にも知られずに、ね…」


そのためのエサは、もう撒いてあるのだ。



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