ティリーエ、聖女になる
風呂で温まって、ディアナ様が用意してくれた薬膳料理を食べたら、だいぶ調子が回復した。
仄かな塩が甘い、おかゆが世界一美味しく感じられる。
その日は、そのまま休むことにした。
翌朝、体調はほとんど戻り、ティリーエは元気になっていた。
王様から、できれば今日話をしたいと言われていたので、支度をしている所だ。
ドレスの替えなどは持ってきていないので、着てきたワンピースを着ることにする。
ミラに軽く化粧をして貰い、セリオンの所に向かった。
「お待たせしました」
「ティリーエ、身体は大丈夫か。まだやっと目覚めたばかりだろう。少しゆっくりして良いのだ。
なんなら、謁見など明日でも良い」
「いえ、もう大丈夫です。どうせ行かなければならないなら、早いほうが良いです」
ティリーエは、怒られるなら早めに、嫌なことは初めに済ませたい性格だ。
しかも、先方(王様)から今日が良いと言われているのだ。
一国民が反故できるわけはない。
晩餐会に行くわけではないから、簡単な支度だけをして、馬車に乗り込む。
呼ばれたのは、多分先日の聖力のことだろう。
どう甘く見積もっても、腹に風穴の空いた団員が即日元気なのは怪しまれて当然だ。『すごい薬作れる女』レベルではどうにもならない。
ただ、加減ができなかったのだ。中途半端に(よく効く薬に見せかけられる)程度に治すことができなかった。
完璧と思えるくらい治したって、命を繋げられるかどうか分からないと思いながら治療していた。
それ程に、重傷だった。
しかしどんなに聞かれても、例え拷問されたって、絶対にアマルの聖力のことは口にしないぞと心に誓い、とうとうセリオンと、謁見の間の前まで辿り着いた。
ゴクリ…
やっぱり、緊張する。
痛いのは嫌だな… でも決して喋らないんだから…!
衛兵は2人を確認すると、扉の中に取り次いだ。
中からはバッハ風な巻き毛白髪のナイスミドルが現れた。
「ティリーエ様、わたくし宰相のセルゲイと申します。
ささ、こちらへお進み下さい」
予想に反して、恭しく頭を下げられたのでむしろ怖い。
取り調べという雰囲気ではない。
扉が大きく開くと、そこには…
「まぁ…!?」
ベルベットの絨毯の両端に、白百合が咲き乱れている。
そのレッドカーペットの脇には、いつもより濃い色で装飾のついた団服を着た魔術師団の面々が頭を下げている。
「え?? これは…」
パーーーーン!!!
目の前のくす玉?が割れて、中から垂れ幕が勢いよく落ちてきた。
『聖女ティリーエ様 御生誕 拝謝』
????
「「「ティリーエ様、ご生誕16年、おめでとうございます!!」」」
!!!?
ベルベットのレッドカーペットは、そのまま玉座に繋がり、玉座には王と王妃様、王太子夫妻が並んで座られ、その周りも白百合が所狭しと配置されている。
「昨日は、ティリーエ様のお誕生日でございました。
また、我が国に、聖女様がご降誕された記念すべき日となりました。
本日は、遅ればせながら、お祝いの席を設けさせて頂きました」
宰相セルゲイが笑顔で状況説明を行う。
待って、聖女って?
私が??
ティリーエの唖然とした顔を見て、セリオンが不安そうに問いかけた。
「ティリーエが倒れたことを祖父様に伝えた際にそう聞いたのだが、もしかして違ったか…?」
ティリーエが昏倒したため、王城でしばらく養生することになったと祖父に伝えた際、この日が誕生日であり、お祝いをしようと思っていたのだと言われたそうだ。
なるほど、本来ならもう帰宅している頃な訳だから、祖父に連絡するのは普通だ。
確かに誕生日は6月17日だったが、そんなこと、すっかり忘れていた。
というか、驚いているのはそこじゃない。
「いえ、確かに私の誕生日は昨日ですが…
聖女とは??」
ティリーエの疑問に、セルゲイが答える。
「先日の惨事の際、ティリーエ様の祈りの力で多くの者の命が救われました。
本当にありがとうございました。
治療にあたるティリーエ様の身体や指先が光り輝き、温かく包み込む様子を、大勢の者が見ております。
それはそれは神々しく、美しい光景だったと…。
私は残念ながら目にすることは叶いませんでしたが、魔術師団の者や団長、医術師や薬師が、口々に女神だと崇めておりました。
そしてティリーエ様は本当に、我が国の神殿に描かれた女神様に瓜二つの容姿をしておられる。
此度の功績と、前回の褒章とを考え合わせ、昨日の御前会議にてティリーエ様は我が国で2人目の、聖女さまと認定されました」
ええーーーー!
「記念すべき、ご生誕日が昨日で、聖女様と認定されたのも昨日… この佳き日を併せて、聖女様降誕日と相成りました。
今後は祝日とする予定です。
また、本日は会場に、誕生花である白百合を飾らせて頂きました。
まさにティリーエ様に相応しい、高貴な花です」
相成りました、じゃない!!
祝日にしなくて良い!
困惑するティリーエをそっちのけで、周囲からは割れんばかりの拍手が巻き起こっていた。
良く見たら、最前席でニヤニヤしているのは、ファラ様だ。
本当、どうなってるの…
拷問されるどころか祝われちゃってる…
「皆の者」
喧騒を割るように響いたのは、王様の声だ。
会場は水を打ったように静まり返った。
「薬師ティリーエの持つ白の魔力の話は、父王から聞いたことがあったが、これまで御伽噺と思っていた。
白の魔力を持つ者は建国時には数人いたと言い伝えられているが、その後それを見たものは無く、200年前に1度だけ、その力を持つ女性が現れたらしい。
その女性の魔法はどの属性にも類さず、攻撃ができないが、人を護り助け、癒やす力があったのだそうだ。
まさに先日のティリーエ嬢の姿だ。
私の代で再び目にかかろうとは思っていなかったが、これも神の思し召し、我が世に遣わされた女神の慈悲である」
あわわわわわわわわ
会場は再び拍手に包まれた。
「白の魔力、加護に祝福あれ!
聖女ティリーエ様、万歳!!」
わぁわぁとまたしても賑やかになり、ティリーエは震え出した。
白の魔力とか無いんですけど…。
その、冷たくなった指を、セリオンが握り返す。
「大丈夫だ、ティリーエ。
そんなに重く考えずとも良い。
今までと変わらないのだが、少し肩書が増えただけだ」
いや、荷が重い肩書ですけど!?
200年ぶりの聖女って!?
気付いたら、昨日の褒章バッヂの横に、また違うバッヂがつけられている。
白く艷やかなホワイトムーンストーンだ。
外堀が埋められすぎて怖い。
とりあえず、アマルの聖力については話さなくて良い流れで安心したが、魔力の無いティリーエが魔力持ち扱いとなったことが後ろめたすぎる。
訂正は、できないけど…
ティリーエは泣きたい気持ちのまま、今日来て下さった王城重役や魔術師団の方々へ、セリオンと挨拶回りをするはめになったのだった。




