王城へ⑦
翌朝、出立前に王太子夫妻に挨拶をしようと、ティリーエとセリオンは王城に向かう準備をしていた。
すると、
ドンドンドンドン!!
激しいノックの音に驚けば、開錠して先に話を聞いたミラとモレアが青い顔をして飛んできた。
「セリオン様! 魔術師団員の方です! 急ぎの用事があるとのことです」
「何事だ」
セリオンがエントランスに出向けば、見慣れた団員服を着た男性が跪いている。用件を聞くと、
「団長! 休暇中に申し訳ありません!
西の森に偵察に出されていた第3師団員が、瀕死の重傷で戻って来ました! 今は王城に運び込まれています。
師団長は全員、急ぎ登城せよとの仰せです」
「何だと!?」
セリオンとティリーエは急いで支度をし、団員と共に王城に向かった。
救護部屋へ着くと、多くの医術師と薬師が慌ただしく動き回っていた。
「止血だ!まずは止血しないと、どんどん顔色が悪くなっている!」
「傷に化膿止めを!かなり広範囲に切り傷がある!」
「熱傷から漿液が流れてしまっている…! 皮膚が欠損しているから保護が間に合わないのだ!!」
瀕死の団員は4人。
1人は右腹を貫かれておびただしい血を流し、2人は全身が焼け焦げてしまい顔が分からない程、もう1人は鎌鼬で切り裂かれたようにズタボロだ。
全員意識は無く横たわっている。
「ダメだ! 間に合わない…!」
傷を縫合していた医術師は、傷の合間から流れ出る血の量に絶望していた。こんなに血を流しては、もう助からない。
傷も針も血に濡れて、視界は真赤。もはやどこを縫うべきかも分からない。
そこにいた医術師は、途方に暮れてとうとう手を止めた。
「何をしている! 早く処置を!」
団長からの怒号が飛ぶが、医術師は首を降るばかり。
助けることは諦めているようだった。
「すみません! 私にも診せて下さい!」
ティリーエは、必死に大声を出した。
この男が、1番重傷だと思ったのだ。多分治療は一刻を争う。
「お前は… 昨日の…」
第3師団長パルトゥスは、昨日の褒章授与式に出ていたため、ティリーエの顔を知っていた。
しかしまだ少女しかも平民であるティリーエの腕は全然信用していなかった。件の手柄は、セリオンが譲った分け前だと考えているのだ。
「見て分からんか!お前のような小娘の出る幕ではない!」
身の程を弁えぬ物見遊山かと苛立って怒鳴りつけると、
「そっちこそ、王から認められた薬師に、そんなクチ利いて良いと思ってるの」
「ファラ様!」
ファラが現れ、パルトゥスがたじろいだ。
「しかし…」
「診せてよ。早くしないと、その人死んじゃうよ?」
「‥‥‥」
パルトゥスはギリリと奥歯を噛み締めたが、渋々、近づく許可を出した。
「ティリーエ、どう?」
ティリーエはまずお腹に穴の空いた団員に前に立ち、血溜まりの中で目をこらして傷口を確認する。
うわ…痛そう…
えっと、出血源は…
ティリーエは焦りを隠して冷静に診察を始めた。
肝臓がメインで損傷し、出血は主にこの動脈からのようだ。腸の1部も欠損している。
薬…ではどうしようもない。
出血がとにかく多いのだ。一刻を争う。
聖力を、使うしか無い。
「治るかどうか、分かりませんが、できるだけやってみたいと思います」
聖力で治せば、きっと力のことを問われるだろうが、別に悪いことをしたわけではないから、秘密を話さなくても処罰まではされないだろう。
黙秘すれば良いだけだ。
本当にそうできるかは分からないが、そう言い聞かせた。
それに、いずれにしても人命には代えられない。
もしどうしてもの時は、自分が死ねば良いのだ。
今は、4人の命が懸かっている。我が身可愛さに迷っている時間はない。
よし!
ティリーエが目を閉じて胸の前で手を組み、祈りを捧げる。
ティリーエの身体の周りが、ポワっと白く光り始める。
どうしたどうしたと、騒ぎに人が集まってきた。
目を開け、光る両手をその団員に向けて突き出す。
掌で撫でるように傷の周りにかざしていくと、その光が傷を包みこんだ。
「なっ… なんだ…!? あの光は…見たことが無い…」
周りの皆はその様子に驚き、ティリーエと光に包まれた団員をただただ見つめている。
肝臓損傷、門脈裂傷、脾臓破裂と…、腸間動脈も傷ついているわね…
ティリーエは静かにスキャンに集中した。
そして、止血処置の後で臓器と細胞の修復を開始する。
肝臓は右葉がほぼ壊滅ね。
まずはここと脾臓、門脈と肝動脈から…
ティリーエの両手から注がれる光が当たった場所は、淡く光っており、周囲から細かい様子は確認できない。
ただ、先程まで広がり続けていた血溜まりは、乾き始めていた。
ティリーエが空間で物体を操作する時、よく指揮をしているようになる。
今回は空間ではないので、手は下ろしているが、右に左に上へ下へとせわしなく動き、指も波打つように動かしている。
複数箇所を同時に治しているためだが、はたから見ると光のもやの上を指がなめらかに走っているようで、それはまるで、光のピアノを弾いているようだった。
ティリーエの手と指がもやの中で動く度、団員の歪んだ顔が安らかになり、血色が戻り始める。
開いたままだった青白い唇は、いつの間にか緩やかに閉じられている。
詳細は分からないが、どう見ても容態は好転してきていた。
救護部屋中が血と身体の焦げた臭いに満ちて、命の危機に焦りと苛立ちとで緊迫した雰囲気だったのが、ティリーエのそれにより、次第に落ち着きを取り戻してきた。
他の医術師、薬師達も冷静になり、静かに他の3人の治療に没頭したのだった。
ティリーエも、穴の空いた団員の治療を終えると、他の団員の治療に加わり、全ての負傷者の治療を行った。




