王城へ⑥
「で、どうなのセリオン」
女子トーク… もとい、薬草談義に花を咲かせる2人をしばらく眺めてから、王太子シェーンはセリオンに尋ねた。
「ど… どうとは…」
王様の鉄板、ディアナ様とのメモリートークを腐る程聞いたことのあるセリオンは、会話に参加せず、ひたすらムシャムシャ食べていた。
「あの子、良さそうな子じゃないか。優しそうだし、朗らかで。
君がここまでするなんて、結構珍しいからさ、好きなのかなーって」
「ゴフッ ゴフゴフッッ」
後半に驚き、鱈が喉に詰まって激しく咳き込む。
「なっ! そのようなこと!!」
顔を真っ赤にして否定する。
「なんで? あのドレス、セリオンが選んだんだろ?
自分の瞳の色のドレスを贈るなんて、意外と独占欲強めだな。
参席者のどよめき、聞こえなかった?」
「なに!? そうなのか!? (3メイドめ!!)」
「しかもあの子、一応貴族なのだろう? 身分的にも問題無いのに」
「いやいや、貴族とか身分とかいう問題じゃない。私とでは年の差がありすぎるし、それに私は… 左手が使えない」
「年の差? 彼女はいくつなの?」
「15歳‥と聞いている」
「セリオンとは7歳差か! 全然大丈夫だよ!
僕らも6歳差だしね。
左手のことだって、そんなこと、気にしてなさそうだよ。
それに、向こうがどう思うかではなくて、セリオンがティリーエさんをどう思っているか、が大切ではないの?」
「う… うむ…」
「君はティリーエさんのこと、どう思ってるの?
少しは好ましく思ってるんだろう?」
そう聞かれて、セリオンは少し俯き、最後の鱈を飲み込んだ。
「そっ それは勿論…
優しくて、可愛いな、とは思っている。
使用人にも気遣いを忘れず優しいし、人の悪口を言わない。
あんな扱いを受けた伯爵家にすら、恨み言のひとつも言わないんだ。お人好しすぎて、少し心配になるくらい。
薬師として腕も良くて勉強家で、魔術師団員からも信頼されて愛されて、人当たりも良い。
しかも頑張り屋で素直で、些細なことで喜んでくれるし、贈ったものはすごく大切にしてくれて笑顔がそ」
「ストップ。 もう、大丈夫」
シェーンはたまらず静止した。
何回「も」を使うんだろう。 褒め&が過ぎる。
それもう、好きじゃん…
喉まで出掛かった言葉を飲み込む。
目の前の、ムキムキした身体でモジモジしている友人を、残念な目で見つめていた。
◇
無事に花館に帰還したティリーエは、ミラとモレアと抱き合い、今日のあらましを報告した。
夜空色のドレスに光る赤い星、紅綬褒章もひときわ輝いていたが、何よりの戦果は王太子妃様と懇意になれたことだった。
帰る時に、次に会う時は王宮植物園と菜園を見せて貰う約束をしたのだ。しかも、王宮図書館にも連れていってくれるらしい。
行き道の馬車より顔が赤いセリオンが少し気になったが、それよりもディアナ様から聞いたヒントで頭がいっぱいだった。
ティリーエは薬草、つまり植物のことしか考えてなかったし知らなかったが、ディアナ様から食養生について教えて頂いた所、細胞の新陳代謝や合成には、"タンパク質"が必要だそうだ。
脂の乗った赤身や青背の魚の脂はかなり良いらしい。
ティリーエが買った本には、細胞の合成にはビタミンの多い野菜や薬草が有効と書かれていたから、タンパク質として魚料理と、それにトマトやカボチャ、ほうれん草といった緑黄色野菜を添えるのがベストマッチメニューと思われる。
セリオンのように、怪我してから時間の経った人を治療する前には、これらで構成された料理を食べておくと良いんじゃないかと考えたのだ。
早く試してみたい〜〜!
ティリーエは浮足立つ気持ちを抑えて、モレアの用意してくれたお風呂で身体を休めたのだった。
花館は寝室が4つあり、セリオンとティリーエは勿論別々だった。
この前はお茶に誘われたのを無下にして屋敷じゅうから叱られたセリオンは、今度こそ受けて立つぞと胸に決めていた。
別に、やましい気持ちなんてない。ティリーエがせっかくお茶に誘ってくれたのなら、応えなければという気持ちなだけだ。
そう思って、ティリーエの部屋をノックした。
コンコン
「ティリーエ、今日は疲れただろう。身体は大丈夫か?
明日帰る予定だが、少し日程を伸ばしても構わないが…」
と声を掛ける。
ややあって、カチャリ、とドアが開いた。
しかし、この前のように全開でなく、5cmの隙間から覗くような形でこちらを見ていた。
なぜ?
「セリオン様、ご心配ありがとうございます。
身体は全然大丈夫です! 明日の出発で構いません!
それではおやすみなさい」
ぱたむ。
無常にも閉められたドアの前に、セリオンは立ち尽くした。
どうして… 今日はどうしたことか。
前回とは違う、あまりにもそっけない態度に、セリオンは胸の中に大雨が降り出していた。
先程の晩餐会では、ティリーエはディアナ様ファラ様姉弟と、セリオンはシェーン王子と主に話していたから、セリオンはティリーエとあまり話せなかったのだ。
その時間を取り戻すように今から、月夜を肴にお茶会で話を弾ませるつもりだった。
実はポケットに美味しい茶菓子が入っているし、お茶を何杯でも飲めるよう、喉をカラカラに乾かしていたのだ。
全てはティリーエと楽しくお茶を飲み語らい合うため。
だのに。
閉められた扉を再びノックする勇気は無く、セリオンはとぼとぼと自室に戻った。
ティリーエは閉めた扉を背中に、息をついた。
部屋の中には紙が散乱している。
全部ティリーエ流食養生、セリオンの細胞新生、代謝促進メニュー案が書かれた紙達だ。
組み合わせを考えては採用したりボツにしたりして、次々と考案していた。
つまり、かなり部屋の中が散らかっている。
何となく、この様子をセリオンに見られたくなかったのだ。
だから、ドアの開け方が、家政婦は見た!みたいになってしまった。申し訳無い。
採用した案の紙だけ束にして、明日侯爵家の人に託そうと、ティリーエはリボンを掛けた。




