王城へ⑤
鶏のコンフィは、要は鶏の揚げ煮だ。
低温の油でホロホロになるまで煮込むハイカロリーな料理で、若い男性が好む味だ。
何とか何口か食べた所で、タラのフリットが運ばれてきた。
なっ…
メインが2つ、ですって…!?
しかも両方共に揚げ料理!!
胃がぱんぱんな上に揚げ物料理、緊張する席次、また後ろめたい会話でティリーエの内蔵は悲鳴を上げていた。
コトッと置かれたそれは、衣がカリカリそうな、色良く揚がった鱈だった。
いつもなら大好きだけど、もう無理…
見ただけで吐きそうだ。
頭がぐわんぐわんなりながら、しかし一口は食べなければと震える手でフォークを掴んだ所で、
「ティリーエさん、もしかして体調がお悪いのではなくて?」
突然、小鳥のように可憐な声で話しかけられた。
ビックリして顔を上げれば、王太子妃様だった。
「えっ ティリーエ大丈夫?」
ファラがびっくりしてこちらを見る。
セリオンも心配そうにこちらを見つめている。
「あっいえ… すみません、お気遣い頂き申し訳ありません。大丈夫です」
慌てて否定するが、王太子妃様は気分を害した様子もなく、微笑みながら
「ティリーエさんは果物はお好き? もし宜しければ、私が作ったシャーベットを召し上がらない?」
と尋ねられた。
「王太子妃様が、お料理をなさるんですか!?」
ティリーエはビックリした。
貴族ですら全く料理はしないのに、王族しかも王太子妃様が手ずから調理をされることなど無いと思っていた。
「敬称でなく、ぜひディアナと呼んで下さいティリーエさま。
えぇ。私のいた国では、身分や性別に関わらず料理は皆修めておりました。
"医食同源"という言葉があって、身体を作る食事の材料や調理方法は健康状態に合わせて考えるのが面白いのです」
「そうなのですか… なるほど… 」
そう言われたら、薬草だって食べ物だし、薬として提供しなくても食事として具材に入れたら、食べやすいものもあるかもしれない。
「ディアナは、私が外交で行った先の国で出会い、そのまま連れ帰ったのじゃ」
王様は懐かしそうに笑い、話し始めた。
王様の話によれば、当時ディアナ様の国であったイエルバの式典(皇太子を指名する立太子の礼)に参加するために訪国した際、本来なら1泊2日で帰国する日程だったのだが体調を崩してしばらく滞在することになったらしい。
イエルバの医術師が診察した結果、王様が倒れたのは特別な病気ではないと言われた。
揚げ物や油菓子が好きで野菜嫌い、運動不足などの不摂生が祟ったためで、治療として食養生を勧められたそうだ。
その食養生を担当したのが、薬膳が得意だった第13皇女ディアナ様だったのだ。
ディアナ様の出すお料理は、王様の苦手なもの(野菜中心)だらけだったが、献身的な看病と工夫し心を込めた食事の提供で体調はかなり回復した。
すっかりその優しさ、聡明さに心と胃袋を掴まれた王様が、帰国の日に皇帝に直談判したのだそうだ。
"おたくのお嬢さんをウチにくれ"と。
娘がたくさんいる皇帝は、本人が良いなら良いとあっさり認めてくれたらしい。
しかし、末娘とはいえ他国の皇族を国に連れ帰るなら、それなりの立場と待遇が必要というわけで、王様は息子と結婚させることにした。
つまり完全なる政略結婚になったわけだが、シャムス王国で顔合わせをした2人は優しく穏やかな性格がよく合い、今やおしどり夫婦として知られているのだ。
美容にいとまがない王妃様も、ディアナ様の食養生にお世話になっていて、嫁舅&嫁姑関係は大変良好である。
「ロマンチック(?)ですね〜!運命的です」
ティリーエは若干親近感を感じながら、感心して頷いた。
ディアナ様は薬師ではないけれど、似たような分野を学ばれていたのだ。
「ふふっ。あれだけ身体を壊されたのに、未だ揚げ物が大好きなのですから…
今日のメニューを決められたのは、陛下でいらっしゃいますね。
メインに揚げ物2種類など、重すぎます。
陛下の血液は今、きっとどろどろですわ。
全く、また体調を崩しても知りませんよ」
「ぐむっ まぁ、その… たまにはな? な?」
おじさんが娘に叱られているような雰囲気に、ティリーエは思わず笑みが零れた。
への字に下った唇がテッカテカだ。
そして、今日のメニューにも納得がいった。
「ほんで僕は留学中なわけ」
突然のカットインはファラ様だ。
「留学中??ですか?」
「ファラは私の弟ですの。この国で勉強させて頂いております」
ファラ様皇子様だった説ーーー!
それでこの、尊大な態度…!
道理で王族席に居て平然としているわけだ。
妙にタメ口なわけだ。
姉弟だったのだ。
「僕は第8皇子だよ。もちろん皇位は継がないし、皇城医として働きたくて、他の国の医術や薬学を勉強するために5年前から留学してる」
ほー!
「私達のお父様には、正妃の他に10人の側室がいて、13人の皇女に8人の皇子がいるのです」
ほーー!!!
一夫多妻制!
皇帝さんは元気な方ですねーー!?
末皇女であるディアナ様は弟皇子を大層可愛がっていたらしく、ファラ皇子の留学先にシャムス王国が選ばれたらしい。
そういえば、ディアナ様もふわふわ髪に緑の目だ。
何かイロイロ納得がいった。
そうこうしているうちに運ばれてきた、ディアナ様お手製の石榴シャーベットは、甘酸っぱくて爽やかで、胸のもたれがとれるような爽やかさだった。
「とっても胸がすっきりして楽になりました。
大変美味しかったです」
ティリーエが御礼を言うと、ディアナ様はにっこり笑った。
「お役に立てて良かったです」
その後、ディアナ様とティリーエは話が弾み、緊張の晩餐会は一気に楽しい食事会へと様変わりした。
薬草や野草、食養生について2人は白熱した議論を繰り広げ、お互いに知らない知識を交換して楽しい時間を過ごしたのだった。




