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王城へ②

「ミラさん! 変じゃないですか?」

「とても美しいですティリーエ様。ただ、もう少し肩の力を抜かれても大丈夫だと思います」


「モレアさん、できていますか?」

「もう少し御背を伸ばされた方が、より美しいかと存じます」




伯爵令嬢であるティリーエに助言なんて烏滸がましい、絶対に無理でございます〜!!と固辞する2人をティリーエが泣き落として、無理矢理マナー講座が行われた。


最初は恐縮と畏怖で何も口を出さなかったが、どうやらティリーエの振る舞いやマナーが本当にとんでもないことに気づき、恐る恐る助言をしてくれるようになったのだ。



ティリーエは、伯爵家メイド時代に存在感を消して動いていたので、俯いて背中を丸め屈んで歩くことが癖づいている。

歩くのに音がしないのは良いことだが、颯爽と且つ静かに歩くのではなく、小股で早足だ。

つまり、カサカサカサカサと歩くので、例の昆虫に近く、不快感を与えかねない。

使用人だった時も薬師の時も、忙しくて食事の時間がほとんどとれなかったから、ほとんど噛まずにぱくぱくゴクンと少量食べて立ち上がるし、紅茶は熱くてもグビッと一気飲み。


自信の無さと不安感から常にキョロキョロしている所も心配された。



結局、花館専属メイド2人は、あれやこれやと世話を焼き、付け焼き刃としても何とか振る舞えるよう助言と助力をしてくれるようになったのだ。


彼女達は王族の賓客の接待を任されている上級メイドであり、身分は下位の貴族、子爵家や男爵家の御令嬢なのだ。

セリオンよりも余程女性のマナーには長けている。



歩き方からお辞儀の仕方、指先への神経の行き渡らせ方、相槌のタイミング、笑顔の作り方まで細かく教えてくれた。

次第に熱が入り厳しさを増す指導に、結局セリオンが出る幕は訪れなかった。








「ここまでできれば、とりあえず今回の謁見と晩餐は大丈夫だと思いますわ」


「ええ本当に。ティリーエ様は容姿が大変秀でていらっしゃいますから、それだけでもイニシアティブがある筈です。ある程度の礼儀を尽くされたら、多少の不作法は咎められないと思います」


この物言いからも分かるように、ティリーエは2人と大変打ち解けた。

要約すると、"顔が良いのでちょっとした失礼は見逃して貰えるさ"と言われている。


最後にひしっと抱き合い、健闘を称え、武運を祈る。


何となく戦友の雰囲気を醸し出す3人を少し羨ましく眺めてから、セリオンはティリーエの手を引いた。



「ではティリーエ、行こうか」


「はい、セリオン様」


いざゆかん! という謎の気迫を感じながら、セリオンは馬車にティリーエを乗せた。

ティリーエは、協力してくれた2人に再度厚く御礼を言って、花館を離れる。

今晩は泊まるらしいので、また後で会えると思うと嬉しい。

良い成果報告ができるよう、精一杯頑張ろう心に誓った。








「今日は第4師団長ヴェッセル侯爵の褒章授与だったな」


謁見の間には、王族やセリオン達より早く、各省長、大臣や他の師長、騎士団長など多くの要人が集まっていた。



「あぁ、なんでも、予定よりかなり早く討伐を終えてしかも死傷者を出さなかったらしい。物資も余るほどだったとか」


「へ〜。知らなかった。 しかし、席が2つあるな?」


「聞いた話によれば、今回の功労者は侯爵閣下ではなく、どこぞの平民薬師だったという話だ」


「いやいやそれは不敬ですぞ。件の薬師は、高位貴族の御落胤とか。滅多なことは言われない方が良い」


「それは失礼。火遊びが過ぎると、そのような話もあるのでしょうな。顔を見れば父親が分かるやもしれぬ…

まずは静観しよう」


「まぁ、半分は貴族の血でも半分は平民。実の所、たいしたことはできますまい。

今回の功労者はやはり、ヴェッセル侯爵閣下であろう。彼は愚直な男だから、同行した薬師に何らかの恩義を感じて手柄を分けようとしたのだろうな。全く、理解できん」


「そういえば、薬師は女らしい。女嫌いで知られる侯爵にここまでさせる女とは、少し気になりますな」


下卑た笑いを浮かべる大臣や他の貴族、

ザワザワと好き勝手に話を膨らませる狸達のホールに、王と王妃、王子の到着を知らせる鐘が響いた。



「イル=ソーレ=アシャムス国王陛下、クリスティアーナ王妃殿下、シェーン王太子殿下、並びにディアナ王太子妃殿下の出御で御座います。

皆様、ご静粛に」


宰相の言葉で会場は一気に静まり返り、全員居住まいを正して扉を注視した。


ほどなくして、4名がホールに進み出る。

参席者全員が礼をとって敬意を示すと、皆を見渡してから静かに腰を下ろした。




「セリオン=ヴェッセル侯爵閣下、ならびに薬師ティリーエ様の御入場です」

紹介の声と共に開いた扉へ、ホールの視線が一気に集中する。

そのほとんどが好奇の目だ。



新しい話題の無い最近の、ちょっと変わったニュース、それも片腕の若き師団長が女連れで謁見など格好のネタなのだ。


どれどんな女か見てやろうと、ほとんどの参席者が好奇心に満ちた嫌な目を向けた。

ところが。




そこには、月の女神がいた。



進み出る足先の爪まで研ぎ澄まされた気品。

静かに付き従う夜空の裾が、一瞬でその場の雰囲気を支配した。

長い睫毛がスモーキークウォーツの瞳を縁取っている。

伏せて落ちた影が儚げだ。

夜の闇を溶かしたような紺藍色のドレスは、縫い付けられた小さなダイヤモンドが眩く光り、満天の夜空を切り取ったようだった。

月の光を糸にしたような蜂蜜色の髪は歩く度に柔らかく揺れ、白く陶器のような肌に桃紅色の唇が映えている。

身体の線が細く頼りないのに、足取りはしっかりしていて目線を落とさずエスコートを受けている。

裾のヴェールがふわりと揺れて余韻を残す。

女神のような美しさと、少女の可憐さが共存した造形美に、参席者は皆、瞬きもできない。


手を引いているセリオンも、同じ夜闇色の目で周囲を牽制しながら、優しく手を引いて王座へ誘導している。

2人の歩いた後は、残像がキラキラ輝いているように錯覚するほどだった。



参席者の前を通る時などは皆、思わず手を擦り合せて願い事を念じそうになっていた。

神殿の壁画の女神は、彼女の模写じゃないか…?

ありがたやありがたや…



またしてもそんな感想を持たれているとは露も知らないティリーエは、教えられたことを頭の中でずっと反芻し続けていた。

顎を引く、胸を張る、足音は立てない、カサコソ歩かない、頭の高さは変えない…!


前は見ているようで見ていない。

そんな、憂いを帯びた目元がまた、神秘的な雰囲気を益々掻き立てているとは知らないままに。




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