王城へ①
更に丸一日馬車で走って、ようやく王都に着いた。
白亜の城は大きく高く美しくそびえ立ち、まさに、国で1番偉い人が住んでいる所〜!という感じだった。
馬車で門の前まで来て、御者が通行証を衛兵に見せた。
衛兵は馬車の紋と通行証を確認し、御者と言葉を交わして敬礼をする。
馬車はそのまま中に入った。
入ってみれば、門の外から見えていた白くて高い建物が王城で、他にもたくさんの建物があった。
ひとつの街みたいだ。
馬車はその中の1つの建物の前で止まり、ティリーエとセリオンは降りた。
その建物の前にはメイドさんが2人いて、セリオンとティリーエに深々と礼をした。
アナベル達よりも少し年上なのか、かなり落ち着いてみえる。
セリオンが頭を上げるよう促すと、
「ヴェッセル侯爵閣下、本日は遠い所、お越し下さってありがとう御座います。本日こちらの花館-アンスリウムパレス-でおもてなしを担当します、ミラとモレアと申します。
どうぞ何なりとお申し付け下さいませ」
と挨拶を受けた。
ふむ… ふむ??
「ここは迎賓塔だ。王城に招かれた客が、王に呼ばれるまで待ったり、支度や着替え、休んだりなどする場所だ。
ゆっくりしていて良い」
なるほど!
そんな所まであるのかとティリーエは感心して頷く。
馬車にはだいぶ慣れたが、久々の長旅で若干酔ってしまって気持ち悪い。
あのまま直に王族の前に連れていかれたら、緊張も重なって絶対吐いていたと思う。 有り難く休ませて頂くとしよう。
中に案内されれば、まるでひとつの家のように、玄関、応接室?リビング?とシャワールーム、化粧室、トイレに寝室まであった。
無いのはキッチンくらいだろうか。
リビングのテーブルには湯気のたったティーセットとお茶菓子が用意されていた。
いつの間に。
セリオンに促されソファに腰を下ろすと、まふっと包み込むように柔らかい。それでいて腰が沈み込みすぎず、立ちやすい高さまでに留まる。背もたれの角度も秀逸で、背中を預けると至福の心地だ。
人をダメにするソファだな、これは。
侯爵家のソファもたいがいだと思ったが、さすがは王室御用達。
ティリーエがソファをすりすりしていると、セリオンが馬車からリボンのかかった箱を下ろしてきた。
「約束の時間までまだ大分あるから、少し休んでからこれに着替えると良い」
渡されたので開けてみると、中身は、ずっしりと重い、紺藍色のドレスだった。
紺藍色は夜空の色だ。布地に大小様々なビーズが複雑な線を描いて刺繍されているのが、さながら天の川のようだ。
首元は黒のレースがあしらわれ、デコルテを露出しすぎない形となっていて上品だ。メイドのアナベルのアドバイスにより、貧相寄りのティリーエの胸元が寂しく見えないように工夫されている。
総レースの手袋までセットだ。
「す…素敵なドレスですね… これを、私が?」
「あぁ、今日の謁見は公的なものだ。正装で行く必要があるので、勝手ながら用意させた。
私は女性ものの服のセンスが無いものだから、3人娘に任せたのだが… 気に入ってくれたようで良かった」
「そうだったのですね… 何から何まですみません…」
そんなこととは知らなかったが、知っていたとしてドレスなど用意できるわけもない。
どの店で売っているのかも知らないし、選び方も分からない。
「ありがとうございます。恐縮ですが、お姫様になったようで、嬉しいです」
ドレスを引き寄せて微笑むティリーエは頬を薔薇色に染め、破壊的な可愛さだった。
ティリーエがお姫様になりたいのなら、ドレスも宝石も何だって買ってやるぞ!という気持ちになる。
だが、
「謁見の後に晩餐もあるが、別に緊張しなくても良い。
第一王子は友人でな、気心の知れた仲なのだ」
「ばっ… ばんさん!?」
ティリーエは目を剝いてドレスを取り落としそうになった。
晩餐ということは、晩御飯、つまりディナーだ。
王城のディナーなら、多分フルコース…
ティリーエは血筋こそ伯爵令嬢だが、生まれも育ちも平民だし、最近は使用人、今は薬師だ。
テーブルマナーなんて全然知らない。
コックを真似て伯爵家の食事を作ることはあっても、食事に同席したことは無い。毒見したら秒で追い出されるのだ。
喜び紅かった頬は真っ白になり、ぷるぷるしだした。
「む… 無理ですよ セリオン様ぁ… 」
怯える様がウサギに似ており、それはそれで可愛い。
眉がハの字に下がり、今にも泣き出しそうだ。
これまでに感じたことのない嗜虐心に高揚しかけたセリオンだったが、ハッと正気を取り戻した。
着替えてから呼ばれるまではみっちりマナーを教えることを約束して、ティリーエを宥めた。
メイドのミラとモレアの2人にドレスと装飾品を着せつけて頂いた上、ワガママを言って練習用カトラリーのセットまで用意して貰った。
かくしてティリーエは、一夜漬けより短いスパンで、初めてドレスの裾捌きから王族への挨拶、謁見作法、テーブルマナーを急拵えで学ぶことになったのだ。




