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セリオンが怪我をした理由

ティリーエの家から王城がある王都までは、馬車で1日半かかる。

途中、休憩に立ち寄った街で搾りたてオレンジジュースを買ってもらった。

ティリーエが喜んで口をつけようとすると、セリオンが手を翳し、中にコロンコロンと氷を入れて(出して?)くれた。



「セリオン様は、氷魔法の術師様なのですね!」


以前行った討伐では、戦闘中は足手纏にならないよう洞穴に隠れていたから、皆の魔法攻撃を見ることはなかった。

セリオンの魔法を初めて見たティリーエは感心して、コップの中で美しく光る氷を見つめた。

ひとくち飲んでみれば、冷たく甘酸っぱい果汁が喉を潤し、馬車疲れが吹き飛ぶようだった。


セリオンは葡萄のジュースを買って、同じように冷やして飲んでいた。


「うまいな」



しはらく休憩をして、馬車はまた走り出した。




夜は宿屋に一泊する。

晩御飯は、その街で有名な郷土料理の店で食べた。

畜産業が盛んなこの街はチーズが有名で、手作りのホワイトソースにたっぷりのチーズがかかったじゃがいものグラタンが名物だった。

具はシンプルに玉ねぎとじゃがいもだけだが、じゃがいもがほくほくで玉ねぎが甘く、とても美味しい。

セリオン様も器用にフォークで食べられている。

味変用に添えられたタバスコやバジルソース、カレーパウダーを少し付けて頂くと、また違った風味がしていくらでも食べられそうだ。

セットについているトマトの入ったコンソメスープが爽やかで、よく合っている。



はふはふぱくぱくと一心に食べながら、ティリーエはセリオンに思い切って聞いてみた。



「セリオン様。お話しにくいことでしたら、お話頂かなくても良いのですが、その御手はいかがされたのか、伺っても宜しいでしょうか…

あっ、無理にお話されなくても本当に大丈夫です」



ティリーエがあせあせしながらそう言うと、セリオンは少し驚いてナフキンで口元を拭い、話しだした。



「そうか、ティリーエにはまだ話していなかったな。

別に話して困ることもない。ただの任務中の怪我だ。


3年くらい前だったか、西の森近くでの魔物討伐のことだ。

最初は火鳥や熊豚などを順調に処理していたのだが、少し進むと、見たことのない魔物に遭遇したのだ。


巨大なハリネズミとでも言おうか、ふぐのハリセンボンとも似た魔物だった。

身体中が針で覆われていて、しかも、ブワッと膨れたらその針を四方八方に飛ばす。

針は鋭く、無数にあって半球型に飛ぶものだから、上からも横からも全く近寄ることができない。

針の長さは3ヤード(3m弱)、太さは6インチ(15cm強)と長くて太く、掠るだけでも大怪我に繋がる危険な魔物だった。

飛ばした針はすぐにまた生えてきて飛ばすものだから近づくことすら難しい。

針に守られて身体に炎が届かず、氷は砕けてしまうんだ。

私の魔法は‥‥、奴の針の強度に負けるということだな」



悔しそうに顔を歪めた。


「ただ、奴は光に弱く、雷の光を嫌がったから、雷属性の魔術師総出で奴を森の奥深くに追い立てた。

西の森は暗く、奴にとっては居心地の良い所だろう。

今回、なぜ森から出てきていたのかは分からないが、見張りによれば、それからは出て来ていないようだ。

結局奴を仕留めることはできなかったんだ。

いつかはまた相対することになるだろうな」



「では、セリオン様の怪我は、その魔物から負わされたものなのですね」



「ああ。針にやられて倒れた仲間と、2人分の盾を氷で張っていたんだが、降ってきた針全てを弾くことができず、1本貫通してしまったんだ。

その針が私の腕に刺さり、こうなったと言うわけだ。

自分の魔法が不十分だった、それだけだ。


怪我をしたばかりの頃は、有名な薬師や医術師を頼ってだいぶ走り回ったが、誰も治せなかった。

今はその生活にも慣れて、そんなに不自由はしていない。

まぁ、何も困らないと言えば嘘になるが…」


セリオンが左腕を擦りながら苦笑する。



「そうだったのですね…。

セリオン様ほどの魔術師様の魔法を破る魔物とは、かなり恐ろしいですね。

もう出てこないことを祈ります。

どのような時に困られますか?」



「そうだな… 魔法を使いながら馬で駆ける時、右手で綱を持っていると腕が振れないんだ。

だいたい足で馬を押さえて手を振るのだが、魔物の動きが早い時はコントロールが遅れることがある」



魔法は基本的に手から出す。

つまり、騎馬をしながら魔法を使う時は、流鏑馬(やぶさめ)みたいに足だけで馬を操りながら手を離して魔物に向けているというのだ。

それは危ない。

左手で綱を持ち、右手で魔法を繰り出せた方が正確だし安定している。


「それに、両手が使えたら出せる魔法も倍になるから、今より効率的に魔物を倒せるだろうな」



確かに。

ティリーエも、たくさんの作業を行うために聖力を使う時は、両手で指揮者のように操る。



「だが、」


セリオンは言葉を区切った。



「お陰で身体を鍛え、全身が強くなった。今は足で馬を締めてコントロールできるし、落馬したことはない。

片手でも他の者より大きな技が出せるように鍛錬をしたから、今も師団長でいられるんだ。

魔術師団は甘くない。

実力の無いものや働きの芳しくない者は、すぐに引きずり降ろされる。

怪我をして失ったものはあるが、努力で補えることもたくさんあった。無いものねだりよりも、私は出来ることを極めたい。

今の私があることを、誇りに思っている」



セリオンの瞳は、どこまでも澄んでいる。

基本、魔術師は剣や武器を扱わないから細身の者が多い中、セリオンはガッチリムキムキのガテン系男性だ。

その体躯は兵士や騎士に近い。

その理由は、ここにあったのだ。


結局、どの辺りを怪我したのかは聞けないまま、その話はおしまいになった。

でも、3年前ならまだ大丈夫だ。

あとはタイミングだけだと、ティリーエは頷いて手を握った。



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