魔物討伐遠征、その後②
それから数日後、午前の診療を終わらせて、ティリーエは街に出掛けた。
どうやらついて行くつもりだったらしい祖父を何とか宥めすかせて1人で出てきた。
南の街はシャムス王国で最も広い。
300番街まである。
ティリーエが住む17番街から、書店のある210番街までは、結構な距離があるのだ。
馬車で30分、徒歩だと2時間半かかる。
今日は快晴で気持ちが良く散歩日和だ。ティリーエには楽勝だが、高齢の祖父にはしんどい距離だと思う。
大人しく留守番をしていて貰おう。
ティリーエは鼻歌を歌いながら小路を進んだ。
書店に着き、『薬草の友』を受け取って、新刊の取り寄せをお願いする。
用紙に連絡先などを書き、料金を支払った。
異国からの取り寄せはひやかし厳禁として、先払いなのだ。
入荷したらまた連絡をくれるらしい。
「さ、さ、細胞の、老化と再生…」
棚の本を読み上げながら、目当ての本を探す。
良さげな本があった。
他にも「裏・薬草辞典」「毒薬㊙警戒ブック」も買った。
何となく面白そうだ。
おじいちゃんのお土産にしよう。
結果、ティリーエは8冊の本を抱えて帰ることになった。
持ってきた鞄に入り切らなくて困っていたら、店主が紙袋を出してきてくれた。
小さな薔薇の紋が入った可愛い袋だった。
抱えて帰るのはかなり重かったが、帰って読むのが楽しみすぎて、ほとんど苦にならなかった。
◇
「ただいまーっ!」
ティリーエの声に、祖父はほっとして振り返る。
5年前、娘もこうして帰って来る筈だった。
未だにあの日が悔やまれてならない。
自分も街について行けば良かったと、ずっと後悔をしている。
だから魔物討伐の時も、書店に買い物に行く時も同行するつもりだった。(全力で拒否られて断念した)
ティリーエが家にいない間は、自身に大丈夫だと言い聞かせてもどこか不安で落ち着かなかい。
無事に帰ってきて良かった。
街へ行く道中のことや、買うかどうか迷った本の話を延々としゃべり続ける孫に相槌を打ちながら、"日常"の有り難みを感じていた。
そして思い出した。
「そういえば、昼過ぎにヴェッセル侯爵家から伝令が来たぞ。何でも、お前を王城に連れて行きたいのだそうだ」
「え??」
「先月の、魔物討伐で負傷者が少なかったことへの褒美と、追加報酬があるとか言っていた。その代わり、王族に目通りをしなければならんらしい」
「えぇ〜??」
いらないなぁ。
もうお金は十分にあるし、王城に行くのは書店に行くよりもっと遠くて大変だ。
しかも、マナーも作法も分からないティリーエが不用意な発言をして、「不敬だ!」とか打ち首になるのも嫌だ。
「それって断れないの?」
「無理じゃな。ただ、セリオン様が迎えに来て下さるそうだから、移動は楽だと思うぞ」
「えっ! セリオン様が?」
にわかに胸がドキドキしだす。
身体がぽっぽしてきた。
はっ!
きっと、これは怪我をした時期や場所を詳しく聞けるチャンス!
薬師の血が騒いでいるのね。
この機会を逃すことはできないわ。
ぜひご一緒しましょう。
お迎えは1週間後だそうだ。
馬車で迎えに来てくれるらしい。
その頃には今日買った本は読み終わっているから、きっとお役に立てるはず。
ティリーエは、ギラギラと魂を燃やして決意を固めた。
◇
1週間後、約束通りセリオンが迎えに来た。
そんなに期間が経ってないのに、すごく久々な気がする。
「ティリーエ、久しぶりだな、変わりはないか」
「はい! セリオン様も、ご足労頂いて恐縮です」
ティリーエは今日、この前セリオンに買ってもらったアクアブルーのワンピースを着ている。
明るい水色の生地が身体に寄り添って纏い、透明なガラスボタンが光を反射してキラキラ光っている。
波の泡のような白のレースが足元で揺れれば、清楚で可憐なティリーエの魅力をよく引き出していた。
海から上がった人魚は、このような感じだったのじゃないかとセリオンは思った。
下ろした金髪が腰回りで揺れるのも綺麗だ。
「セリオン様に頂いたワンピース、とても着心地が良いです。
このリボンも気に入っています。ありがとうございました」
腰で結んだリボンを揺らして、ティリーエがペコリと頭を下げる。
今日家を出るとき、メイド衆から、ティリーエに会ったらどこかを褒めて気を惹くよう言われていた。
容姿や服を褒められて嫌な者はいないと。
"褒めるときに言葉が思いつかなかったら、とりあえず花や星のように綺麗な物に例えると良い。ただセンスが壊滅的だから、表現はひねらずにストレートに伝えた方が良い"とも言われた。
ううむ。
酷くないか?
私はセンスが酷いのか… どこらへんがダメなんだろう。
人魚のようだと言ったら、半魚人や妖怪の仲間扱いだと嫌がられるのだろうか…
分からん… センスとは難しい。
何とかティリーエの透明感や、揺れる裾の可憐さを伝えたい。
綺麗なものの例え…
「よく似合っているよ。まるで、水面を漂うクラゲのようだ。
足元のレースが触手みたいに動くのも良い。
とても素敵だ」
慎重に言葉を選んでセリオンが言えば、
「クラゲ? 私見たこと無いんです! 何クラゲですか?」
と前のめりなティリーエと、何とも言えない顔した祖父がいた。
嬉しそうなティリーエを見て、どうやら上手くいったようだとセリオンが安心して馬車の方を振り返ると、御者が虚ろな目でこちらを見ていた。




