魔物討伐遠征、その後①
久々に自分のベッドでぐっすり休み、翌朝早くに目が覚めた。
更に早くから活動を開始している祖父に挨拶をして、朝食の支度を始めた。昨日までの日々がまるで夢だったかのように、いつもの1日が始まる。
◇
すでに午前の患者さんは30人を超えた。
最近、祖父の薬屋の評判が高まり、患者さんがひっきりなしに来るようになった。
目が回るほどの忙しさだ。
どんな怪我や病気の症状も楽になるとあって、遠方からもたくさんの方が相談に来る。
ティリーエはそんな方の対応を始めてから気づいたのだが、怪我したばかりの傷はその場ですぐに治せる(わざと時間をかけることはある)が、何年も前の怪我や長患いをしている病気は、一筋縄ではいかないのだ。
怪我をして期間が経つと、聖力を使っても再生ができなかったり長い時間がかかったりする。
また、若年者と老齢の患者さんでも、治癒速度が異なる。
多分、細胞の質とか、再生速度が関係していると思う。
これは新たな発見であり、難しい問題だった。
セリオン様にも同じことが言えるだろう。
これまでは、討伐隊の団員含め、怪我したてホヤホヤの、フレッシュな患者さんの対応ばかりしていたから気付かなかった。
セリオン様の左手の怪我は、いつ負ったものなのか。
そもそも、左手の、どの部分に傷があるのか。
ちょっとくらい、聞いてみれば良かった。
もう少し情報が欲しい。
ヒントが少なすぎて、今のティリーエに癒せるかどうか、自信がなくなってきた。
「ティリーエ。 ティリーエ?」
祖父に呼ばれているのにも気づかず考え込んでいたら、肩を叩かれた。
「あ、ぼーっとしてたゴメン。何??」
「さっき、本屋から連絡があったぞ。
先月頼んでいた本が届いたみたいだ」
「‥‥あー! あの本か!」
討伐隊に行く前に頼んだ、「薬草の友」だ。
季節ごとに発行される雑誌で、そろそろ夏号が出る頃だった。
すっかり忘れていた。
「取り置いておくから、いつでも取りにおいでって言っていたよ。
明日でも行って来たら良いんじゃないかな」
「うん、そうする! 他に欲しい本もあるし、また取り寄せをお願いしてくる」
セリオンと最後に寄った街で見たポスターの本も、まだ注文していなかった。
雑誌を受け取りに行くついでに、新書の取り寄せもお願いしよう。
細胞の再生と時間について書かれている本があれば、それも欲しいな。
魔物討伐で貰った給金は十分過ぎる程あり、しばらくお金には困らない。糸目をつけずに買いまくるぞ!
ティリーエはうきうきしながら明日の計画を立て、午後の診療を始めた。
◇
「それで、坊ちゃまはどうされたのです?」
「え? ティリーエが残したパスタを全部食べたが」
「「「ウワ〜〜!!」」」
その頃、ヴェッセル侯爵邸では、セリオンの尋問大会が開かれていた。
魔物討伐が予定より早く終わったことと、それにはティリーエがひと役買ったこと、帰りは送りがてら2人で観光気分を楽しんだことを話したら、一気に焦点がそちらに動いたのだ。
侯爵邸の使用人達にとって、大切なのは魔物ではなくこの鈍感な当主の嫁取り問題だ。
皆から見て、ティリーエはかなりの優良物件だった。
庶子ではあるが、伯爵家の次女。
加えてあの容姿に優しさと勤勉さを持ち合わせ、働き者の薬師だったとなれば、三国一の嫁御候補だ。
以前、めかしこませて初デートへ送り出したのに、半日と経たずに1人でとぼとぼ帰って来た時は皆で嘆き悲しみ、引き止めなかったセリオンを意気地なし、根性なしと罵倒したものだ(愛を込めて)。
何とか再会の場を用意したいと誰もが目論んでいたのだが、まさかティリーエが討伐部隊に志願していたとは知らなかった。
2人は使用人達の預かり知らぬ所で親睦を深め、泊りがけで観光を楽しんだと言うのだ(やや語弊がある)。
我が主人も案外隅に置けないなと成長を喜んでいたのに、詳しく聞けばトンデモ行動を重ねていた。
「えっ 食べたらダメだったか!?」
「あたりまえです!! もう子どもでも無いのですから、当然お分かりになられることです。
貴族たるもの、意地汚くてはいけません。デェトで残飯を欲するなど…」
ヨヨヨと萎れたメイド長のノンナが呆れて言えば、
「そもそも、お付き合いもしていない男性から食べ残しを欲しがられたらキモいですよ!」
「「キモ〜い」」
メイド3人衆から眉を顰められる。
そして、宿屋に泊まった夜、茶でもどうかと部屋に招かれたのに断った話をすると、
「「「はぁ!? 有り得な〜い!!」」」
「セリオン様、それは無いッスよ…」
「坊ちゃま、それはあまりにも… 爺は悲しいです」
「情けない… 大奥様に聞かれたら寝込まれてしまいますよ」
メイド衆からコック、執事、メイド長全員からブーイングの嵐だった。
薄い夜着で部屋に招き入れるなんて、ティリーエなりに攻めた行動だったはずだ。
据え膳食わぬは男の恥。若い乙女にそこまでさせて、尻尾を巻いて逃げ出すなんて情けないと、前にも増してセリオンは怒られた。
セリオンはそれでも、何が悪かったのか分からないようだった。
良い年して食いしん坊と思われたかなぁなどと思っている。
皆は盛大に溜息をついた。
魔物の前では一騎当千。
凄腕魔術師の、そんなヘタレな所もまた、我らが当主の愛すべき所なのだ。
そんな当主に早く春が来るよう、祈るばかりだ。




