帰路…お出掛けリベンジ③
馬車の中でセリオンは、ティリーエに感じている疑問を尋ねるかどうか迷っていた。
別に悪いことをしているわけではないし、聞いてどうすると自問しながら、ただティリーエのことは何でも知りたい気持ちになり困っていた。
ティリーエをちらりと盗み見れば、窓の外を興味深そうに眺めている。
目に入る看板に書かれた文字を片っ端から口に出して読むその様子は、まだ幼い子供のようでもあった。
結局、聞き出す勇気も度胸も無いまま昼食の経由地に着いた。
今日はメインロードをぶらぶらして店を見ながら、ティリーエが気になった店で何か食べようと思っている。
馬車を降りて、御者にも休息と、馬に十分な飼葉を食べさせるよう伝えて分かれた。
2刻後に再び集合する予定だ。
ティリーエとレンガ路を歩き、花屋やアクセサリーショップ、食器屋などを見て回った。
南の街にほど近いこの街は、最後の観光地であった。
夜にはティリーエを送り届け、また侯爵家に戻らなければならない。
無邪気に花に顔を寄せて香りを楽しむティリーエを目に焼き付けながら、散策を楽しんだ。
「クレープ・シュ・ゼット」
ティリーエがある店前のボードを読み上げた。
結構お客さんが並んでいる人気店のメニューに、そう書かれていたようだ。
セリオンも立ち止まる。
ガラスファサードによって外から中の調理風景が見えるようになっている店だった。
おたまにクリーム色の液体をすくい、大きな円盤の中心にとろりと落とした。
それを手早くT字の棒?板?で器用に薄く広げていく。
それをまた瞬時にひっくり返すと、大きな正円のシートができた。
その上に果物とクリーム、ソースを乗せると半分に折ってくるくると丸めた。
逆円錐状の紙の筒にストンと入れて、並んでいた女性客に渡す。
受け取った少女はキャァキャァと喜び、幸せそうに頬張っている。
ティリーエはほけーっとその様子を見つめていた。
あんな食べ物見たことがない。
美味しそうだなぁ…
2つ目のクレープが巻かれる様子を眺めていると、
「初めてみる食べ方だ」
とセリオンが言った。
侯爵様とあろう方も見たことないものがあるのかと驚く。
看板には、『クレープ・シュ・ゼット』と、『ワンハンド・クレープ』と書かれていて、今目にしたのは後者のようだ。
セリオンによれば、クレープ・シュ・ゼットはあの広いシートを畳み、オレンジソースで煮た甘味で、皿に乗せて出される。
美味しいが綺麗に食べるのが難しいのだそうだ。
左手が動かないセリオンは、ナイフとフォークを使って食べることが苦手だ。
いちいち持ち替えなければならないし、押さえておく事ができないから、切るときにコロンと動くものや薄いものは食べにくいらしい。
そういえば、侯爵家で肉などは予め切って提供されるし、昨晩のチキンは骨の端を持ってかぶりつくタイプだった。
今見た方のクレープなら、その名の通り、右手ひとつで食べることができる。
「食べてみよう」
何となく弾んだ声のセリオンと、ティリーエは列に並んだ。
周囲から聞こえる話から、食べ歩き用に考えられた食べ方らしく、観光客に人気のお店だということが分かった。
この先の門に、同じく食べ歩きに特化した"コロッケ"なる芋揚げがあり、そちらも片手で食べられるらしいから、ぜひ行ってみたいと思った。
ティリーエはチョコバナナクレープを、セリオンはソーセージとレタスのクレープを注文する。
甘くないクレープもたくさん種類があった。
ティリーエは、バナナなる異国の果物を食べるのが初めてだったが、コクのある甘さとミルキーなクリームが美味しさの宝箱すぎて感動した。
苦みのあるチョコレートソースが味を引き締め、珍しく1人前を食べきれそうだ。
ひとくち齧る毎に、「はわ〜っ」とか「ひゃ〜っ」とか言って美味しそうに感嘆するティリーエを横目に愛でながら、セリオンもクレープに噛み付いた。
パリッと焼けたソーセージから肉汁が溢れ出し旨味が口に広がる。
少し脂っこさはあるが、シャキシャキのレタスによって後味は爽やかだ。
片手で食べられる手軽さに感心しながら、その味にも舌鼓を打った。
セリオン様も美味しそうに食べてる…
ティリーエもまた、セリオンを横目で見つめていた。
左手が動かなくても、普通に生活をしているし困っている様子を表に出さないが、やはり全く不自由しないなんてことは無いのだ。
現に、クレープを食べている今の表情は、昨昼食の店より明るく嬉しそうだ。
左手が動かせないことで周囲が気を遣わないようにいつも配慮をしている。
私は、そんなセリオン様のために何かできないだろうか?
叶うなら、力になりたい。
もし左手を、治すことができたら…?
ティリーエはそう思いながらぱくりとバナナを齧った。
でも、どう話を持ち掛けたら良いのか分からない。
余計なお世話だと思われるだろうか。
触れられたくないこともあるかもしれない。
また、ティリーエの不思議な力に気付かれずに治すのは不可能に思えた。
今回の魔物討伐の遠征で、ティリーエはセリオンの手を治すことができるのではないかと感じていた。
必要な知識もイメージも技術も、身に付いている。
後は打ち明けるタイミングだけだ。
できるなら、試してみたい。
帰ったら祖父に相談してみようと思い、クレープのお尻を口に放り込んだ。




