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義姉・ジェシカ

「どう…  と、言われましても…」



視界は霞んでいたし興味もなかったので、全然覚えていない。

強いて言えば、若そうだな?と思ったことぐらい。

それも、『おじいちゃんではないな』くらいの若さで、推定年齢は不詳だ。



「はぁ… アンタって本当使えない女ね。家事の才能がなければ、とっくに遠くへ捨てに行くのに」


ジェシカは、心底呆れたという顔をする。


ナーウィス伯爵家は、伯爵家ではあるものの、領地に鉱山系が無く、領地収入が主に小作であるから、季節や天候に大きく影響を受ける。

よって資産が莫大なわけではない。

有限だ。



だというのに、義母も義姉も浪費家で贅沢好きなのだ。

父は穏やかな、もとい暗い、いやいやあまり自分の意志が強くないタイプの人で、2人に意見などできず好き勝手にさせている。

それは、たまにしか会わないティリーエでも分かる程に。


食いつぶされる貯蓄、振れなくなってきた袖、ということで、執事以外、コックやメイド、庭師などの使用人を大量に解雇し、それら全ての仕事をティリーエにさせることにしたのだ。

これなら屋敷の維持費面での支出がゼロになり、かなり収支が上向く名案だった。




常人には不可能な業務量だったが、ティリーエは例の不思議な力で鍋やフライパン、火や水や土など複数を同時に操ることができるため、数人分の食事を作ることも、全員の部屋の掃除をすることも、庭を綺麗に整えることも可能なのだ。

ついでに、財政が逼迫して小麦や卵、肉がたくさん買えない時は、こっそり複製して量を増やしたりしていた。


そのお陰で、この伯爵家は超浪費家の2名をぎりぎり養っていけているのだ。

もちろんそんなこと、ティリーエ以外誰も知らないが。



義母や義姉は、ティリーエのことを、『普通の使用人より少しよく家事ができる居候』だと認識している。

洗礼で魔力無しと判定されていたし、魔法が使えるなど露ほどにも思っていない。

最近は、自分達の身の回りの世話だけでなく、他の貴族に貸し出す『レンタルメイド』サービスまで編み出した。

これがなかなかに評判が良く、口コミで広まって予約がたくさん入っていた。

ティリーエは最近、『絶対無理な納期で最高の仕事をする神メイド』と呼ばれるようになっているのだ。

ティリーエが褒められるのは面白くないが、まぁ所詮メイドの技能だ。伯爵家の令嬢たるジェシカの張り合うものではない。

これからも、ティリーエには金の犬として稼いで貰わねば。

それより、自身の縁談が気になる。適齢期、多感なお年頃なのだ。

若く独り身のヴェッセル侯爵がどのような人か、気になっていた。




「ほら、背が高いとか、髪や瞳の色とか… とにかく格好良かったかってこと!」


苛立ったように言い募るジェシカに、何とか少しでも答えようと頭を巡らす。

だけど結局、何も出てこなかった。



「もういいわ! 本当、使えない愚図!」


持っていた扇子で胸を強く押され、トスンと尻もちをついた。

.....体重が軽すぎて、"ドシン"とはならないのだ。



フンッと鼻息荒く立ち去るジェシカの左手の紙袋を見つめ、しばらく呆然としていたが、『邪魔だ退け』という執事の声で我に返る。

胸がチクチクと痛んでいて、そのことに笑ってしまう。



今日は何年ぶりかの甘いお菓子を食べられそうだった。

そんな期待をしたものだから、失った時にこんなにガッカリするのだ。

我ながら、何回繰り返せば学習するのか。

最初から期待しなければ、何も失わないのに。

あのジェシカは、甘い匂いがすると目敏く見つけて奪いに来る。

そんな探知魔力があるのかと思うほど、必ず現れるのだ。


はぁ…



座り込んだまま急に笑ったり、ため息をついたりと情緒が不安定なティリーエを、執事は箒で掃き出して、エントランスの扉を閉めた。



夕餉の支度まで、しばらく休もう。

多分今日は、食事は貰えないのだろうから。





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