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帰路…お出掛けリベンジ①

行き道と同じように、帰りも馬車を乗り継ぐから大丈夫だと言ったのに、セリオンが送るといって聞かず、迎えに来ていた侯爵家の馬車の行き先を、無理矢理南の街に変えてしまった。



「すみません…」


ティリーエが小さくなって謝ると、


「いや、全然構わないよ。むしろ、我が師団を助けてくれた恩人を1人で帰すなんて有り得ない。

観光などしながら、ゆっくり帰ろう」


セリオンは大袈裟にかぶりを振った。


行きの辻馬車乗り継ぎではお尻がボロボロになったが、案内されて侯爵家の馬車に乗れば、相変わらず包み込むような柔らかさで、何日でも乗れそうだった。

例えるなら猫バスだ。



途中で立ち寄った街は、ガラス工芸で有名な街だった。

セリオンが見てみようと言うので、ティリーエも降りてみたが、それはそれは見事だった。



「素敵…  綺麗…」


無機質で透明なガラスコップは勿論知っているが、世界にこんなに綺麗なガラスがあるなんて知らなかった。

この街は、"切子硝子"の工房が軒を連ねる街だった。

繊細な模様がガラスに刻まれ、見る角度によって表情を変えるし、光の当て方でも違う。

細かい模様のものは、それ自体が光っているかと思うほど眩いのだ。



わぁ…!


わ〜…!!



どの工房も職人さんのこだわりが見えて惹き込まれたが、中でもひとつの小瓶に目が留まった。



「‥‥‥‥」



葉の模様が切り込まれた複雑な図柄の小瓶だ。

丁度、母様の飴がひとつ入るくらいの大きさの。


母様がお土産にくれた飴の、もともとの瓶は大きいから、飴を持ち歩く時はいつも、小瓶に移している。

最近はほとんどお守りとして持ち歩いているから食べてはいないが、5年も使った小瓶の中は流石に汚れていて、代わりの物を探していたのだ。


この葉模様の小瓶に入れたら、どんなに綺麗だろう。

ただ、結局どうせ汚れるのだから、切子硝子じゃなくても良い気がする。

あぁでも、素敵…



トランペットを見つめる少年のようになったティリーエに、セリオンは微笑みかけ、


「それが気に入ったなら、買おう。贈らせて欲しい」


と言った。



「いえいえ大丈夫です! あの、お給金もたくさん頂きましたし、自分で買えますから」


慌ててティリーエが答えるも、


「いつか、君の働きに礼をする約束だった。あの時は(ティリーエが祖父宅に帰ってしまって)できなかったが、今日はこれを贈らせて欲しいんだ」


と言って、そっと小瓶を手にとった。

小瓶を含め、作品には値札がついていない。

『お声をお掛け下さい』となっている。

ティリーエは恐縮したが、まぁ小瓶だからそこまで高価ではないだろうとも思い、今回の旅の思い出として有り難く受け取ることにした。



セリオンが支払いをして包んで貰っている間も、他のキラキラしたガラス細工を、飽きることなく眺めていた。







昼過ぎに立ち寄った街で、食事をとることになった。

今回は急なことで、レストランの予約などはできなかったから、大衆的なお店に行くことになる。


「済まないな、この街では美味しいコースを出す店があるのだが…」


申し訳なさそうなセリオンに、ぶんぶんと首を振るティリーエは、


「マナーなど何も分からない私に高級なコース料理の店はハードルが高すぎます。普通で十分です、普通で!」


と答えた。

実際、連れて行かれた大衆料理屋も、大層美味しかった。

胃が小さいティリーエは、やっぱり1人前を全部食べきらなかったが、温かいコーンスープ、新鮮なトマトとバジルのパスタを美味しく頂いた。


「そのくらいで良いのか!?」


7割を一生懸命食べて満腹の溜め息を吐くティリーエを見て驚き顔のセリオンは、同じくコーンスープに山盛りのサラダ、鶏のもものスパイスグリルにロールパン3つ、魚のフリットにクリームブリュレまで食べている。


ばりばりもりもり平らげるセリオンを見ていると、何となく自分も食べられる気がするが、無理なものは無理だった。

これ以上食べて馬車で吐くのも良くない。

以前の自分が見たら、食事を残すなんてバチ当たりなと叱られてしまうだろう。

本当に贅沢になったものだ。

勿体ないにも程がある。

コックさんごめんなさい。。



申し訳なさから悲しい顔になっているティリーエに気付いて、セリオンは少し考えてから、言った。


「もう食べられないのか? ‥‥それ、貰っても良いか?」



「えっ…!? 私の食べ残しをですか?? 構いませんが…」



ティリーエが小さい時、残したものを母や祖父が食べることはあったが、大人の、しかも他人、ましてや大貴族がそんなことをするとは思わなかった。

目をパチクリさせて驚くティリーエの前からちょいと皿を受け取ると、残りの3割を綺麗に食べあげてしまった。

口の端についたトマトソースをぺろりと舐めてナフキンで拭い、


「ん、パスタもなかなか旨いな。ごちそうさまでした」

と合掌をする。


そういえば、セリオン様はパスタを注文されてはいなかった。

こんな店に来ることはあまり無いから、パスタも食べてみたかったのかもしれないわね。

身体が大きな方だから、あんなに食べてもまだお腹がいっぱいにならなかったのね。



ティリーエはそう結論付けて、何にしても残すことにならなくて良かったと思い、自分も「ごちそうさまでした」と手を合わせた。



――勿論セリオンがティリーエの食べ残しを食べたのは、お腹が空いていたわけでも、トマトパスタが食べたかったからでもない。



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