遠征終了
セリオンは、ティリーエとずっと一緒に過ごすうちに、ティリーエには魔法と違う何か不思議な力、もしくは秘密があるようだぞ!と何度も思う瞬間があった。
がしかし、その確信は日々揺らいでいた。
ティリーエが薬師として、本当に優秀なのだ。
そこらの草原や土の中から使える薬草を見つけてきては、乾かしたり煮出したりして適切に薬効を取り出して混合し、副作用は最小に、効果は最大に出るよう調整していた。
軽い擦り傷や切り傷にもよく効いて、化膿する者もいなくなった。
これまで実は、魔物にやられたのではなく、森林で負った小さな傷が原因で、熱が出たり腫れたりして戦線を離脱する団員が結構いたのだが、それがパタリと無くなったのだ。
団員皆に、ティリーエは作った軟膏を貝殻に詰めて配ったが、それが戦闘中に傷ついた肌を治してくれると評判だ。
先日のあれは本当に、魔法的なものでなく、純粋にティリーエの腕、技術なのかもしれない。
コピルは本当に打撲だったのかも?
無限収納鞄は、実はどこかに売っているのかも??
セリオンはよく分からなくなってきた。
◇
ギェェェェェ
ピギャァァァァ
グルルルルル
今日も魔物退治だ。
あれから更に1週間が経ってだいぶ魔物の数も減ったし、そろそろ帰れそうだ。
振り返ると、団員はまだまだ精気に溢れて元気そうだ。
笑みを浮かべている者さえいる。
こんなこと、未だかつて無かった。
いつも虚ろな目で、破格の給金のために淡々と魔物退治にあたっていた団員が、今は活き活きと魔物を倒している。
多少怪我でもしようものなら、むしろ喜び勇んで陣営に帰るのだ。
ティリーエに会うために。
ティリーエはコピルを治療した後、後衛に戻らなかった。
前衛に居た方が団員が怪我した時に最速で治療できて効率的だと言って、そのまま残ってしまった。
ティリーエの治療は痛くなく、薬は苦くなく、それでいて良く効く。しかも絶対に綺麗に治る。
みんな、小さな傷でも嬉々として報告するようになり、その度にティリーエが優しく癒やしてくれるとあって抜群の安心感で士気は鰻登りだった。
後衛の救護舎まで下がる必要のあるような大怪我も無く、離脱する者が少ないから人海戦術で効率良く魔物を倒せ、予定より1週間早く討伐は終わる見通しだ。
「ティリーエさん、ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
結局兄弟で治療を受けた2人が御礼を言うと、他の面々も次々に御礼を口にして頭を下げた。
「ティリーエさんは第4師団の女神だ!」
「魔物討伐部隊の守り神だ!」
「師団員みんなのママだ!」
「本当にありがとう」
「大変助かりました」
途中に妙なコメントが聞こえたが、治療から食事番まで務めたティリーエは、今や本当に家族のような馴染み様だった。
「私も、皆様と過ごせて大変楽しく、たくさん学ばせて頂きました。ありがとうございました」
ティリーエも礼を返す。
ちょっとした怪我として処置したものの中には、重度熱傷や神経の断裂、粉砕骨折があり、実は結構な数の団員が大怪我をしていた。
使った薬草や調合、また聖力の使い方について色々学ぶ所の多かった1週間だった。
1人として後遺症を残さなかったことはティリーエの成果であり、小さな自信となっていた。
また、伯爵家ではずっと1人の食事だったし、祖父や母との暮らしでも学校に通うことはできなかったから、こんなに大勢で食卓を囲んだことがなかった。
こんなに温かく、嬉しいものだとは思わなかったのだ。
ティリーエは満ち足りた気持ちで皆との別れを惜しんだ。
その後、セリオンの馬に乗せてもらい、挨拶のため後衛地に1度戻った。
見張りをしていた後衛地の団員のおでこには、正しく『ヒマ』と書いてあった。
ぼけーっと空を見ていたようだが、セリオンとティリーエが来たことに気づくと、バタバタと走ってファラを呼びに言った。
「おかえり、ティリーエ。 きっと、大活躍だったんじゃない? 怪我人があれから1人も来なかったのだもの」
呆れたような笑ったような顔で言いながら、ファラが歩いて来た。
「増資の要求の伝令鳥も来ないし… 包帯とか傷薬とか、足りたんだ? それか、ティリーエが現地で作ったのかな?
保存食だってほら、あんなに余ってる」
いつもは常備薬や物資、食べ物の補充に来る団員がパタリと来なくなり、後衛地はかなりお手すきになったようだ。
ティリーエが前衛地に来てからはティリーエが食事の采配を担当しており、食材は新鮮な物を現地調達したり複製したりしていたために保存食が不足しなかったのだ。医療品も然り。
ティリーエが来る前から後衛陣で療養していた負傷者達は、ファラとティリーエの治療の後元気になり、復帰したり帰宅したりして全員無事らしい。
良かった良かった。
「ま、いいや。ぜひまた次の討伐部隊の募集の時も参加してくれたら助かるよ。 君のことは、上に伝えておく。
給金を上乗せして貰えるよう、頼んでおくから」
ティリーエが返事の仕方を考えていると、ファラが手を差し出した。
思わず手を取り、握手をする。
「ありがとうございます。ぜひ、次も参加したいです。それまでにまた勉強して、もっとお役に立てるよう頑張りますね」
見つめ合う2人を、セリオンは面白くなさそうに眺め、
ペッペッ とばかりに手をほどかせた。
呼び捨てなのも気になる。
「ティリーエ、そろそろ行かなければ。お祖父様はきっと心配しているだろう」
「あ、はい。 それではファラ様、また。ごきげんよう」
最後にぺこりとお辞儀をして、家路についた。
借りていた大きな団員服は、尻のクッションを外して一応洗濯し、お返しした。




