魔物討伐②
熊と豚の中間みたいな魔物は、セリオンの3倍はあろうかという巨漢だった。
しかも大群。
ただ、火鳥と比較し氷魔法がよく効く相手である。
凍らせて砕くも良し、氷矢や氷柱で射ったり潰したりするも良しだ。
セリオンが手を振り上げて軽く払うと、
ザシュ ザシュ ザシュ ザシュ ザシュ ザシュ…
氷柱が連続で繰り出される。
熊豚の核は背中にある。
容赦なく次々と突き立てると、すぐに数十体が黒い霧となって消えていった。
次に、掲げた手を下ろし、グッと握ると、残りの10体がカキンと凍りついたあと、パキーンと高い音を響かせて粉々に砕け散った。
「さすが団長!」
「かぁっこいー!」
兄弟もやんややんやと興奮している。
「余所見をするなっっ!!!」
セリオンが怒鳴るのと、火鳥が弟を掴んで飛び上がるのはほぼ同時だった。
「コピル!」
「兄ちゃ」
バサッと大きな羽音を立てて火鳥が飛び立つ。
言わんこっちゃない!
昨日もそうやって火鳥にやられたのに!
やられた仲間の報復か、ただ単に食料確保のためか分からない。
ただ、連れて行かれたら絶対戻ってこれないのは明白だ。
「くそっ」
セリオンは手を空に向かって掲げ、ひたすら氷矢を放つが、高さが高くて届かない。
兄の岩魔法も届かず、火鳥はどんどん高く舞い上がっていく。
他の団員も集まってきた。
「コピル! コピル!」
兄が焦りながら名前を呼ぶ。
上空からの返事は無く、もう豆粒の高さに舞い上がっていた。
その時、
突然雷鳴が轟き、稲光がしたかと思うと、バリバリバリと音がし、爆音とピギャァァァァという悲鳴と共に、火鳥が落下してきた。
火鳥は丸焦げになって地面に激突し、霧散。
ピカッ ゴロゴロゴロ バリバリバリ ズドーーーン
更に立て続けに稲光と雷柱が走り、火鳥が次々と焼け落ちてきた。
ここらだけでなく、あちこちの火鳥に稲妻が落ちまくっていて、さながら火鳥の雨が降っているようだ。
「わああぁぁぁぁぁぁぁ」
続いて弟も落ちてきて、このままでは火鳥と同じ末路だがそういう訳にはいかない。
とっさに草魔法が使える団員が、大量の草でふかふかのマットを拵える。
「わああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ 」ドサドサガスッ
「うぐぅっ…」
うず高く積んだとはいえ、所詮は草。
高所から転落の衝撃はかなりの物だったのだろう。
弟は五体投地の姿勢に倒れたまま目を見開いて動けない。
「コピル! 大丈夫か!?」
兄が駆け寄り、何事かを言いながら抱きしめようとした。
しかし慌てて離れ、あわあわしだした。
弟の顔は血の気が引いており、かなり痛みがある様子だ。
唇は青く、もう何も喋れなくなっている。
セリオンも駆け寄り、怪我の状態を確認するが、確実に複数箇所骨折している。
動かせば痛むし、悪化するだろうが、薬師がいる後衛までは結構遠い。
どうしたものか…
「頑張れコピル! 女神さまが治して下さるさ!」
弟は言葉無く目だけ動かして兄を見る。
泣きそうだ。
ついさっき、"怪我なんて怖くありません!"と豪語していたのに…
とセリオンは一瞬思ったが、とにかく可哀想なので何とかしてやりたいとは思う。
すると、兄が
「‥‥薬師さまに、こちらへ来て頂くわけには行かないでしょうか」
と恐る恐る聞いた。
「多分あそこまでコピルが行くのは無理なのではと…」
そういえばこの兄弟は、後衛から復帰して来たんだった。
ここから後衛地までの道程はよく分かっているだろう。
岩場や崖、坂道を通るから、結構な悪路だ。
馬に乗せても響きそうだし、弟が単体で向かうのは絶望的だ。
こちらに呼ぶ…か…
後衛の医療班は変わり者と評判の医術師ファラと、彼らが女神と崇める新しい薬師だ。来てくれるだろうか…
ファラは得体が知れないし、他方は彼らの言う所の"女神"なら女性なわけだが、高確率で年若い令嬢だし、この悪路、戦場に来てくれる可能性は低い。
しかも万一途中で彼等医療班が魔物にやられれば、部隊にとってかなりの痛手になる。
「私が後衛の医療班に掛け合ってみるから、それまで何とか持ち堪えてくれ」
熊豚と火鳥は大方片付けた。しばらくは襲って来ないだろう。
セリオンが言うと、
「大丈夫です! バリケード作ります!」
そう言うと、兄はかまくらみたいなバリケードを岩で作り、外敵からの視認性を低下させた。
あっと言う間に半ドーム型の家が完成した。
セリオンは振り返ってそれを見届けてから、全速力で馬を走らせた。
あれなら魔鳥も上空から見つけにくいだろうし、熊豚の攻撃からも守れるだろう。地面によく擬態している。しばらくは持ちそうだ。
‥‥それにしても、先程の雷は何だったのだろうか。
まぁとにかく運が良かった。
再び火鳥が集まる前に戻ってきたい。
セリオンは、先に伝令鳥を飛ばし、要件を伝えている。
運良く了承が得られていれば、医術師か薬師のどちらかが一緒に来てくれるだろう。
期待は薄いが、それしかコピルを助ける術が無い。
祈るような気持ちで綱を引いた。




