魔物討伐、後衛地へ
ティリーエがいる街は、王国の南側に位置している。
魔物が出るのは魔族の森が近い、北側と西側の土地だ。
魔族討伐部隊にティリーエが志願すると、南の街の役人は驚いた顔をした。
ティリーエの薬師としての腕は、この街で知らない者はいなかったし、綺麗で優しく評判も良い。
南の街は魔物が出ないし治安も良い。
だからこそ、わざわざ遠く危ない土地へ行く必要は無いのではと、引き止められた。
しかし、ティリーエの決意が固いと知ると、役人は頷き、「君は若いからと侮られるかもしれない。僕は師団長に知り合いがいるから、正しく取り計らって貰えるよう、推薦書を添えておくよ」と言ってくれた。
ティリーエがお礼を言うと、「僕こそ、弟が世話になった」と笑顔を向けられた。
先日丸太で骨折(表向きは捻挫)した少年の、兄様だったのだ。
こうしてティリーエは、北の街に向かうことになった。
薬師で稼いだお金はたくさんあったから、悠々と馬車で向かうことにした。
かなり距離があるため途中で乗り変える必要があり、結局7回も乗り継ぎ、3日がかりの行程だった。
さすがにお尻が痛くなり、この程度で痛むなんて軟弱になったものだわと苦笑した。
北の街に着くや、食料を補充してから役所を調べて尋ね、応募要項と志願書を差し出した。
ティリーエを見た役人は、あまりの美しさに最初は息を飲み、討伐隊への志願だと知るや怪訝な顔になった。
命懸けの仕事だ、お嬢さんのお遊びじゃないんだぞと凄まれたが、推薦書を出すと掌を返して案内をされた。
丸太坊やの兄様に感謝だわ…
何枚かの書類にサインをし、指示された場所へ向かう。
案内は、その専門?の係の男性がしてくれるみたいだ。
討伐隊の後衛地までは、まさかの騎馬移動だった。
勿論ティリーエは乗馬なんかできない。したことがない。
馬に乗れないティリーエは、2人乗りで案内役の男性の前に乗る形だったため、年頃の娘としてちょっと緊張していたが、すぐにそれどころではなくなった。
足も股もお腹も背中も痛い!
足場の悪い場所で馬が跳ねるたび、突き上げられるような痛みが全身を走り、高低差のある場所から飛び降りるたび、背骨が潰れるような痛みに呻いた。
案内役の男性は寡黙で、会話もなく、気を紛らわすこともできなかった。
そうしてついに後衛地に着いた時には、ティリーエはぐったりして吐く寸前だった。
もともとが馬車で3日間休まず飛ばしてきた直後の騎馬移動だったのだ。
うぷ…
せり上がって来る酸っぱい液を必死で堪える。
疲労や馬酔いは病気でも怪我でもないので、聖力で癒せないのが辛い。
せめてコランの葉か、ラベルの実があれば…
ティリーエがキョロキョロしていると、ここまで案内をしてくれた男性が、1人の男性を連れてきた。
「こちらの陣営の責任者の方だ。後はこの方に相談して下さい」
「あっ! ありがとうございました!」
男性は刹那的な会釈をしてまた街に帰って行った。
最後まで、必要最低限以下の会話しかできなかった…
後衛の責任者という男性は、小柄で赤みの強い茶色のくるくる髪、テディベアのような風貌の方だった。
目がもこもこした前髪に隠れていて年齢不詳だが、ほうれい線が無いから多分若い方なんじゃないかな?とティリーエは思った。
「あの、ティリーエと言います。南の街から来ました。
薬師をしています。宜しくお願いします」
「うん。僕はファラ。医術師だよ。宜しくティリーエ。
早速ひとつ聞きたいんだけど、君はここに何しに来たクチ?」
「???」
ティリーエが質問の真意を測りかねていると、ファラは続けた。
「綺麗な女の子が、好き好んでこんな戦場に来るなんて、何か事情があるのが普通じゃん?
今までそういう子が何人か来たんだけど、色恋目当てか親に売られて来た子ばかりでさ。それでもせめて何かに役立てば良いのに、血を見て震えて怪我を見て泣いてって、全然使い物にならん。むしろ邪魔なんだわ。
そんな奴に割く時間は無いんで、こうして最初に確認してんの。
で、どう?」
ティリーエは、こんなに明け透けに物を言う人に会ったことがなかったから、呆気にとられて言葉を失った。
「えっと…」
何から話そう?
志願した理由を話すには、生い立ちから侯爵様の事情まで話すことになり、それは初対面の人にどうなのかなどと自問自答する。
かと言って、適当な理由では、この栗毛のテディベアは納得しそうにない。
ううむ…
黙り込んだティリーエに少し苛立ちを感じ始めたファラに、向こうからお呼びがかかった。
「ファラ様! 怪我人が運ばれて来ました!」
ファラとティリーエが顔を上げる。
「ひとまず話の続きは後だ。とりあえず一緒に来て、怪我人を診よう」
バタバタと、救護舎に連れて行かれた。
そこは、想像以上の修羅場だった。
噎せ返るような血の匂い、また、嗅いだことの無い匂いに溢れ、呻き声と弱々しい泣き声が入り交じる。
神に祈る声も聞こえた。
「ボーっとしてないで、こっち来て!」
怒れるテディベアに呼ばれて行ってみれば、肩から背中を切られた団員が横たわっていた。
「空から爪で引っ掻かれたんだ。陸の魔物に気をとられていたから」
何とかここまで連れてきた仲間の団員が、泣きそうな顔で説明する。
先程までは包帯で止血していたのだろうが、解かれた今は徐々に血溜まりができつつある。
意識は無いようだ。
「ねぇ、兄ちゃん大丈夫?大丈夫だよね? 死なないよね…?」
不安げに問い掛ける。
付き添いの彼はただの仲間でなく弟なのか。
「さぁ、どうする?」
表情の見えないテディベアが、感情を乗せない声で淡々と聞いた。




