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ナーウィス伯爵家

セリオンが、予想以上に早い時間に、しかも1人で屋敷に戻って来たので、使用人一同はものすごく驚いた。


理由を聞けば、

ヘタレ!

鈍感!

根性無し!

と罵りたくなる内容だったが、セリオンのあまりの萎れぶりに、誰も何も言えなかった。



左手を怪我して帰った時だって、もう治らないと分かった時だって、あんなに落ち込んでいなかった。

ティリーエについて簡素な説明を終えると、屈強でムキムキの背中を丸めて、セリオンは執務室に入ってしまった。



伯爵家に関する後処理にビアードが呼ばれたが、その日セリオンが執務室から出る事はなく、食事も摂らなかった。









「ティリーエを、ヴェッセル侯爵邸で預かるですって!?」


ある日、ティリーエが仕事で侯爵邸に行った際に倒れたと連絡があった。

療養として、しばらく侯爵邸に置くというのだ。

あの怠け者の枯れ木女は、きっと侯爵に取り入って助けてもらおうと思って倒れたフリをしたに違いない。


「ホンット汚い女!」


ジェシカが吐き捨てる。

もしかしたら、分不相応に侯爵の愛妾ポジションを狙った可能性だってある。

まぁ、あの容姿では到底無理なことだと思うが、元が娼婦の娘だ。ジェシカなんか想像もつかない手練手管で若き侯爵を誑し込むことができるのかもしれない。


ジェシカは苛立ちながら爪を噛んだ。



「ま、まぁ…  侯爵様からは、ティリーエが働けない間の費用としてかなりの補償額を頂けるみたいだから、そう怒らないでくれ」


まぁまぁと、両手を広げて宥めるこの男こそ、ジェシカとティリーエの父であるダムアだ。

若い頃は黒髪だったが、苦労を重ねたからかほぼ白髪の灰色頭になってしまっていて、父と言うより祖父の姿だ。



「元はと言えば、貴方があの平民の娼婦にまんまと引っ掛かったから…」


そしてまた妻ディローダの執拗な嫌味の応酬が始まる。

十年以上前の過ちを、毎日毎日責め立てられることに、ダムアは疲れ切っていた。





ある日を境に定期診察に来なくなった薬師の親子の理由は、何となく気付いていた。

優しく美しいリリラーラに心を奪われ、身体が結ばれた日から3ヶ月後のことだったから。


このことが、"お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの"理論を地で行くディローダに知られたら、母子ともに無事では済まない。

認知して一緒に住む方が危険だと思い、知らないフリをしてずっと過ごしていた。

自分も知らない遠い土地で、親子3人幸せに暮らしてくれればなどと、(無責任にも)そう思っていた。




しかし、前当主時代から続くお抱え薬師が急にいなくなったことを不審に思った伯爵家執事、セブルスが、彼らが去った理由と現在の住処を数年かけて調べ上げたのだ。


最近知ったのだが、セブルスはディローダの親戚にあたる血筋で、伯爵家でディローダが優遇されるよう取り計らう代わりにディローダの生家からも給金を貰っていた。

つまり重複雇用、ディローダの子飼のような存在だった。



セブルスが、リリラーラのことや、娘がいること、多分それが、ディローダ妊娠中の浮気にできた子供だとディローダに告げた時の怒り狂い様は、半端なものでは無かったと思う。

だがディローダはその時、その事実を知ったことをダムアに言わなかった。


ダムアが自身の浮気についてディローダが知っていたことに気付いたのは、それからずっと後の事。




屋敷で少し前から働いている枯れ木のような女性について、紹介された時だった。

屋敷で雇う使用人の人事権は、女主人であるディローダに一任している。

我が儘で傲慢なディローダにつく使用人は頻繁に変わるため、ダムアはいちいちその名前や顔を覚えていない。

紹介もされたことがなかった。

それなのに、新しい使用人を紹介したいと言われたから、少し不思議に思ったのだ。


ただ、妻の意向に逆らうことなど有り得ない。

2つ返事で広間に向かい、そこで出会った。


どんなに老婆のような姿であっても、肌と目の色は変わらない。

シャムス王国には無い白い肌と灰色の瞳を見て、一瞬で記憶が引き戻される。


「リリラーラ…?」



初め、小さな老婆は変わり果てたリリラーラなのではないかと思った。

しかし、そうではなかった。



「リリラーラ? あぁあの、貴方を拐かした娼婦の名前ね。

あの汚らわしい女は、報いを受けて事故(・・)で死んだわ。 

コレはその娘」



驚いて目を走らせれば、感情の抜け落ちた顔の老婆は、手足の小ささから確かに少女であることが分かる。

この少女がリリラーラと私の子なら、ジェシカと同じ年の筈だ。

だが、とてもそうとは思えない細さと姿だった。



「母の罪は子の罪。 この娘には、使用人として働いて貰うわ。

勿論、無給金でね。 良いでしょう?」


突然のことに頭がついていかない。

リリラーラは死んでいた。

いつだ? 

事故と言っていたが、どんな事故で…

遠い土地で幸せに暮らしているとばかり思っていたのに。

ディローダにはいつ露見したのだろう。

それにこの子はいつから伯爵家(うち)に居たんだ?

こんな姿になるほど、平民の暮らし向きが悪かったのだろうか。

それともまさか、ここに連れて来られてからこのような姿になったのか…



ディローダの性格を考えれば、最悪な想像ばかり選択される。

リリラーラはまさか… 。

そこまではしないと思いたいが、有り得すぎて足が震えた。

この子も、自分が関心を寄せれば殺されるかもしれない。



「‥‥好きにしろ」



驚くほど冷たい声が出て、ダムアは広間を後にした。

娘の顔は、怖くて見れなかった。

それからは、なるべく娘と顔を合わせないようにして過ごした。

辛い思いをしていそうなことは想像に硬くなかったが、生きていて欲しかった。

それ故の無関心なのだと、都合の良い言い訳を心に積み上げ、暮らし続けた。






ヴェッセル侯爵からの伝令で、倒れた娘の名前がティリーエだと知った。

ティリーエは侯爵邸で保護されたらしい。

心底ホッとした。



機嫌の悪いディローダとジェシカを宥めるくらい、何とかできる。

なにせ莫大な補償金を頂いたのだ。

ドレスでも宝石でも好きに買えば良いと言えば、途端に気分が変わったのか2人で買い物の計画を立て始めた。



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