ティリーエの不思議な力②
祖父はしばらく考えていたが、何か吹っ切れたように肩の力を抜いた。
「私とお前の母、リリラーラが、何と言う国から来たか、知っているかい?」
ゆっくりと、優しく問い掛ける。
「え? 知らないよ? 遠い国からとしか聞いてない」
祖父は頷き、こう言った。
「私達は、アマルという国から来たんだ」
「アマル… 全然聞いたことない」
「何百年も前、誰も覚えていないものすごく昔、アマルとこの国、シャムス王国はひとつの国だった。
住んでいた民族というか人種が違ったから、容姿は異なっていたが、互いに尊重して暮らしていた。
ある年の厄災で大きな地震が起こって地が割れ、嵐が続いて海になり、2つの大陸に別れた。
綺麗に半分、真っ2つに別れたのではなく、アマルは大陸から欠け落ちるようにして島国になった。
長い長い年月の間に島は流され、移動していき、今では船でなければ行き来できない遠い国になったんだ。
アマルは自然豊かで綺麗な国だよ。
でも私は、アマルの建国神話を聞いて、ずっとシャムス王国に来てみたいと思ってたんだ。
丁度、アマルで困っていた病気に効く薬草がシャムス王国にあることも分かっていたし、薬草調達のついでに来てみることにした。
その後はティリーエも知っての通り。
本当は数年過ごしたら帰ろうと思っていたのに、リリラーラに愛する人と子供ができたもので、帰るに帰れなくなったわけだ。
今は… 守るべき墓標もあるし、お前を勝手に父親から引き離すのもと思ったしな。
例の薬草は、定期的に船で送っているよ」
祖父はポットを沸かしてお茶を入れていたが、ティリーエにも注いで差し出した。
ふわりと香る懐かしい匂いは、母が好きだった薬草茶だ。
カップで指を温めてから持ち上げ、ゆっくり口に含む。
爽やかな苦みと新芽の甘みが広がった。
「この、シャムス王国があるヌール大陸の、ヌールとは、"光"という意味だ。
そして、シャムスは"太陽"。
アマルは何だと思う?」
「えぇ? 太陽と対になる存在… もしかして、月?」
「その通り。シャムスは太陽、アマルは月を意味する言葉だ。
それぞれの神官の力の源となるのはどちらも光だが、シャムス王国の者の洗礼には太陽の光、アマルの民の洗礼は月の光を利用する。
だから、シャムス王国の洗礼は、陽光神殿で昼間に行うし、アマルでは月光神殿で夜に行うのが習わしなんだ。
ティリーエは、きっと昼間に神官から洗礼を受けた時に、式文と祝福は受け取っていただろう。
元は同じ国だから、洗礼の言語や式文の内容は一緒なんだ。
違うのは、利用する光だけ。
太陽の光と水ではティリーエの力は引き出せないが、夜になり月明かりに照らされたことと、同時に水に触れたことで能力が顕現したのだと思うよ。
覚えはないかい?」
ティリーエは記憶を探った。
あの日…
洗礼の日は、火の魔力を顕現させた義姉のジェシカがいつも以上に褒めそやされて、逆にティリーエは否定されたり罵られて、辛い夜だった。
確かお母さんの飴も底を尽きかけ、絶望の縁にいた筈だ。
水分… といえば、涙か。
久々に悲しくて辛くてだいぶ泣いたものだ。
まさかそのせいで、セルフ月光洗礼ができていたとは。
「そもそもティリーエの容姿は、シャムス王国のものではない。だいぶ母、リリラーラ寄りだ。
黒髪や茶髪に黄土色や褐色の肌なのが、太陽の民たるシャムス王国人の特徴だ。
逆に、金に近く色素の薄い髪色や白磁の肌は、月の民たるアマル人の特徴だ。
どう見てもティリーエは、アマルの血が強い。だから洗礼も、アマル式の方が適合したのだと思うよ。
太陽神は男性で、月神は女性だ。
シャムス王国の神殿の壁画に描かれている女神はアマルの女神だから、どこかお前に似ていると言われるんじゃないかな」
「そういえば、子供の時に女神様っぽいって言われたことある」
その時は、女神だなんて褒めすぎ〜と思っていたが、それは美的な例えでなく人種的な類似性を言っていたのだと気付けば少し恥ずかしくなった。
もともと、薬師見習いが実際の治療にあたれるのは12歳からだと言われていた。
これは洗礼後を意味していたのだ。
アマルの力を、正しく使えるように。
アマルの力は、複製と増幅と操作。
例えば何もない空間から『化膿止めの薬』は生み出せない。
化膿止めのための正しい薬草を選んで煎じて調合し、完成したものを増やすことはできる。あるいは、希少な薬草を増やして多くの民を助けることができる。
もちろん『万能薬』も作れない。正しい見立てで病状を判断し、それに必要な薬を作れる必要がある。
つまり、根本的には、病状を正しく見極める力と、それに応じた薬を作れる力が必要なのだ。
加えて人体そのものに作用するならば、より詳細な医学知識が必要だ。
それを培うために、12年の歳月が必要とされたのだ。
ティリーエは現在15歳だが、伯爵家で無闇に消費された期間があり、知識と技術が圧倒的に足りなかった。




