ティリーエの不思議な力①
「うちから離れて、そんなことになっていたなんて…」
セリオンから、ティリーエが現在ヴェッセル侯爵家にいる理由について、ナーウィス伯爵家の事情とともに説明を受けた。
「そんな酷い扱いを…
手紙が返ってこないから、こちらの生活など忘れて楽しく暮らしているとばかり」
「おじいちゃん、私そんなに薄情そうだった?」
2人は顔を見合わせて笑った。
ティリーエは侯爵家で皆と朗らかに話し、よく笑うようにはなっていたが、誰が相手でも敬語を崩さなかった。
だから、そんな軽口を叩く所を見るのは新鮮だった。
それも1番の笑顔で。
ティリーエの今後について2人で話したいと言うので、セリオンは隣の部屋で待つことにした。
◇
「ティリーエ。これからのお前の話なら、侯爵様にも聞いて頂いた方が良いのではないか?
侯爵様は大変良い人のようだし。
何も別室に移動しなくても」
「おじいちゃんに、聞きたいことがあったの」
ティリーエは首を振ってから声を潜め、少し周囲を警戒して見渡した。
「見てて」
そして木の皮を剥がす作業に使っていたらしいナイフを見つけて握り、テーブルに突き立てた。
ザシッ
「何を…」
抜いたナイフで深々とついた傷を見て祖父は驚き、
「馬鹿な…」
瞬時に元通りに戻ったテーブルに更に驚いた。
シワシワの垂れた瞼を見開き、まん丸の瞳でティリーエを見つめる。
ティリーエは続けて、手に持っていたナイフをピャッと5つに増やして見せ、更にそれを操ってテーブルに同時に突き立て、その傷すらも跡形なく消し去った。
今テーブルの上にはひとつに戻ったナイフが転がっている。
「‥‥‥‥‥」
先程の侯爵様の話では、ティリーエは伯爵家で使用人以下の酷い扱いを受けていたとのことだったが、手品師のスキルも身に着けてきたのか。
「手品じゃないのよ」
あ、手品じゃないのか。
心まで読めるように…?
「私、12歳で洗礼を受けてから、不思議な力が使えるようになったの」
何に驚いて良いのか分からない祖父に、ティリーエは不思議な力が現れた時の状況や実験結果について説明した。
ティリーエの力でできるのは、物の複製や増幅、操作だ。
目の前に無いものを0から作り出すことはできない。
複製可能な量や数は日に日に増えていっている。
複製したものは、ティリーエのイメージ通りに配列したり操ったりすることができる。
それらは放っておいても消えることはないが、意図的に消すことはできる。
食べても健康的な変化や被害はなさそう。
操れる範囲は、最初は1フィート(30cm)程度だったが、だんだん1ヤード(90cm)へ広がり、今は1チェーン(20m)ちょっとになっている
できないこともある。
命そのものは複製できない。
小屋に遊びに来る可愛い小鳥を増やそうとしたら、ぬいぐるみ的なものができた。
ただ、生き物の怪我や部分的な欠損は、修復できるのだ。
転んで切った自分の膝で試して得た疑問だったが、その後、猫を治して確信した。
その猫は、ある日屋敷に迷い込み、門近くの生け垣の隅に横たわっていた。
庭仕事をしていたティリーエが偶然見つけたのだ。
どこかで事故に遭ったのか足の先が無く、出血からか息が荒い。
出血部分をハンカチで巻いて止血してみたが止まらない。
まだ身体は温かいが徐々に拍動が弱々しくなり、命の灯が消えそうになっていた。
お金がないティリーエは動物の医術師を呼ぶことはできないし、そもそも今からビアードに頼んで呼んで貰っては助からないかもしれない。
こうしている間にも、どんどん呼吸が細くなっていく。
このままでは死んでしまうと思ったティリーエは、一縷の望みを賭けて不思議な力を使うことにした。
胸に手を合わせ、念じる。
猫と人間では細かい血管や神経の走行は違うだろうが、反対の足を見て失われた足先を想像し、骨と血管や神経の再生を祈り、それらを皮下組織、皮膚で包み込むイメージをした。
目を閉じ、どうか元気になりますようにと願った。
結果を言えば、治った。
毛並みや模様まで完全に同じかどうかとかは分からないが、機能的に、足先は復活していた。
猫はぴょこんと起き上がり、まるで何事も無かったかのように元気に走り去った。
その時、やはりこの不思議な力は人の役に立てられるのではと思ったのだ。
その後、羽を怪我した小鳥も癒やすことができた。
止血程度なら、詳細なイメージが無くても簡単にできるようだ。
「でも私は洗礼で、神官様に魔力なしと言われたの。
手に花の模様も出なかった。
ではこの力は何なのかしら。
人に使って危なくないのかが心配なのよ。
確かに他の人の魔法とはだいぶ違うの。
他の人は、かざした手から、自由に火や土、水を出すことができるのだもの。
おじいちゃんなら何か知ってるんじゃないかと思って今日、侯爵様にお願いして、会いに来たのよ」
ティリーエが全てを話し終えて顔を上げると、なんとも難しい顔をした祖父が、腕組みをして唸っていた。




