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結婚式

ヴェッセル侯爵家の結婚式は、それはそれは盛大に行われた。


アシャムス王からシェーン王太子、ディアナ王太子妃にナジュム国王、イエルバ国の皇帝に加えて、歴史上初めての来訪となる遠いアマルの国の国王、魔術師団長4名と各省の官僚、更に北、南、東、西の街の街長官、もちろんセリオンの両親、ティリーエの祖父…  国家行事レベルの顔ぶれだ。


しかも今は会場の外に、王国中の人が集まったかと思う程の祝福者が大集合している。


「ヴェッセル侯爵家、万歳!」

「セリオン侯爵閣下、この度はおめでとうございます!」

「聖女様、お美しいです!!王国一の姫君です!」

「お二人の今後に女神様の祝福のあらんことを」

「頂いた御恩は一生忘れません」


わぁわぁともう、お祭り騒ぎだ。



「これは… 想像以上だな…」

「本当に」


侯爵家の2階から見下ろせば、一目2人の姿を目に納めようと集まった大勢の人々が視界を埋め尽くす。

貴賓だらけの結婚式は午前中に終わり、あまりの人の集まりに、急遽午後から披露宴を行うことになったのだ。

ティリーエは一応シャムス王国の聖女なので、セリオンとの結婚式は慶事として新聞に告知されていたらしい。

結婚式の招待客以外にこんなに人が集まるとは思っていなかった2人は、朝からの騒ぎに驚きを隠せないでいる。

ちなみに、リングボーイを勤めたルーチェはナジュム国王と言葉を交わした後、疲れたと言って早々に部屋に戻った。


「でも、こんなに皆様にお祝いされるなんて思っていませんでした。嬉しいですが恐れ多いような気持ちです…」

「そうだな。そもそも、数年前まで自分が結婚するなど思ってもいなかったのだ。こんなに盛大な式を挙げることになるなど想像していなかった」



「ティリーエ様〜!! 聖女様〜!!」

「セリオン侯爵閣下!!」


階下から、2人を呼ぶ声が響く。

1番遠くの人は豆粒のように小さく見える。


「皆様、今日はお集まり頂き、ありがとうございます。皆様のお祝いの声を嬉しく受け取らせて頂いています」

ティリーエとセリオンは、バルコニーから手を振ってみた。

途端、地鳴りに似た拍手に包まれた。




「団長! 庭園に入り切らない人が門外にも広がり、また押し合いとなっていて危ない感じです」

「このままだと怪我人が出そうです」


護衛兼警備担当のカロン、コピルが転声機で伝えてくれる。皆が少しでも近づこうと前の者を押してしまっているのだ。


「困ったな…せっかくの日を悲しい想い出にしてほしくはないのだが、如何せん遠い」


統制を取ろうにも、予想外のことで警備の配置も整えられず、広範囲のため指揮官から距離も遠いし、自分達がこの人混みを分けて進むのも難しそうだ。

まさか市民相手に武器も使えない。



「どうしたものか…」

「あっ! セリオン様、私に案があります」


ティリーエはそう言って、午前中の結婚式で使った残りのフラワーシャワーの花びらが入ったかごを持ってきた。


「よいしょっ」


そして、部屋に飾ってあった羽を久々に背負う。


「ティリーエどうし…」


セリオンが止めるより早くティリーエはバルコニーの欄干に足をかける。


「なっ!待っ!!」


ぽんと蹴りだし、空に飛び立つ花嫁を、セリオンは呆然と見つめるしかできなかった。






「さすがに見えないねぇ」


ティリーエとセリオンの結婚式があると聞いてお祝いに来たものの、人で埋め尽くされた道の端で途方に暮れていたのは、マーシャル男爵夫妻だ。


「ちょっとあの子の晴れ姿を見れたら良かったんだけど、これじゃぁ、難しいわね…」


夫妻は足が悪く、杖とお互いで支え合ってやっと立っている状態なのだ。

彼らはティリーエがレンタルメイドをしている時によく会っていた依頼主で、ティリーエのことをとても可愛がってくれた老夫婦だ。

いつも帰りには美味しい焼き菓子、特に庭木のオレンジを使ったケーキを持たせてくれた優しい人だった。

伯爵家でまともな扱いを受けていないと気付いていても、何も手立てをしてやれないと悔やみ、差し入れだけでもと渡してくれていたのだ。――それらはジェシカに没収されていたが。


新聞でティリーエの顔を見つけたのは、本当に偶然だった。

ナーウィス伯爵家が没落したことは知っていたから、そこで働いていた彼女がどうなったかずっと気がかりだったのに、今や聖女として国中から祝福される花嫁となっていることを知り、驚きながらも心底嬉しかった。


そういえば仕事は丁寧で人柄は優しく、常人ではあり得ない速度で仕上げていたことを思い出す。

それで、一言お祝いをとはるばる王都まで出てきたのだが人の多さにたじろいでいた。


「仕方ないですね。ここから幸せを祈りましょう」

「そうしよう」


夫妻が手を組み、ティリーエ達のいる方向へ頭を下げた時、頭上から花びらが降ってきた。


「まぁ…?」


雪のようにふわふわと舞う花びらに顔を上げてみれば。



「聖女様だ!」

「聖女様!」

「ティリーエ様!」


周囲もざわめき揺れ始める。

頭上には、白い翼を羽ばたかせるティリーエがいた。


幾重にも重ねた白いレースが花びらのように揺れ、裾に刺繍されたビーズが太陽を反射してきらきら光る。

蜂蜜色の柔らかな髪がふわりと広がり、白い手が幸せをふりまくように動けば光の粒が周囲に注いだ。


ティリーエが舞い落とした光る花びらは触れると雪のように溶けて消えてしまう。


「奇跡だ…」

「聖女様の祝福だ!」


ティリーエはくるくると飛び回っては光を放ち、花びらを振りまく。

皆はティリーエの姿を間近に見ることができて喜び、祝福を受けて歓声を上げた。

前に進まなくても良くなり、波のようだった人混みは穏やかに落ち着き、満足して帰路に着く様子が見てとれた。



手を振りながら上空からその様子を確認し、ほっとしたティリーエは、木の陰からこちらを見ている老夫婦に気がついた。

夫人はハンカチで目を押さえ、泣いているようだった。

何となく心配になり、少しの間眺めていると、それに気づいた男性が、夫人の肩を叩く。

夫人が顔を上げ、ティリーエと目が合った。


(あっ  あの方は…!)


ティリーエも覚えていた。

伯爵家での辛い時期に優しくしてくれた夫妻だったことを。

メイドでしかない自分を心配し、気遣ってくれた方だ。

地に降り立って抱きついて御礼を言いたいと思うけど、まだまだたくさんの人がひしめく中に立てば、大騒ぎになる可能性があった。最悪、足の悪い二人に押し寄せて怪我をさせてしまうかもしれない。



ティリーエは頭に着けていた花冠にキスをすると、夫人の元にふわりと飛ばした。

夫人は驚いた様子だったが、花冠が乗った頭にそっと手を添え、唇を『ありがとう。おめでとう』と動かした。

そして2人で手を取り、そっとその場から離れて行った。



(私はなんて、幸せ者なのかしら…

あの辛い日々が今日のためにあるのなら、私は生きていて本当に良かったと思う。

お母さんが見ていてくれてたら、きっと喜んでくれたわ)



ティリーエも、浮かぶ涙を流れるに任せて更に高く上がり、まだ回っていない場所の人々に祝福を振りまいた。





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