初めてのお出掛け
翌日、恥ずかしがって遠慮するティリーエを、ベラ、ネネ、アナベルのメイド3人衆は腕によりをかけて磨き上げた。
きめ細かいもこもこ泡で身体を洗い上げ、香油でマッサージし、爪を磨く。
乾かした髪にローズオイルで艶を出し、ピンクオレンジの花飾りでポニーテールを結い上げた。
白いうなじに柔らかな後れ毛が少し大人っぽさを出している。
ピンクのワンピースは裾にコットンレースがあしらわれ、上品でありながら街歩きに浮き過ぎないものを選んであった。
15歳の瑞々しさが光る、可愛いらしいコーディネートが完成した。
居候の身で手厚く飾って頂くなんて恐縮だと、トリミング中の犬のように身体を小さくしていたティリーエは、鏡を見てビックリした。
「わぁ〜… 私じゃないみたい…」
頬や首や髪をペタペタとさわり、その場で回ったり背中のリボンを見ようとぐるぐるしている。
伯爵家で借りていたメイド服よりも遥かに着心地が良く、可愛らしい。
「よくお似合いです!」
「超可愛い〜!! さすが私達の最高傑作!」
「こりゃーうちの坊やはイチコロですね」
メイド衆は好き勝手にコメントし、悦に入っている。
侯爵家のメイドは、案外と言葉遣いがラフだ。
侯爵様に対してもそうなのが驚きだ。
ノンナは少し苦い顔をしているが、笑顔ではある。
「お姫様みたいにして頂いて… すみません」
真っ赤な顔でそう言えば、メイド衆も皆も満足げに微笑んだ。
「む? そろそろ時間だが、支度はでき…た… 」
扉から出てきた気配に気づいたセリオンが声をかける。
が、最後まで言い終わらないうちに口を噤んだ。
端正な顔と口をだらしなく緩ませたセリオンの表情を見て、不安になったティリーエが慌てる。
「やっぱりおかしいですか!?
アナベル達がとっても頑張ってくれたのですが、いかんせん素材が野生ですので…!」
セリオンの期待に沿えなかったらしいと顔を青くして釈明する。
「すみません…」
しょげしょげとしているティリーエに、ノンナがセリオンの背をドンと押し、ヴゥん!!と咳払いをした。
「ああ、いや逆だ。見惚れてしまって言葉を失っただけだ。
いつもの下ろした髪も素敵だが、そうやって上げているのも可愛らしいな。
波打つ金の髪が、雨上がりのカタツムリが這った跡のようにきらめいて見えるよ。
さぁ、出掛けよう!」
「‥‥?」
ティリーエは少し首を傾げたが、とりあえず嫌がられてはいないようだと判断し、差し出された手をとる。
目を覆って膝から崩れた屋敷の皆に見送られ、2人は出発した。
◇
祖父のいる街は、このヴェッセル侯爵家領の隣だった。
馬車で2時間ほど揺られることになる。
会話が続かなくて気まずい思いをするかと思いきや、意外にも沈黙が苦痛でなく、車窓を楽しみながら移動ができた。
(セリオンは何か話そうとしたのだが気の利いた話題は無く、つまり話は弾まなかった)
見慣れた景色が近づいてくると、胸がドキドキしてきた。
おじいちゃん… おじいちゃん…
4年近く会っていないし、手紙も出させて貰えなかった。
元気にしているだろうか。
きっと心配している。
「あっ あの門を左に曲がって下さい!」
「まっすぐ行って赤い屋根の花屋さんを通り過ぎてすぐ右の、藁ぶきの家です」
どんどん近づいてくる懐かしい家。
目を凝らすと、裏の畑にしゃがみこんで土いじりをしている祖父の姿を見つけた。
「おじいちゃぁぁぁん!!」
馬車が止まると同時に走り出し、土と陽の匂いのするエプロンに飛び込んだ。




