お出かけへの誘い
ティリーエは元気になると、屋敷でばりばり働き出した。
ビアードやノンナ、他の使用人にも、ティリーエはメイドではなく伯爵家の令嬢であると伝えているし、働く必要は無いと言っているのだが、じっとしているのは性分に合わないと、今日もせっせと庭仕事に勤しんでいる。
ティリーエはやや健康になったとはいえ、標準女性よりまだまだ細い。
それなのに、どこにそんな力があるのか誰より動いて作業をこなし、早くて綺麗だ。
先日、使用人達の制服のほつれや破れなどが一夜にして繕われていたと聞いた時は度肝を抜かれたものだ。
どうやったのか分からないが、屋根まで補修されていた。
さすがは元、神メイド。
くるくるよく動いて笑うティリーエは、若い使用人達にも歓迎され、ビアードやノンナなど中高年齢者には可愛がられていて、我が屋敷の向日葵のような存在になっている。
寡黙な枯れ木だった頃が嘘のようだ。
お菓子をあげれば頬を押さえて喜ぶ姿が破壊的可愛さだと、皆こぞって餌付けをしていると聞いた。
いいな。
私もあげてみたい。
今日明日セリオンは遠征後の振替休暇をとっており、非番のためゆっくりしている。
特にすることも無いので、使用人に混じって干したてのシーツを取り込んでいるティリーエを、2階のテラスから眺めていた。
シーツに鼻をうずめて隣のメイドと何やらくすくす笑っている。
何の話をしているのか… 無意識に身を乗り出していたセリオンは、ビアードからコホンと咳払いされて首を竦める。
「坊ちゃま… どうなさるのですか」
「どう? とは??」
「ティリーエ様のことです」
「あぁ… いつまでもこのままではいけないと思っている」
セリオンが神妙な顔でそう言うと、ビアードはそうでしょうとも、と深く頷いた後、
「坊ちゃまがそのつもりなら、明日のお休みに2人でお出掛けをされてみてはいかがでしょうか」
と言った。
「それは良い考えだ。早速話してみよう!
いつまでも無給金で働かせるのはいかがなものかと思ってたんだ。
これでは腐れ伯爵家と変わらないことになってしまう。
給金代わりに出先で何かを買って贈るぐらいなら、彼女も受け取ってくれるだろう!そうしよう!」
「えっ? そっちでございますか!?」
セリオンは善は急げとばかりに階段を駆け降り、ティリーエの傍に走り寄る。
若主人の鈍感ぶりに、ビアードはため息をついたのだった。
「ティリーエ嬢!」
「はい坊ちゃま!」
「ぼっ!? 坊ちゃまは止めないか」
セリオンが慌てて手を降る。
「そうなのですか? 皆様が坊ちゃまとお呼びしているので、私も使用人としてそれに倣った方が宜しいかと…
ではやはり、侯爵様と」
「いやいやいや、そもそも私は、その坊ちゃま呼びも止めてくれるよう皆に頼んでいるのだが…。
というか、君は使用人ではない。
私のことは、セリオンと呼んで欲しい」
「はわわわわ…
すみません、私なんかが使用人の皆様の仲間になれたなどと思い上がりまして…
かしこまりました。セリオン様。
また、私のことはティリーエとお呼び下さいませ。
ところで、いかがなさいましたか?」
「ん?えと、あ、 ティリーエ、明日どこかへ出掛けないか?」
「???」
突然のお誘いに、ティリーエは目が点になった。
脈絡!!
雰囲気!!
下手くそか!
周囲の使用人の冷たい視線がセリオンに突き刺さる。
「いや、ティリーエは本来働かなくても構わないのだが、毎日献身的に勤めてくれている。
その働きに、せめて給金など対価を渡したいのに君は頑なに受け取ってくれないと聞く。
だから明日、出掛けた先で欲しい物や必要なものを買って、贈らせてほしいのだ」
使用人のジト目に気づかないセリオンが用件を早口で伝えた。
「まぁ! お気遣いを頂いてありがとうございます。
ですが、私はこちらに無償で置いて頂いて治療を受けた上、3食ご馳走をきっちり頂き、湯殿までお借りしています。
一宿一飯を遥かに超えたご恩がありますので、全く気になさらないで下さい」
ぺこりと頭を下げ、立ち去ろうとする。
肩から流れ落ちた髪を耳にかける仕草も華憐だ…
ではなく!
「待ってくれ! どうしてもお礼がしたいんだ。
というか、久々の休日にどこかへ出掛けたいんだ!
天気も良いようだし、一緒に行ってくれないか!?
場所は、君が行きたい場所ならどこでも良い」
必死に言葉をかける。
内容は日曜日の小学生だ。
ティリーエは不思議そうにその様子を見ていたが、少し考えて頷いた。
「お礼など、本当にお構いなく…
だたあの、そこまで仰って頂けるのでしたら、誠に厚かましいお願いで恐縮なのですが…
祖父に、1度、会いに行きたいのです」
おずおずと上目遣いにセリオンを見上げる。
その濡れたチワワeyeに胸を撃ち抜かれたセリオンは、勿論2つ返事で了承したのだった。




