行方不明
「やっぱり連絡取れない?」
「はい、音信不通です」
キャプテンは長期休暇中、惑星のホテル住まいで悠々自適に過ごしていた、お酒を中心に美食に舌鼓を打っていたことまではシェフィ(球)が把握していたのだけど、ある日キャプテンは姿を消したそうだ。
それまでは近くの星やコロニーに直接足を運んでいた事はあったものの、シェフィや私の持つ端末の通信可能域を離れることは無かった、返事も遅くなったりした時は「飲んでた」「寝てた」といった場合で、長くとも2日以上連絡が取れなくなる事は無かったのだけど、既に1週間以上キャプテンとは直接の連絡が取れなくなっていた。
本来ならシェフィ(球)と連絡が取れる筈がそれも音信不通、貴族の伝手でどうやら主星方面へ光速ドライブしたとの情報は得られていた。
「恐らく、私のメンテナンス時間に光速ドライブを使用したと予測されます」
シェフィの通信機能はイチ星系距離位で限界だ、メンテナンス、つまり休止中に星系を離れられるといくら同一個体のシェフィでも座標さえ追えなくなってしまう。
「幸いキャプテンさんの撃沈履歴は有りませんので、意図的に離れた、死亡はしていない、かと」
「うん・・・」
「ノワ様大丈夫です、あのキャプテンの事ですから主星のオークションでクラシックワインの出品があったから、と言いかねません」
「それは・・・、有りそうだね」
「そうよノワ、ドレイクも子供じゃないんだから、丁度主星方面へ向かったなら行く方向は同じなんだから見つかるわ」
ニーナの事実に基づいた報告、付き合いの長いシェフィとママの言葉に、私も確かにその通りだなと思い、心配しながらもアークで私達も数日遅れて主星へと向かったのだった。
因みに貴族の移動にワームホールドライブは貴族割りが適用されるので、これまで支払ってきた金額より遥かに安い金額で星系間を移動できる。
あれ、そう言えばキャプテンお金大丈夫?
***
「いやあ、まさか孫の操作する航宙艦に乗る日が来るとはなあ」
「ふふふ、人生何があるか分かりませんね」
ニコニコと上機嫌にアークに乗るおじい様達、ママも再びアークに乗る日が来るとは思っていなかったのか、なんとも感慨深い様子でいた。
「ママ?」
「ん、ああ、昔を思い出していたの、話していなかったけど、お酒に薬を盛られて気が付いたら朝だったから」
「え」
ドン引きだよ完全に犯罪者の手口のそれじゃん、糞便が如き御方の第三皇子、おじい様があそこまで怒り続けていたのも納得だよ。
「大丈夫、とも言いきれないけど、私はノワールを授かった事だけは後悔していない、あるとすればこんなに可愛い子供の成長が見届けられなかった事ね」
「あ・・・、うん、へへ、じいじからは育てのママから可能な限り吸い出せたメモリ有るって、アークに保存してあるから」
「あら、それは見ないといけないわ、一緒にね」
「うん!」
私は知らなかった、育てのママのメモリが私にとって恥ずか死に及ぶ内容であることを、赤ちゃんの時の裸はまだ良いよ、沐浴とか、食事をベチャベチャにしちゃっている所とか、問題は全てがムービーだった事だ。
いや、ママのメモリから吸い出したんだから静止画な筈無いんだけどさ、3歳の物心着く前辺りに「ママ大好きー!」とよちよち歩きで抱きつくシーンとかガッチリ残ってて恥ずかしいったら!
そんな恥ずかしいムービーに限っておばあ様達やママのウケが良くて、私は死ぬほど恥ずかしくなって途中からは退場させてもらった。
「ニーナ~!」
「どうしましたノワ、メモリは良いんですか?」
「恥ずかしくて逃げて来た・・・」
「ああ・・・、私も未だに母に小さい頃は、とか言われます、一生モノなんですよね」
「うー、慰めて」
「はいはい、どうぞ」
逃げ出した先の自室ではニーナがソファーで読書をしていた、私は甘えたくてふにゃあと膝の上に縋るとニーナはテーブルに本を置いて優しく頭を撫でてくれた。
くすくすと笑うニーナの了承を得た私はそのままニーナの胸に飛び込んで癒された、あーやわらかいんじゃあ~。
「お母様は良いんですか?」
「ママも敵デシタ、今はニーナぁ」
「ふふ、甘えたさんですねー、ノワは」
甘えただもーん、ママはおっぱい飲ませたかったわー、って言うし、産んで1度授乳させてからすぐに旅立ったからもっと甘やかしたかったらしいけど、今は流石にママのおっぱい飲まないもんね、私にはニーナが居るし!
「ニーナはお休み中どうしてたの?」
「私ですか? 思う所があって家族と沢山話しましたよ、軍を辞めるかもしれないと」
「えっ、なんで!?」
それは初耳だ、家族とは私の事を見ていてしっかり時間を取ろうと思いますって言ってたから分かるけど、軍はなんで辞めるの。
「折角その若さで副官なのに・・・」
「同じことを両親にも言われました、でも」
「でも?」
「軍に居続けるとアークに乗り続けるのは難しいかと思いまして、私これでも今の環境とても気に入ってるんですよ?」
「あ・・・」
そう言えばそうだ、ニーナがアークに乗った経緯って皇族の非公認での護衛だった、現在皇帝陛下であるじいじとアニマトロン男爵家と話が着いたので平民、傭兵としての立場を確立した私を護衛する名目が軍には無くなっちゃうんだ。
「収入もアークの方が良いし、なんて、色々と自分に出来る理由付けを纏めていたのですが」
「ん? が?」
「はい、こんな『命令書』が軍上層部から届きました」
シェフィが見せてくれたのは軍から渡される個別の情報端末だ、これを使って報告書等、軍とのやり取りをしているミリタリースペックの優れものである。
その画面には長々と婉曲な表現の命令が書かれていて、最終命令者は帝国近衛航宙艦総帥アトランディア皇帝と印璽が押されていた。
命令の内容は本当に遠回りの内容で、雑に言えば「ニーナの現場判断に任せる」旨が書かれている。
「これって、つまり」
「はい、それで私はとある提案を上奏しました、それがこちら」
『私、ニーナは当該護衛対象者ノワール・L・Aの継続護衛を提言致します、以下————』
ノワール・L・AのLはエル、Aはアトランディア皇室、つまり私の護衛継続をニーナが提案した書類だ、此方も命令書同様婉曲な表現で数ページに渡り記載されていて、まあ簡単に言えば皇室と男爵家に於いて私の立場は庶民の傭兵で皇族でも貴族でも有りませんよ、と確定したものの、その血筋を完全に放置することは見過ごせない為、アーククルーと友好的な関係を築いた私ニーナが護衛継続しては如何だろうか?
という内容である、そして最終的に『承認』と電子印璽がじいじの手によって押され、命令書が確定していた。
「ニーナ、じゃあ!」
「はい、キャプテンノワがお許し下さるのであれば、アークに搭乗していたいと思いますが、如何でしょうか?」
「勿論こちらこそ宜しくだよ!」
「ふふ、ではこれからも宜しくお願い致します、ノワ」
「うん!」
「もし軍属が引っかかるのであれば、そこも解消して皇帝陛下直属の雇用はどうか、ともお話を戴いております」
「えっ、じいじが?」
「はい、突然私物の端末に『儂だ儂、皇帝ー』と来た時は新手の詐欺かと思いましたよ、本物と分かると今度は心臓が止まるかと思いました・・・」
「あははっ」
これはじいじに手土産を持って行かないとダメだよね、元々皇后様や皇族の方とは初対面になるからおじい様達と相談しながら見繕ったんだけど、それとは別にニーナの件の御礼品も準備していかないと礼を失するよね。




