15年後の母
「あんまりキョロキョロすんじゃないよ、田舎モンみたいだろ」
「だって、全部珍しいんだもん」
「素朴に疑問なのですが、コロニーと惑星ですと惑星の方が田舎なのでは?」
「確かにコロニーの方が技術的には進んでいますから、田舎か都会かで言えば」
「ええい、見た感じキョロキョロしてたら田舎モンっぽいだろうがっ」
「はあい」
そうは言っても目に入るもの全てが真新しい、コンテナが床を滑って運ばれて行くのも、人が共通の地面を歩いているのも、窓の外が真空じゃないのも、空も海も森も、何でも珍しい。
「もが」
あちらこちらを見て歩いていたら誰か女性にぶつかった、むにゅむにゅと私の両頬を包むこれはアレだね、とてもご立派な代物をお持ちで視界がゼロだ。
「だから、キョロキョロすんなって言ったろ、クックック」
「キャプテン、これは聞いておりませんが」
「もしかして軌道上で既にご連絡を?」
「そりゃーそうだろうよ、いつぶりの再会だと思ってんだい、アポは取るさね、くくく」
ん? どういうこと? ていうかご立派なお胸のお姉さん、お離しになっていただけますか?
私としては最高なんですけど、初対面でそんなもふもふと後頭部まで抱きかかえられると息が・・・
「ノワール・・・」
「!」
聞いたことのある初めての声が聴こえた、間違いない『初めまして』の相手であり、私にとっては15年共に過ごした家族でもある、あちらにとっては15年振り2度目の相手。
「マ、マ?」
・・・、待って、うまく声にならない、これはきっと感極まって喜んでくれてると思って良いんだよね、ママ。
「ああっ、ノワール、私の娘、やっと会えた!」
「ママ、ママッ!」
「ありがとうドレイク、あなたのお陰よ」
「くくく、なんの事やら知らないねえ」
「キャプテン、軌道上で既に連絡を?」
「15年振りだよ、ダチに会うのに普通アポは取るだろう? 今暇か、ってな」
「キャプテンさん・・・」
「ゔぁー、ま゛ま゛ぁー!!!」
やめてよキャプテン、心の準備全然出来てないじゃん、せめて宙港で会えるとか教えてよぉ!
「カッカッカッ、どうせ会わないと分からないんだ、ウジウジしてても仕方ないだろう?」
「ギャプデン゛のばがあ゛」
私はただママが私を受け入れてくれただけで満足だった、私にとっては先日まで一緒だった相手でも、ママにとっては産んで以来どんな生活をして何が好きか、何もかも未知に近い相手が帰って来るからと言われて簡単に受け入れられるとは思えなかったから。
でもママはこうして私を抱きしめてくれた、もう泣くしか出来ない程に私は言葉を失っていた。
「ママが死んで、ひっく、胸に穴空けられて、アンドロイドでっ、うう、突然居なくなって」
「うん、うん、頑張ったねノワール」
「う゛ん゛、がんばったあ」
うまくまとまらない言葉、結局私が落ち着くまで相当の時間がかかってしまって、その間ママは優しく私の頭を撫でて宥め続けた。
「あっはっはっは、今をときめく最年少銀獅子級傭兵も一皮剥けばただのガキンチョだねえ」
「むうー、キャプテン!」
「なんだぁ? 事実じゃないかキャプテンノワ?」
「ほら、止めなさいドレイク、大人気ない」
キャプテンは私が泣き喚いた事を存分に弄り倒して来た、このっ、このっ、ペシペシと私の攻撃は全て叩き落とされる、このアホキャプテン!
「それにしても15歳で功一等銀皇大勲章なんて、凄いわノワール」
「あ、えへへ、うん、その、ノワって呼んで欲しいな、・・・ママ」
「ノワは凄いのね」
「・・・うん」
私達は宙港のカフェでお話をしていた、私が泣いて一通り落ち着くまでまともに動けなかったせいだ。
私とママとキャプテンのテーブル、シェフィとニーナのテーブルの2つに別れている、気を遣わせたカタチになってしまって恥ずかしいやら申し訳ないやら、なんとも言えない気恥しさを抱えたものの、2人の気持ちに感謝してママと話をしていた。
「それにしてもお互い歳をとっ」
「ん???」
「った気配が全く無いね、マリー、全然変わらないよ」
「ふふふふ、ドレイク、あなたもね?」
「確かに私の知るママが人造機械だったのに、見た目に違和感を感じないのって・・・」
「ふふふふ、なあにノワ?」
「あにゃ!? なん、なんでもないです・・・」
年齢に関しては育てのママと同じだ、歳と見掛けについて言及するとニコーっと決まった笑顔で背筋がゾワゾワするんだ、私は育てのママと生みのママの同じところや違うところを見つけて嬉しくなってきた。
同じ人であって、違う人でもある、そんな不思議な感じが私の中のママ像をそれぞれ溶かしていく。
***
私とシェフィさんは少し離れたテーブルでノワの様子を窺っていた、キャプテンさんの計らい(企み?)によってノワとお母様のマリアスティーネ様の再会が叶い本当に良かったと思う。
「アレがノワの素の表情ですよね、やっぱり」
「はい、いいえ、ニーナ様とお過ごし頂いている時も肩のお力は抜けておりますよ」
「そ、そうなら、良いのですが」
ノワは責任ある艦長として普段は背伸びをした印象がある、15歳と言う年齢にはそぐわない横顔に私は常々心配をしていた、それはやはり何の準備もなく家族と離れ離れになってしまった事が原因だろう。
私の様に軍学校からひとり立ちと順序立てて用意が出来ていれば、家族といつでも会えると考えていれば、ノワのようにどこか張り詰めた印象には絶対にならない。
それが今回はお母様に再会出来たノワを見たことで確信に変わった、功一等銀皇大勲章を拝受し、瞬く間に銀獅子級となった最年少傭兵も、成人したての子供だということが・・・
私が15の頃なんて何をしていただろうか、全寮制の軍学校に入って気ままに遊び、偶に母に通信をしたりと何不自由なく暮らしていた筈だ、その時はお金の心配も命の心配もなく、家族はそこに在って、失われることなど欠片も疑わずに居ただろう。
向かいに座る家政人造機械シェフィさんが何かとノワの事に世話を焼いていたのを、私はいくら何でも構いすぎではないかと考えた時もあったが、それはノワの本質を見逃していただけに過ぎなかったのだ。
甘えさせる環境と関係作りをシェフィさんは自ら率先していたのだ、私は自然とノワと恋人らしい関係になったけど、それはシェフィさんが作った流れの上に乗せてもらっただけに過ぎない。
「ニーナ様はニーナ様で良いんですよ」
私がノワを見て何を考えていたのか、聡いシェフィさんは察したかのように私に言った、これは頭が上がらない。
悪友のようなキャプテンさん、純粋に世話を焼いて甘やかすシェフィさん、同僚として姉のような恋人として近い私。
「ねえママ、ニーナはね私の恋人なんだけど、なんでも出来るんだよ」
「あら、ふふふ、素敵な子を恋人にしたのねノワは」
ぎゃー!ノワ、そういう話はもっと落ち着いてからしてくれた方が!
私は少し離れたテーブルから聴こえてきた会話に驚き顔を上げた、ノワは私を指差して笑顔で、お母様のマリアスティーネ様もニコニコと私を見て優雅に会釈をした、私もどうにかぎこちない会釈を返したのだけど変に見られなかっただろうか。




