皇帝陛下4
(曾)孫に会いに行ってくる、そう一言だけ残して主星を飛び出して来た豪快な皇帝にも頭が上がらない存在が居る。
「貴方、また1人だけ・・・」
目を細めてジロリと睨む姿は皇帝のそれと比べても遜色のない威厳と迫力、そしてそんな台詞を皇帝に発する事の出来る存在、皇后その人である。
「何か言ったらどうなの?」
ここで「何か」と言うのが平時の皇帝だったが、流石に空気の読める彼は言葉にすることは無かった、彼女の怒りの炎に油を注ぐ結果になるのは身に染みて理解しているからだ。
「私が、私がどれだけノワールに会いたかったか貴方知っていたでしょうに」
そうだ、皇帝は知っていた、彼女が小鳥を鳥籠に入れてしまいかねないほどアレコレと準備を進めていた事を。
どこから手に入れてきたのかノワールのホログラフィックで着せ替えをしてはいそいそとカタログを製作、本人と選ぶのだと積み重ねた数は優に数千を超える数となった事を。
そう、彼女はノワール皇族推進派筆頭であった。
「ノワは自由の小鳥だ、あの娘は航宙艦に乗っているからこそ輝いているのだ」
「誘ったら皇家に入ってくれたかも知れないじゃない、貴方じいじなんて呼ばせて鼻の下デロンデロンに伸ばしていたそうね」
「・・・」
「どうせいいカッコ見せて懐かせようとしたんでしょ、だから勅剣も持たせて、楽しく会食までして」
「・・・」
全て筒抜けだ、皇帝は脇に居たギルスとショーンを恨めしそうに睨んだ。
「・・・妻と娘と孫がお世話になっておりますので」
「私も」
裏切り者め!と叫びたい皇帝、皇后は男ばかりの皇族に飽き飽きしており、特に友人の娘孫世代の世話を焼いていたので社交界では強力な影響力を保有していた。
だからこそのノワール皇族推進派筆頭なのだが、皇帝は反対派(ウチに来たら良いなあとは思っている)なので、早々に手を打ってノワにサインをさせたのだった、15年も庶民で暮らした子が今更皇族に入るのは苦労が多いだろうと考えている、実際ノワール本人もさっさと一般人の道を選んだので間違ってはいないと確信していた。
「済んでしまった事は仕方がないわ、でもこの後ノワールは会いに来てくれるんでしょうね」
「それは勿論、アニマトロン男爵家の所に顔を出してから主星に寄ると約束してくれた」
「ならいいわ、貴方帰って来たら見てなさい」
「・・・」
皇后、怒りの主星、帰りたくない皇帝であったが、執務もあるので早々に帰らねばならない、旗艦グランゼウスでもある程度執務をカバー出来るが全ては難しいのである。
「ショーン、ギルス、土産の選定を」
「は、ノワール様から幾つか預かっている品々が御座います」
「おお、如才無いのう」
御機嫌伺いのお土産も皇帝選択の物より、曾孫で女の子のお土産の方が遥かに価値が高い、首が繋がった皇帝はホッとひと心地を着いたのだった。
「さあて、お巫山戯もこれくらいにしておいて、愚か者共はどうか?」
「はっ、全て捕らえて尋問しております」
「まさかノワール様を旗頭に皇位簒奪とは大それた夢を見たものです」
先程とは違った酷薄な表情で皇帝とショーン、ギルスは話し始めた、此度のノワールの穏やかな生活を壊した者はとある貴族家だった、彼等は宇宙海賊を幾つも経由してサジタリウスコロニー襲撃を企てたのだ。
報告書はショーンから皇帝へ、皇帝は内容を確認すると、とあるリストの分類に加えた、それらは決して表に出る事は無い、痕跡さえも残されない事案と決定付けられた。
被害はサジタリウスコロニー港湾の一部損壊と人造機械一体のみ、本来なら大金ながらも罰金で済むはずの罪状はそれで済まされなかった。
「あの子の家族を奪うとはな、人造機械と侮ったな」
「どうやら傭兵崩れを雇ったようで、母親はハッキングを限界まで堪えた為メモリは焼き切れており、復元不可能でした」
「その後は?」
「は、ノワール様名義でサジタリウスコロニーの墓地を手配しました、喪主不在となりましたが式は滞りなく、御友人とアルバイト先の同僚上司が何名か参列されたようです」
「うむ」
人造機械葬は未だメジャーなものでは無いが、近年家族として弔う文化は広がり始めていた。
物ではなく家族として、それは法的な措置もコロニー単位では一部条例として制定される所も存在している。
しかし、あくまでも近年の話なので何処も基本的に人造機械は「物」として処理されることが多い、今回は皇帝の手が間に合ったので「人」として弔われた事でノワの心を相当救ってくれた。
「首魁は許すな、小物は適当に生かして周囲へ知らしめてやれ」
「は」
「傭兵崩れも押さえておきたかったですね」
「いいや、仇討ちは必要だった、何処ぞと知らず処理されるよりノワの手で討てたのは良い事よ」
皇帝も若い頃は単分子刀剣を腰に引っ提げ暴れ回ったものだ、戦友の仇討ちに賊を自らが斬り捨てたのも何度か経験している。
「ふっふ、しかし対艦ブレードで真っ二つとはな、不謹慎だが愉快痛快とはこの事よ」
「は、ノワール様は小鳥かと思いきや、猛禽の類かと」
「若い頃の陛下にそっくりでございますね」
「そうか、それは勿体ないことをしたか?」
「いいえ、いいえ、ノワール様の選択は自由の身でした、皇族として過ごすには主星は小さ過ぎます」
「で、あるな、ふあはははは!」
そう考えると勅剣を渡したのも余計なお世話だったか、一考した皇帝だが、現在皇族内で唯一の娘子と考えると可愛がりたい気持ちも強かったので己の中で納得した。
「それと本件についてはノワール様には」
「黒幕の確保、それと依頼の過程において複数の賊を経由しておる故、当面の間身辺に気を付けよ、と」
「は」
「とは言え、ノワール様方は傭兵、腕利きともなれば賊共の間では名は知られているでしょう、キャプテン・ドレイクはベテランなので抜かりはないかと思われますが」
「うむ、余計なお世話と老婆心は年寄りの常だ、念の為、な」
「「は!」」




