皇帝陛下2
「・・・」
「はははは、見よギルス、ショーン、驚いておるぞ」
私達は完全に声を失っていた、何故なら目の前には皇帝陛下本人がいたからだ。
当たり前ですよ、とギルスさんとショーンさんは呆れていた、今上陛下が今アークの食堂に居座っている、意味が分からない、アークの搭乗員で私以外は全員跪いている、流石のキャプテンも陰でジジイと言っていても本人を前に弁える常識は持っていた。
「ふむノワールだな、おお、おお、愛いのう」
「!?」
皇帝陛下は威厳ある相貌を崩して笑うと私の脇の下に手を差し込み、ドッカと椅子に座って私を膝の上に乗せた。
「どうだ、困った事は無いか? あれば遠慮無く言うが良い、じいじが全て片付けてしまおうぞ」
「じいじ?」
「うむ、なんぞや」
いえ、今のは問い掛けた訳じゃなくて復唱しただけです、何故皇帝の膝の上に乗っているんでしょうかね、私は助けを求めるようにショーンさん達に視線を送った。
「おお・・・、陛下・・・」
えーっ!? なんか感極まってるんですけど、助けてよ!
***
学友で幼馴染の皇帝とショーンさん達は私の立場に大いに同情していたらしく、育ての母を失い、その母は実母では無い衝撃の事実を知り、命からがら苦労の末に漸く家族(皇帝)との再会に漕ぎ着けた悲嘆の少女、それが私ノワールと言うドラマが出来上がっていたようだ。
ドラマと言うか実話では有るんだけど、曾お祖父さんである皇帝陛下や側近が泣く程山あり谷ありでは無い、いや勿論ママが人造機械だったっていうのは衝撃だったけど、そこはそれ、育てのママはママとして私の中で消化出来ているし、命からがらと言われて考えてみると、・・・命からがらではあったね、傭兵になって賊艦を狩り、大規模作戦に参加したり暗黒生命体討伐戦線に参加したり、一般的には命からがらだわコレ。
帝国軍に素直に名乗り出た方が早かったかなとも思わなくもないけど、結局敵味方の判別が付かないからね、保護して貰ってホッとした瞬間グサリと来たらどうしようもないし、此処までの旅路は決して無駄では無かったと胸を張って言える、キャプテンとシェフィとは仲良くなれたし、ニーナとも出会えたしね。
「そうかそうか、ノワは傭兵が良いか、うんうん良いぞ」
「え、良いの?」
「良いとも、自由を知る小鳥の翼をもいでしまう真似など儂はせんよ、その代わり条件がある」
好々爺とした笑顔から一転、曾お祖父さんは皇帝として厳しい表情になった、条件ってなんだろう、私を好きにさせてくれる対価だ簡単なものでは無いと息を飲んだ。
「年に一度は必ず顔を見せること、月に1度は連絡を必ずする事」
「へ、それだけ?」
「それだけではない、後は・・・」
だよね、それだけな筈がない、なんと言っても私の存在自体が皇家にとっては頭の痛い話になる、
「定期的にホロムービーを送る事、爆散しない事、特産品を送る事、」
ん? なんか、それって
「普通の家族みたい・・・」
「うむ、普通の家族だが?」
「???」
「うむ??」
なんか噛み合わない、あまりにも普通の対応に私が首を傾げると皇帝も首傾げて「何がおかしい?」と言わんばかりだ。
「陛下、我々側の話を全くしておりませんよ、ノワール様方は『皇帝陛下から何を言い渡されるのか』御不安なのかと思われます」
「うん? 儂が可愛い曾孫に何するものぞ、元気な旅鳥は好きに旅をすれば良いのだ、だろう?ショーン、ギルス」
「は、私の立場上賛同は致しかねますが、一個人、親として言うならば息災で偶に顔を見れれば良いかと」
「現状、政略的に姫を必要とするお話も御座いませんからな、私も役柄上賛同致しかねますが、娘には人並みに幸せになって欲しいとも愚行致します、それも人それぞれでしょうから・・・」
「で、あろう? そういう事だノワ、ああ、皆も楽にせよ、ノワの護衛大儀であった、褒美は取らす故な、話を聞かせて欲しい、何を見、何を成し、何を思ったか、皇帝となると人の話が1番の娯楽よ、ふあはははは!」
豪快に笑った皇帝陛下は近所でよく話したお爺さんと大きな差は無いように見えた、つまり私は好きにして良いって事だよね?
「陛下」
「おお、歳をとると忘れやすくなって敵わんな、アニマトロン家には必ず往くが良い、あの時から儂らは嫌われてしまって会いにも行けぬ故な、宜しく頼む」
「あ、はい、勿論?」
「それと敬語は無しだ、少なくとも友や身内の時は家族として振る舞うが良い」
「う、うん、ありがとう、じいじ?」
「ふあはははは! 良い!良いぞ!ショーン、ギルス!(曾)孫娘は可愛くて堪らんわ、何事も叶えてしまいそうになってしまうな!」
「そうでしょうともそうでしょうとも、手始めにドレスやジェエリーと言いたい所ですが、ノワール様は生素材のお食事がお好きな様です」
「ふむ、ならば晩餐はフルコースでゆこうか」
「手配致します」
「うむ」
拍子抜けした、もっと難しい要求や問答無用でキャプテン達と引き離されたりするものかと思っていたんだけど、そんなことは無かったね。
「陛下、そろそろお時間が」
「もうそんな時間か、すまぬノワ後ほどな、ショーン、ギルス、良きにはからえ」
「「は、御心のままに」」
そうして嵐は過ぎ去った、嵐っていうか皇帝陛下だけど、じいじは執務の時間があるので颯爽とアークを立ち去って行った。
どうやら近衛旗艦で来たのも執務と安全上の問題からだそうで、旗艦内ならばどちらもクリアー出来るのでアークを捕捉と同時に緊急出撃して来たらしい。
尚、ショーンさんとギルスさん以外は主星に置いて来たのであちらは上へ下への大騒ぎ、それはそうだ皇帝陛下自らが旗艦で緊急出撃なんてしたらね。
そして皇帝陛下の勅命によりアークを確保せよと准将さんは命じられるままにアークを確保して、この状況だという事なのだとか。
「それではこちらにサインを」
私が皇族になるパターンや貴族になるパターン、傭兵の庶民のままのパターン等、ありとあらゆるパターンに対応する為に慌てて取り揃えた電子書類はショーンさんとギルスさんの名のもとに皇帝の電子印璽が押されていて、後は私がサインをするだけで立場が確定する状態になっていた。
細々と取り決めはあるものの、皇家について漏らさない、皇族だと吹聴しない等、常識的な取り決めになっている、まあ破った際には処理されるとか恐ろしい文言が入っているけど、そんなつもりは無いから大丈夫だろう。
「意外と話のわかるジジイだったな」
キャプテン、それ他所では絶対に言わないでよね、私は身内だったからまだ大丈夫だったけど、ニーナなんて皇帝が立ち去った後に力が抜けてヘナヘナって溶けちゃったからね、これが普通の反応だよ。
シェフィは相変わらず平然としていたけど、それは人造機械だからであって、キャプテンみたいに陰でも不敬な言葉遣いは中々居ないのが皇帝陛下って存在だ、貴族相手なら陰で悪口言う人は幾らでも居るけど皇族は格が違っていて、尊敬の念を超えて畏敬とか恐れ多いとかそんな存在だからね。




