包囲艦隊
「お姉様」
ミュウちゃんはやっぱり泣きそうになって私に縋りついた。
「大丈夫だから、また会いに来るし、連絡もするよ、ね?」
「ううー、ぐすっ、はい・・・」
「ほらミュウ、お別れは笑ってすると行っただろう」
「そうですよ、お嬢様」
ほろほろと涙を零すミュウちゃんを、お父さんのワタリさんと執事のサトゥーさんがハンカチで涙を拭って慰める。
「うう、うん、・・・お姉様、お別れに贈りたいモノが有ります、受け取ってくれませんか?」
「ん? 何?」
「はい、少し屈んで下さい」
「これくらい?」
私は小柄で、ミュウちゃんは発育がいい方だと言っても5歳差は大きい、まだまだ頭ひとつ分は身長が違うので言われるままに屈んで目線を合わせる。
「他の方に見られるの恥ずかしいので、もっと寄ってくれますか」
「んー?」
ミュウちゃんは両の手を合わせて、そこに何か持っているように見える、ヒソヒソ話が出来る位の距離まで顔を寄せたその時だった。
人肌が唇に触れた、ううん、それはミュウちゃんの・・・
「えへへ、私の初めてですよお姉様」
「え」
「初めてだから返品出来ません、大きくなったら責任、取ってくださいね?」
「ちょ」
ぴ、シューー。
何を!?と止める間も無く、ミュウちゃんはアークから出てハッチを外から閉めてしまった。
赤い顔と耳が見えたので、流石にこちらからハッチを開け直すのはマナー違反だと思った。
目を見開いて驚くワタリさんとニッコリするサトゥーさんが見えたので、誰の入れ知恵かは明白だ。
『おいおいおい、キャプテンノワはタラシかあ?』
「わ、私はミュウさんなら大丈夫ですよ」
「3人目ですねノワ様」
「ノーコメント」
答えるとしたらミュウちゃん本人にだ、それも今すぐの話ではなく、いつか彼女が大人になった時、変わらずに居たら。
コクピットからは外部カメラで港湾に3人並んで見える、私は光信号でチカチカとシグナルを送った、内容は簡単なので航宙艦のパイロットになる為に勉強を始めたミュウちゃんなら理解出来る筈だ。
ま た ね
可愛い妹分が笑顔でアークに手を振ったのを確認すると、既に発艦許可を得ていた私達は加速してセンターコロニー・グラッドストンを離れた。
***
G星系に来た時と同様、ワームホールドライブを使用して次に向かうは生みのママが住む星系、D星系のラフィンステー惑星になる。
貴族だから惑星住みなんだよね、コロニストから見ると惑星住みは貴族か大金持ちの夢のような環境だ、三大神器、航宙艦、爵位、惑星居住。
ママであるマリアスティーネ、アニマトロン男爵家は件の事件からA主星から離れてずっとラフィンステーに居住していると、ニーナを通じてサジタリウスL2の少佐さんから情報を貰っている。
『ラフィンステーか』
「何かあるのキャプテン」
『いいや、懐かしいなって、それだけさね』
「あ、15年振りになるから」
『まあ、ねえ』
「そう言えばキャプテン、家族とか恋人とか、家は?」
『あー、ウチは機動騎士の家系だから爵位は特に無いんだよ、敢えて挙げるとすれば長年仕えた貴族家があるけど、そこはマリーの家のアニマトロン男爵家だからね、言うなればマリーとマリーの家の依頼でアタシは出奔したみたいなもんさ、元々外宇宙でブラブラしたいとは思ってたから特に因縁とかは無いね』
「そうなんだ、ありがとうキャプテン」
『ハッ!やめとくれよ!金貰ったからやっただけだよ!』
出た!キャプテン名物ツンデレ、相変わらずのわかりやすさに私はシェフィとニーナみんなで目を合わせて、声を殺してクスクス笑いあった。
巨大な構造物『ゲート』がそびえ立っている、此方にも暗黒生命体が現れていたのか、宇宙空間には戦闘の残骸が浮遊していた、ゲートの防衛艦隊もいくつか装甲に戦闘の痕が刻まれている艦が見える。
「ゲート進入許可」
「目的地D星系、光速ドライブ、ワームホールドライブスタンバイ!」
『ドライブシンクロ、オールオッケーだ』
『各システム以上無し』
「ドライブ起動、アーク、カウントダウン開始します」
『「10.9.8.…」』
ゲートのワームホールドライブは複数艦で利用する場合、必ず対象になる艦同士でシンクロして航行する事が鉄則だ。
光速ドライブの一瞬のズレだけならそこまで到着時間は変わらないけど、ワームホールドライブとなると話は別になる。
空間の歪みを利用するワームホールドライブは起動が一瞬のズレでも数時間から最大2、3日のズレを航宙艦同士で引き起こしてしまうのだ。
2隻の航行ならば到着まで片方が待つだけの問題も、例えば帝国航宙艦隊程の規模になればバラバラになってしまい艦隊行動が覚束無くなる。
その為、機械によるオートメーション化でドライブのタイミングを同時にする事でストレス無く艦隊行動を行えるようにするのがドライブシンクロ機能だ。
ドォン!と光速に突入、空間がねじ曲がり極彩色の光景が目の前に広がった、同時に視覚保護の為に通常の光速ドライブのループ映像へと切り替わる、極彩色の光景は長時間見ていると視覚と精神に異常を来たすのでセーフティが各艦に備わっている。
アークの場合は光速ドライブのループ映像、キャプテンのブラックダイヤは焚き火の映像が延々と流れているらしい。
なんで焚き火と思って同じ映像を流してみた所、とても落ち着いた気持ちで延々見ていられるので気持ちは解った、他にも山川や雨、庭の映像とシリーズ化されているらしいけど、コロニストの私にとっては馴染み深いとは言えない映像で興味深く見入ってしまった。
取り敢えず今後はワームホールドライブでゲートを抜けるまでオートで航行するから、トレーニングを入念にしておこう。
何のトレーニングかって? 勿論、糞便が如き御方を殴る為のだよ、ママが近くなったって事はもう一方も近くなっているという事なので、シェフィにお願いして格闘のトレーニングを長いこと続けている。
最近ではニーナの帝国軍式ブートキャンプも加わって、運動神経が無い私でもそれなりに形になってきていた。
ふふふ、親子喧嘩なら皇族を殴ってもセーフだよ、1発位ならママと私の立場と家庭内事情を鑑みて過去事例からも許されると確認してある。
「破っ!」
ドンッドンッとニーナが持つミットに打ち込む
「良いですよ、ひとつひとつ丁寧に!」
「ん、セイ!」
ミットの位置は徹底して顔だ、2度は許されないであろう機会ならば、1度目で最もスッキリする顔を狙うのは至極当然のことだ。
顎!頬!鼻、バンテージだけを巻いて、より実践に近い状況でトレーニングする、額は堅いから殴らない、顎と頬も堅いけどポケットに常に忍ばせたバンテージを即座に握りこんで殴れば問題なし。
メリケンサックとかの案もあったけどスキャンされた時に武装としてマークされちゃうからね、バンテージなら武装スキャンをスルー出来るのでこのスタイルに落ち着いてトレーニングとなっていた。
「シッ!シッ!」
バンッバンッバンッ!
「良いですね、やはり半機械生命体は学習能力が高いので、練習を積んだだけ上達してますよ」
「本当?」
「はい、単純な今の打撃でも新兵並の威力は出てますよ」
やったー、ただ運動神経無いのは変わらないから足が着いてこないんだよね、ニーナとシェフィが見本で見せてくれるのはキュキュッて感じで足捌きも腕捌きも目に追えないレベルで動くからね。
私がやるとドタバタって感じでカッコ悪くて腕だけしかついてこなくてダメだ、まあ少しずつトレーニングを積んでおいていつの日かアイツを殴るんだ。
こんな感じでトレーニング、ホロムービーやゲームをシェフィとニーナ、3人でのんびりと移動時間を過ごした。
けれど、まさかゲートを抜けた先でこんな事になるとは思いもしなかったのである。
『此方は帝国近衛艦隊旗艦グランゼウス、ウインバルド准将である、傭兵ギルド所属艦アーク、ブラックダイヤに命令する、直ちに機関出力を落とし当方の指示に従え、繰り返す———』
まさかまさかのゲートを抜けた直後、帝国近衛艦隊の拘束を受けることになるとは・・・




