スカートと軍人
「ノワさん、シェフィさん、ありがとうございます」
道を歩くニーナさんはスカートを揺らして笑った、似合わないなんて言わせない明るい色合いでフワフワとしたフェミニンな服装は、いつものパンツルックの凛々しいニーナさんとは違って華のある女の子に変身していた。
少なからずスカートは履きたいと思っていたけど帝国艦隊勤務の男社会の中ではあまり女性らしさを主張するのも憚れた、幼馴染にもスカートは履くなと苦い顔で言われていた事で、いつの間にか自分にはスカートなんて似合わないと思い込んでいたみたいだった。
「こんなに可愛くて美人なのに本当に勿体無い」
「ノワさん・・・」
ニーナさんは頬を染めてはにかんだ、これまでは見れなかった女性らしい柔らかい表情に私は嬉しくなった。
「寝盗り、これが幼馴染寝取りですか、流石ですノワ様」
「え、シェフィ何?」
「はい、いいえ、私は何人でも大丈夫です」
「???」
シェフィはクスクスと笑って呟いた、珍しい、シェフィって人造機械だから基本的には誤魔化すとか思わせ振りな態度をとりにくいんだけどな、まあ楽しそうだから良いか。
「ニナ?」
「え?」
男性が突然ニーナさんの肩を掴んだ、すかさず私との間にシェフィは体を入れた。
「ウェル? なんでこんな所に」
「それはこっちのセリフだ、お前こそ何故グラッドストンに、サジタリウスのガルガンチュアはどうしたんだ降りたのか、それにそんな格好して・・・」
ウェルと呼ばれた男性はどうやらニーナさんの知り合いみたいで、星系や旗艦名を知っているという事は軍関連の人なのかな?
ウェルさんはニーナさんの格好を上から下から睨めつけた、ふふふ、どうだ可愛いでしょ。
「軍人がそんな格好するなよ・・・」
「は?」
お前か? 幼馴染って、ニーナさんがオフ(オフ?)の日に何着ても良いでしょ、軍人関係ある? 無いよね?
ニーナさんも真に受けてスカートぎゅっと握らなくていいよ!
「似合ってるから、最高に可愛いし美人ですけど?」
「な、なんだお前」
「軍人が可愛い服着ても良いし、ニーナさんは美人だし似合ってるから、ウチのクルーに変なこと言うの止めてもらえます?」
「女性のファッションに一言物申すなんて貴方様は随分高尚な趣味をお持ちなんですね、ノワ様と私の目利きに文句言うなんて、引きちぎりますよ」
「ノワ様、シェフィさん・・・」
ウェルとやらはニーナさんだけしか見えていなかったらしく、横合いから怒る私達を見て慌てた。
「い、いや、軍人は緊急時にも活動に支障のない格好で、つうか誰だよアンタら関係無いだろ」
「関係? 私は傭兵ギルド所属艦アークの艦長ノワール、彼女はオペレーターのシェフィ、ニーナさんはサブオペレーター兼サブパイロット兼対外交渉役の大事な仲間です」
「はあ? ニナ帝国軍辞めたのかよ! 折角、旗艦所属の副長までいったのに!? そんな格好して何やってんだよ勿体無い」
「ウェル、私は別に辞めた訳では、それに此処ではちょっと、声も大きいから・・・」
「うっ」
ニーナさんは務めて冷静な声色で言った。
私達は正直目立つ、黒髪美人のニーナさん、金髪美人人造機械のシェフィ、私も帽子の中に白銀の髪を隠してるけどそれなりにいい顔をしている。
自分で言うのもなんだけど、3人の美人が連れ立って楽しくウインドウファッションをしたり、結構高額な買い物でショップをハシゴしていたので店員さんは見送りもするし、他店からの熱い視線も集めていた。
そんな私達の中の1人の肩を突然掴んで声を荒らげる男性なんて傍からどう見えるだろうか、当然だけど女性物のショップエリアなので店員さんはほぼ全員女性となる。
ハッとしたウェル某は周囲のショップ店員が、防犯グッズを手に睨んでいるのに今更気付いたようだ。
知り合いっぽく話していたけど、私とシェフィが不満そうに反論したせいか皆殺気立っている、そうだよねファッションエリアのショップ店員だもん、みんな味方だ。
「す、すまない、口が滑った、別の所で話そう、時間はあるか?」
「有るけど・・・」
チラリと申し訳ない様子でニーナさんが私を見る、うん別に構わないよ。
「私達も同席します、それなら良いでしょ」
「いや遠慮してくれよ」
「はい、お願いしますノワさんシェフィさん」
「・・・」
2人きりになんてさせる訳ないよね、出会い頭に「そんな格好して」なんて宣うんだから不信感しかない。
ウェルって人はニーナさんと二人で話したいみたいだけど、ニーナさんに否定されてエッと驚いた顔になった。
雰囲気とか身体付きのガッチリ感が軍人っぽいんだよね、暴れるとも思わないけどナチュラルにハラスメント発言しそう。
そもそもニーナさんのスカート似合わない思い込みも、この人が始まりなんじゃないのかな、噂をすれば影とは良く言ったもので早速出会うなんて何かに引き寄せられているのかな。
***
「それで何、ウェル」
「何って、取り敢えず何か頼もうぜ」
「・・・紅茶を」
「じゃあ俺は合成茶を」
「日替わり搾りたてジュース下さい」
「メンテドリンクを戴けますか」
近くのオープンカフェテラス、隣同士のテーブル2つに別れて話し合いは始まった。
場所を借りておいて何も注文しないで居座るのも悪いので1番高い生ジュースを頼む、シェフィも人造機械用のメンテナンス・プライマリ・ドリンクを頼んだ、プライマリドリンクはアンドロイド専用の飲料、セカンダリは非飲料の循環系、カフェやその他飲食店には多種族対応のメニューが結構置いてある。
ウェルさん、本名ウェルナーさんはニーナさんの幼馴染でジュニアスクール、ミドルスクール、軍学校と一緒だったそうだ。
「で、なんでグラッドストンに居るんだ」
「任務よ」
「何の?」
「言える訳ないでしょ、私服で任務って時点で察してよね」
「傭兵艦に乗ってるのは本当なのか?」
「うん本当」
「そこの子供が艦長なのも?」
「本当、あと指差さないで、失礼なんだから・・・」
「他の搭乗員は? 男は乗ってるのか? 艦名は?」
「それ、言う必要ある? 一応極秘任務になるから、気になるならヴリガンダインのヘイムダル艦長に確認したら良いわ」
「いや、聞いても教えて貰えないだろう、たかが小型戦闘艦乗りのいち軍人には」
「なら聞かないでよ、私の口から教えられる訳ないじゃない」
・・・あれ? なんか幼馴染って言っていた割にはあまり仲良くない?
「お待たせしましたー、日替わり生搾りのパイナポードリンクとメンテドリンクになります、御注文はお揃いですか?」
「あ、はい、ありがとうございます」
ちうちうとジュースを飲む、あ、これ美味しい、当たりだ、パイナポードリンク覚えておこう。
「美味しいですか?」
「うん、酸味と甘味が良いバランスで好き」
「仕入れておきます」
「ありがとシェフィ」
「こんな子供が艦長の傭兵艦なんて大丈夫なのか、他には何人乗ってる?」
「・・・ふう、下衆の勘ぐりはやめて、男性クルーは居ないし、ノワ様を並の傭兵と一緒にしないで、獅子級に最近上がったんだから、シェフィさんだって熟練のオペレーターなんだし大丈夫」
「そ、そうか男が居ないなら良いんだ、でも小型艦なら危ないだろ、俺からヘイムダル艦長に言ってヴリガンダインにでも乗るか? そこの人形だって見たところ、そっちの子供の子守りなんだろ?」
「は?」
人形って誰を差して言ったの、まさかシェフィの事じゃないよね?
「ウェル、酷い侮辱だわ、シェフィさんはノワ様の家族よ、人造機械差別も甚だしいわ」
ムッとして立ち上がり掛けた私の手の上にそっとシェフィが手を重ねた、シェフィは静かに首を横に振った。
言いたい事は分かる、人造機械を物扱いする人は一定数居ることくらい、一々怒っていたらキリがないことも分かる、それでも目の前で家族を侮辱されておとなしくしている程、私は大人じゃない。
育てのママだって、シェフィだって私の大事な家族だ。
ただ、そんなやり取りをしている私達より先にニーナさんが血相を変えて怒ってくれた事を嬉しく思う。
「いや、悪ぃ、そんなつもりはないんだ」
「いいわ、話は終わりね、それじゃあ」
「あ、お、おう」
ニーナさんも思う所があったのか、問答無用で会話を打ち切って紅茶を手に私達のテーブルに着いた。
「もういいの?」
「いいんです、すいません不快な思いをさせてしまい・・・」
「ううん、仕方ないよ、悔しいけど」
「私は気にしてません」
チラリとウェルナーを見てみると彼はワシワシと頭を掻きむしってカフェを出て行った、何度も何度もニーナさんを見ては口を開きかけ、それでも何も言わずに肩を落として去った。




