本領発揮
「ハアッ!」
「成程」
ニーナさんの鋭い貫手をシェフィが手を添えて捌く、シェフィは添えていた手を掴んで空いていた方でアッパーを繰り出した。
「ッ」
首だけをスウェーして拳を躱したニーナさんがその場から動かないのは、シェフィがメイド服のロングスカートの下に隠れている足でニーナさんのブーツを踏んでいるからだ、体勢を崩した相手に容赦無く追い打ちを掛けるシェフィ。
「ぐうう」
抱擁と言うより鯖折り、人造機械の膂力は並の人間を遥かに超える、ギリギリ腕を挟むのが間に合ったニーナさんは熱い抱擁に抵抗する、メキメキと繊維質が軋む音を立てながらも抱擁が狭まることは無かった。
決して旧人造機械三原則に縛られているから危害を加えていない訳では無い、訓練や緊急避難時等、一定の要件下に於いて主の安全確保の為に人造機械は人を害して良いとされている、今は訓練中なので殺害しない程度の力で戦っているのだ。
実力確認の為に2人は組手を行っているが、私の目に移る内容ではニーナさんはかなり強い、軍人らしく徒手格闘術と制圧捕縛術、射撃の精度もかなり高いので総合的な生身の戦いはアークでは一番強いんじゃないかな?
シェフィは人造機械なので分析能力に長けている為、視線や呼吸、筋肉の反応で先読みしている分、パッと見で互角に見えるならニーナさんの方が上か。
いやそもそもシェフィは家政メイドロイドだから戦闘用じゃないんだけど、私が産まれた当時の製作が家政兼護衛仕様なのでかなり強い、その強めのシェフィより強いニーナさん、護衛としては申し分無い結果だ。
「シッ!!」
回し蹴りとか空気を斬り裂いたような音を残してるし、帝国軍で基本をしっかり学んでいるので隙が無い、・・・ように見える。
「まあ良いんじゃないかい? 強い奴は歓迎だよ」
「キャプテンから見てもニーナさんは強い?」
「強いね、搦手アリに弱そうに見えなくも無いけど正面からは戦いたくないねえ」
「へー、そこまでなんだ」
「そこまでだねえ、それよりノワ、アンタが弱くていい理由にはならないんだからね鍛えるよ!」
げ、薮蛇だった、運動神経無いなりに護衛の邪魔にならない程度には動けないと意味ないからキャプテンの言う通りなんだけど、運動苦手なんだよね昔から。
この後、私はキャプテンとシェフィ、ニーナさんの3人からたっぷりと搾られた、傭兵式最先端式軍隊式のスペシャルブートキャンプだ。
私は死んだ。
***
真っ青な顔をしたニーナさんがシートに座って吐き気に耐えていた。
「うっ」
「ニーナ吐くんじゃないよっ!絶対吐くんじゃないよ!?」
人気が無い宙域でグリグリと全周方向に回転するアーク艦内、急減速急加速に鋭角機動と実戦さながらのマニューバを私は行っていた。
先に言っておくけどスペシャルブートキャンプの仕返しに激しい挙動をしている訳ではないよ、小型戦闘艦の実戦闘機動の経験が無いニーナさんの予行演習だ。
左右バレルロール、インメルマンターン、サブスラスターを回転させる推力偏向、敵機を振り切る為の急速旋回であるブレイク、ブレイクを不規則に連続させるシザーズ、基礎、応用、亜種、複合技、ジェネレーター・スラスターを戦闘出力でガッツリ。
アークの慣性中和装置は優秀だ、自己学習を繰り返した事でM星系の戦闘時より遥かに快適に環境を保つ、とは言っても急の付く動作で全ての慣性は殺し切れない、超重力砲を積んでいる副次的な影響で重力操作も合わせて効きは良いのだけど、それでも強烈なGが身体を襲う。
そしてGはパイロットスーツの補助もあるので気を失う程ではないので問題じゃない、実際の問題は『酔い』になる。
宇宙に上下左右は無い、全周天に渡り自由な機動が許されていて、それを生かすも殺すもパイロットの腕次第。
私は物心付く頃からシムでグリグリと、それはもうグリングリンと戦闘機動を繰り返して来たので酔うことはない、航宙艦の基本機動として『艦首と進行方向は同様でなければならない』なんて基礎中の基礎があるけど、応用ともなれば艦首と進行方向、なんならGも一致しない機動は日常茶飯事。
キャプテンは金獅子級傭兵の凄腕ベテランなので慣れている、シェフィは人造機械なので酔わない。
ニーナさんは帝国軍の訓練を受けているのでだいじょう、
『「ぼええええっ」』
ダメでしたね!!!
コクピットの各シートにはエチケット急速吸引器 (音王機能付き)が備えられている、音王っていうのはトイレの流す音を別の音で誤魔化すアレだ、大活躍だ。
「ふふ、コレが巷で言う所のゲロヒロイン、ゲロインですか、ふふふ」
シェフィって変な所に笑いのスイッチ有るよね、こういう時のシェフィって顔が無表情でクスクス笑ってるから本気なのか冗談なのか判断が付かない、・・・冗談だよね?
「うっ、すみませっ」
「いやいや、気にしないでニーナさん」
「そうだよ気にする必要は無い、アタシャ最初からこうなるって思ってたし」
「同感です」
「あ゛い゛」
「え、どういうこと?」
「ノワのマニューバはエグい、アタシでも偶にシンドイし最初はちょっと酔った位だよ、小型戦闘艦乗りなら兎も角、戦艦乗りの左官級軍人じゃあ、まあこうなるだろうなぁと思ってたさね」
「ノワ様の機動は理想的です、教科書通りと言って相違有りませんが、教科書は理論値であって現実のマニューバはもう少しユルいですから・・・」
「ソ、ソウナンダー、他人の小型戦闘艦なんて乗った事ないから知らなかったナー・・・」
ごめんなさいニーナさん、いや本当に吐かせようとかわざとじゃないんだよ!
キャプテンが酔ってたって知らなかったよ、え、金獅子級傭兵の意地が有るから即慣れしたって、言ってくれれば酔いにくいマニューバにしてたのに・・・
落とされない程度にシールドで受ける割合を増やして、少しケアした機動で、勿論爆散したくないので安全優先だけど。
「余計な事は考えないでパイロットは躱して当ててりゃあ良いんだよ、航宙酔は本人の問題だ」
「でず、大゛丈゛夫゛、ある程度マニ゛ューバを経験したら予測が付いて酔わなくなるので」
「そう? なら良いけど、まだフルマニュアル操艦して無いから」
「フル、マニュアルッ!?」
あれ言ってなかったっけ、操艦はオートメーションが進んでいるからセミオートでも戦闘に十分に耐えるけど、それは航宙艦乗りの駆け出しの話だ。
フルオート、セミオート、セミマニュアル、フルマニュアルとシステム切り替えが出来て、フルオートは目的地を設定してボタンポチー、セミオートはバランサーやアシストONのまま自分でコントロール、セミマニュアルだと一部の各種センサーや各サポートのON/OFF、フルマニュアルだとサポートアシストのON/OFFをセミマニュアルより詳細に設定出来るモード。
フルマニュアルで何が出来るかって言うと、接近アシストと緊急回避プログラムのON/OFFが唯一出来るモードなんだよね、これをONのままだとブレードを当てようとした時に接近警報が鳴って緊急回避プログラムが自動で立ち上がる、この時の艦の挙動はメインパイロットシートのコントロールを上回る最上位のものとなって航宙艦同士が距離を取ろうとする軌道をオートで行われるのだ、艦同士の衝突はシールドがあろうと大事故になりかねないからね。
ブレードを当てる為にはこの機能をOFFにして、相手の回避軌道を逆算、それを補整したアークのブレードを置く事で2枚卸しを実現している。
賊艦クラスなら機動が読めるオート回避でほぼ確定、傭兵とか帝国軍の腕利きの場合はセミオート回避になるのでまた難易度が変わってくる。
簡単に言えばフルマニュアルじゃないとブレードはまともに扱えない武装ってことだ、接近しただけでお互いに磁石の同じ極性みたいな回避機動がオートで立ち上がってしまうからね。
つまりニーナさんには私のフルマニュアル機動に慣れてもらわない事にはアークに搭乗出来ない、という事だね、頑張って下さい少しずつ出力上げていくことにするから。
「ふ、ふるまにゅある・・・」
その珍獣を見るような視線は何ですかね、大変だけど慣れればフルマニュアルの方が良いんだよ?
「フルマニュアル操艦なんてアタシはノワ以外に知らないよ」
「同意」
「それ褒めてるよね!? 褒めてるんだよね!?」
「・・・」
何故みんな視線を逸らすのか、練習すれば誰でも出来るようになるよ、ホントだよ!




