お泊まり会と給与
「ズルいです!ズルいですズルいです!お姉様の艦に乗れるなんてズルいです!」
「あ、あの申し訳ないです、ミュリエル様・・・」
むー、と頬を膨らませたミュウちゃんがニーナさんの服の裾を掴んで怒っていた。
折に触れてミュウちゃんは「お姉様の艦綺麗ですよね」とアークに興味が有ったのは知っていたのだけど、この度ニーナさんが新規クルーとして搭乗する事になり、横からカッ攫われた気分になってしまったようだ。
「お嬢様、アークは戦闘艦で御座いますよ、遊びでは無いのです」
「分かってるもん!でもズールーいー!」
執事のサトゥーさんも優しく正論で諭したけど、あまり効き目はなかった、うん気持ちは分かる、こう、なんか、ズルいんだよね(笑) 解る。
***
「はい、という訳でミュウちゃんはアークにお泊まりする事になりました」
アークの部屋はキャプテンの個室、私とシェフィの1番広い2人部屋、空いていた2人部屋にニーナさん、という部屋割りになっている。
今回のお泊まり会で私の部屋にミュウちゃんが、ニーナさんの部屋にシェフィを割り振ることにした、シェフィは睡眠自体必要なくメンテナンスポッドに入るだけで済むけど、ニーナさんとの親交を深めてもらおうかなと思った次第です。
キャプテンは大人らしくそれなりに付き合っているみたいなので、何かと私を優先しようとするシェフィとニーナさんが仲良くなれるような組み合わせとなった。
「ここがジムスペースで私とキャプテンがよく利用してる、主に人工重力式のウエイトとサプリ併用で体型維持してるよ」
「お姉様も姐さまもタイプは違うけど、お二人共美しいスタイルですよね」
「私はもう少し胸が欲しいけどね、ミュウちゃんの方が将来有望そうだよ」
「私はお姉様の胸大好きですよ!!」
「エッ」
ありがとうございます?
歳下の妹的女の子に胸を褒められてどうしろと言うのか、いやシェフィにはよくお綺麗ですって言われてるけどさ?
ミュウちゃんは10歳なのに少し前の私くらいのサイズなんだよね、私は片方片手で納まる大きさでもう少し、もう少しだけ!たわわになりたい!
大きくなると肩が凝るから要らないって、・・・よろしい、ならば戦争だ。
「ここは食堂、自動調理機はあるけどキャプテンとシェフィも料理出来るから最近だと手料理の割合が多いかな」
「アークの食事って美味しいですよね、一般的な傭兵艦の食事って合成食か肉を焼いただけみたいなイメージです」
ウチの場合は普人種のキャプテンが居るから食事のクオリティは高い、生の、本物の食材を常備している小型戦闘艦なんて居ないんじゃないかな?
キャプテンが居なかったらミュウちゃんのイメージ通り、私とシェフィはずっと合成食を食べていたと思うよ、生パフェは別腹だけど。
「ここは荷室、特に賊艦狩りをした時に回収したコンテナや物資を置いておく所だね、キャプテンの強化外骨格もあるよ」
「結構広いですね」
「小型戦闘艦の割りには容量は大きい方だと思う、但しアークの場合の儲けは、ブレードで斬った艦を牽引ビームで曳航するのが1番効率が良いかな? 宝探しも無視出来ない額だけどね」
「宝探し!楽しそうですっ」
荷室も第一第二とあって、第一は小型のスペースで艦内で使用する消耗品の倉庫みたいな扱いになっている、主に雑貨と食料品類だね。
第二荷室は後部ハッチ開放型の艦設備、こちらは大型の物資の積み込みや賊艦撃破時の「宝探し」で獲たお宝を格納する場所になっている。
アークは小型戦闘艦と言っても数ヶ月単位で生活の出来る航宙艦でもある、居住区画は勿論、ジム、食堂、第一荷室、第二荷室、娯楽室、コクピット、バスルーム、トイレ、空調や循環浄化設備、艦のあらゆるコントロールを司る制御室など、単艦で生活が完結出来ないと航宙艦とは言えないからね。
元々ママ達が主星から逃げて来る時に乗って来た艦なので居住性はかなり高い、追手を気にして逃げて来たので産まれたばかりの私が1年間生活しても問題無い環境が既に出来上がっているのだ。
いつまでも一緒に居る訳じゃない事を理解しているみたいでミュウちゃんは私の腕にギュウギュウ抱き着いて離れない、隙あらば胸に顔を埋めてむーむー言ったりしてるのは困ったやら可愛いやら、私としても複雑な気持ちになり苦笑してしまった。
戦闘艦は出航しない限り宇宙空間ではセキュリティレベルの高い空間なので、サトゥーさんはミュウちゃんを私達に任せて一度ワタリさんの所へ戻って行った、少なくとも24時間ミュウちゃんを乗せて港湾から出港するつもりは無いので安心して貰いたい。
「お姉様方は、いつグラッドストンを経つのですか」
ミュウちゃんは神妙な様子で尋ねてきた
「うーん当分の間は居ると思うよ、急ぐ旅でもなくてお金を貯めたら次へ、って感じでグラッドストンにも来たからね」
「そうなのですか!?」
「うん、少なくとも今週来週さようならって話にはならないかな、先日近隣宙域の初仕事で結構稼げたけど目標額まで8・・・、10億マニ位は稼ぐ予定だから」
「じゅ、10億ですか、すごいですね!」
「アークはローンも組んでないからメンテナンスと補給を除くとほぼ全部収入なるからそこまででもないんだよ、艦乗りは出て行くお金も多いけど、入って来るお金も多いから」
「大人の女って感じですね、前の星系のお仕事も教えてくださいお姉様!」
シレッと説明しているけど10億マニは大金だよ、今星系に来てからの初仕事は大型艦2隻も拿捕したお陰で大規模作戦並みに稼いでしまった資金は3億4050万マニで、今後の予定を考えると最低7億マニは稼いでおきたいし、現在滞在しているG星系から目的地のD星系へ移動するのも数千万マニ取られるので追加で8億強、キャプテンへの報酬10%を除いて諸費用も換算すると10億マニの収入が必要になる計算だ。
うーん、我ながら大金の桁に慣れてきたのが恐ろしい・・・
「あ」
「どうしたのですかお姉様?」
「ニーナさんの報酬計算、忘れてた」
「私、よく分からないのですが、ニーナさんってアークに出向してきたんですよね?父の話でも聞くのですが派遣社員だと使用者から雇用元へ報酬が支払われて、雇用元が労働者に賃金を支払うのでは?」
「わ、ミュウちゃん難しいこと知っているね、でも傭兵って自由業だからサラリーマンの慣例に従わない事も多いんだよね」
「えへへ、っは、そ、そうなんですね勉強になります!」
大企業のお父さんを持つミュウちゃんは10歳とは思えない知識を持っている、よしよしと頭を撫でてあげよう、明るい茶髪がサラサラとすべって照れるミュウちゃんが可愛らしかった。
***
「・・・だから、フレアは遅くても構わない」
「成程、ノワさ、ん、の応答反射速度が並の領域を遥かに超えてますね、素晴らしい」
「反射っつーより先読みに近いな、しこたまシミュレーションをやり込んでいたみたいだから、蓄積されている経験は既にベテラン以上だ、判断も悪くない」
「キャプテン相談があるんだけど良いかな? ニーナさんも」
「ん?なんだい?」
「何でしょうか?」
コクピットへ来るとキャプテンとニーナさんが戦闘時のアクションの擦り合わせをしていた、ニーナさんも荒事の本職だから齟齬は少ないみたいだ。
「ニーナさんの報酬なんだけど」
「ああ、それなら・・・」
「要りません」
「あん?」「え?」「要らない?」
ニーナさんがあまりにもキッパリ言い切るので皆固まる。
「良いですか私は帝こ、っ、派遣されている身です、給与は支払われておりますのでアークの方から戴く訳には参りません」
「いや受け取れよ、ニーナの使用元だって小型艦乗りは危険手当支払われているだろ、今回それは出るのかい? アタシの予想だと出ないだろ」
「それは、そうですが、しかし・・・」
「キャプテン、傭兵の慣例だとニーナさんの報酬はいくら?」
「ノワさん!困ります!」
「金貰って困るこたぁねえだろ! この場合は先輩オペやサブとの折半に成りやすいね」
「えっと、つまり?」
「シェフィは無給、アタシが総報酬の10%貰ってる、ニーナの役割はシェフィともアタシとも被るから5:5開始だけど、先任はアタシだから7:3くらいが相場かねえ?」
「えっ、それキャプテンの収入減るけど良いの? 10:10:80でも良くない?」
「それはいけません!」
「ダメだね」
今度はキャプテンにもダメだと言われてしまった、私の取り分というのは小型戦闘艦アークの運用資金も含まれているので艦長の報酬割合を簡単に変えてしまうと揉め事のタネとなってしまう場合が多いのだ、と言う。
クルー全体への支払いは収入の10~15%以内、残りは全て艦長総取りが基本、じゃあキャプテン10のニーナさん5で良い気もするんだけど、実際の仕事内容を確認してから決める事が大事で、軍人だから大丈夫は大間違いだそうだ。
傭兵としてキャプテンが指導官の役割りをしつつニーナさんの面倒を見てあげる、ひとり立ち出来るようなら何れ12:3から10:5に振り分けても構わないけど試用期間として8:2程にしておいた方が良いらしい。
「アタシが指導すんなら間違いないけどね! それでも報酬の上げ下げが直結する以上はアタシもニーナも手を抜かないやり方の方が士気は上がるってもんさ、そもそも10もアタシは貰いすぎなんだよ、有難く貰ってはいたけどね」
「キャプテンは雑な会計をしている様に見えますが、しっかりノワ様への返済金は積み立てておりますので御安心を」
「え」
「シェフィ、余計なこと言うんじゃないよ!」
「ふふ、これがツンデレというやつですね、かわいいですよキャプテン」
無表情で笑うシェフィ、ツンと外を向く耳が赤いキャプテン、穏やかに笑うニーナさん、仲の良い仲間が羨ましいと抱き着くミュウちゃん、皆の笑い声がコクピットに響いた。
ツンのデレ。




