新たな搭乗員
センターコロニー・グラッドストン港湾、大戦果を引っ提げて帰港したアークには御客様が1人訪れていた。
「お招き戴いて感謝しております、ノワール様」
「あ、いいえ」
その御客様はM星系サジタリウスL2の大規模作戦で共闘した、帝国航宙軍旗艦ガルガンチュアの副官ニーナ中尉だった。
肩まで切り揃えた黒髪で軍服姿が凛々しかったニーナ中尉は、現在ポニーテールの私服姿だった。
真面目な雰囲気に似合う清潔な白いシャツに上下濃紺色のベストとパンツスタイルでやはりキリッと引き締まった印象が強い。
「どうぞ粗茶ですが」
「ありがとう」
ほぼ使うことの無い応接室にニーナ中尉を通してシェフィが持て成す、粗茶と言ってもそこそこのお茶だ、ニーナ中尉は様になる所作でカップを持ち上げ、香りを楽しむ様にひと口お茶を含んだ。
「あの、それでどうしたんですか?」
「実は・・・」
ゆっくりと口を開いたニーナ中尉の話はとんでもない話だった、ううん、そもそもM星系で任官していた彼女が私服姿でアークに乗り込んで来た以上、なにかの予感はあったのだ。
***
私達アークがM星系から離れてから、旗艦ガルガンチュアの艦内、いや他には話せない内容から、これから話す事は艦長であるワグナス少佐と副官のニーナ中尉の独断で決めた内容らしい。
先ず、私が皇族、またはそれに類する存在と仮定した対応を行う事にした、これに関しては遺伝子検査を私が拒否している為、軍の正規の手続きを経た行動では無い。
ワグナス少佐は不確定要素で話を進めるのには気が咎めたが、手をこまねいている内に私が死亡または行方不明となっては軍の名折れ、規則よりは実を取った形になったのだと言う。
理想はやはり軍艦での護衛だったが、正式な手順を踏めない以上は次善の策を弄することとなった、護衛の派遣である。
そうは言っても軍の小型艦を傭兵ギルド所属艦に着けるのはどう考えても無理だ、悪目立ちもするし、先を考えると着けない方がマシとも考えられる。
更なる苦肉の策、事情を知る人間を護衛として派遣する事になった、この場合の「事情を知る人間」というのは艦長であるワグナス少佐を除けば1人しか居ない、そう副官のニーナ中尉だった。
実情を知る人間を簡単に増やす訳にはいかない、信頼出来る部下は数名選定出来たものの最終的に私達と面識のあるニーナ中尉に決定した。
「それじゃあ何かい? ニーナ中尉、アンタをアークに乗せろって事か?」
「端的に申しまして、その通りです」
「要らない、と言ったら?」
「遠くから見守る事になるかと」
「と、遠くから?」
「はい、軍の小型艦で潜入工作用の偽装艦があります、それで影ながら・・・」
え、それはちょっとイヤかな? ていうかニーナ中尉1人でそれやるの辛くない?
キャプテンも同じ想像をしたんだろう、イヤそうな表情で「うへ」と言って黙った。
その場合は1度ガルガンチュアに持ち帰って別の方法考えるよね、ワグナス少佐も1人でずっと護衛しろなんて命令は下していない筈だ。
「イヤ、ですよね、分かってます・・・」
ああ、ニーナ中尉はしゅんとした顔で俯いてしまった、言いたいことは凄い解るんだよ!私もゼクセリオンでアルバイトしていたからね、手順とか面子とか、まあ色々有るよね、て言うか私が大人しく軍艦に乗ってろって話だよね、ごめんなさい!
「ふうー、ノワ、アタシは別に構わない」
「えっ、良いの!?」
「アタシはそれなりに帝国軍の事情も知ってるからねえ、今後ノワが主星若しくは近い星系まで行って皇家に認知された場合、軍は事実を知りながら何をやっていた、となるんだ」
「ああー・・・、それはでも私が護衛拒否したし、いや、うーん、そっかぁ」
確かにその時誰が困るのか、と言えば確実にワグナス少佐とニーナ中尉が責められる、って言うか降格処分とか普通に有るだろうね、あ、そうなるとアークで受け入れておけば帝国航宙軍側の面子が立つ、というかワグナス少佐達が最終的に助かるんだよね。
そして、少佐からすれば命令を下して私を拘束する事も本来なら出来るのに、ニーナ中尉1人を派遣するだけでどうかという、私達に取ってはそこまで負担にならない提案をして来てくれた。
「あの、一応私全身の4%を身体置換技術で一部電脳化と筋繊維強化を施してるのでお役に立てるかと思います」
軍人は身体置換技術を勧んで取り入れていると聞いた事がある、筋力トレーニングや訓練を施すより早く簡単に成熟した軍人を作り上げる事が出来るからだ。
4%の置換率だと使用される技術にもよるけど、民間の人造機械以上、強化外骨格以下くらいの能力が生身で発揮出来る程の身体能力を有しているんだっけ?
「ニーナ中尉、握手しても?」
「はい、どうぞ」
シェフィとニーナ中尉が徐ろに左手を握り締める、シェフィは外行きの作り笑顔で、ニーナ中尉も口端を僅かに上げる、そしてメリメリと万力が鋼管を潰す様な音が手から聴こえた。
「ちょ、ちょっとシェフィ?」
「握力150kgオーバー、成程、確かに5%前後の強化が施されているのは事実なようです」
「お望みであれば組み手も致しますが」
「それはまたの機会に、ノワ様」
「な、なに?」
「ニーナ中尉が扱う情報のチェックは必要なものの、私としても乗艦に否やは有りません、彼女も優秀な軍人、その身を持ってノワ様を護るのは間違いありません」
「そう? でも庇って怪我されても嬉しくないから身を持ってっていうのは出来るだけナシの方向で・・・」
「後は何が出来るんだい? 流石にノワの護衛のみで遊ばすのはなあ、艦長兼メインパイロットはノワ、オペレーターはシェフィが居るし、サブパイロットはアタシが居る」
「そうですね、航宙艦業務はひと通り経験していますのでメインパイロット以外なら何でも出来ます、ああ、帝国軍内の評価の提出も許可されていますのでこちらをどうぞ」
情報端末に送られてきたのはニーナ中尉の職務経歴書だ、取得するのが難しいとされる港湾職員の資格や特殊通信解読技能、軍人ならではのレア (レア?)な資格のオンパレードだ。
何でも出来ると言ったのは嘘ではなく、本当に航宙艦に関する業務なら「何でも」出来る資格とスキルを要していた。
護衛技術判定:A
総合格闘判定:A
総合射撃判定:A−
キャプテンは私の護衛だけでアークに居させるのはと言っていたけど、私運動音痴だから護身系技能全くないんだよね。
ジムスペースでキャプテンとシェフィから手解きを受けているんだけど、根本的に身体を動かすセンスが決定的に欠けているせいか上達している気が全くしない。
操艦技術は自信ある、生身の射撃自体はそこそこの精度で当てられるし走るのもそこまで遅い訳じゃない、
ただ総合的に身体を動かす才能が全く無いのだ。
そういう意味では私がアークから出掛ける時は必ずキャプテンかシェフィが傍に着いてくれていたけど、シェフィだってそれなりの仕事を抱えているし(まあお世話欲が強いから私に関して忙しいのは歓迎とか言ってる)、キャプテンの自由時間も十分とは言えない状況だったからニーナ中尉の乗艦はメリットが意外と有るだろう。
ニーナ中尉って意外と若いんだね21歳って、アークではキャプテンが2X歳、私とシェフィは同い歳の15歳なので丁度間の年齢でお姉さんって感じだね。
「ふうん、マルチに出来るってのは悪かないね」
だね、キャプテンと私が別行動する時だってあるし、その時は2対2に分かれて動ける、私の方は基本的に2人以上で行動するからアークに1人残しておくのも緊急時の対応を考えるとアリ。
この間のデパート襲撃事件の時みたいにキャプテンが強化外骨格で駆り出される事もあったことだし、あの時もアークに1人クルーが居たらサポートも出来たしで小型戦闘艦に4人体制は全然悪くないと思う。
「ええっと、じゃあ、ニーナ・・・さん? ようこそアークへ歓迎します!」
「ありがとうございます! 不肖ニーナ、粉骨砕身の、」
「あー、やめやめ、もう少し軽く行こうなニーナ」
「そうですね、あまり畏まられても気苦労してしまいます(ノワ様が)」
「はい、では改めてよろしくお願いします、ノワール様」
ニーナさんは胸に手を当てるとザッと跪いた、そういう所だよニーナさん。
「あの、ニーナさん?」
「はい!ノワール様!」
「ニーナさん」
「・・・ノワールさま」
「ニーナさん」
「・・・そんな畏れ多い、ノ、ノ、ノワ様」
「シェフィはアンドロイドだから様付け、ニーナさん?」
「よ、よろしくお願いします、ノワさ、ん」
「はい!よろしくお願いします!」
呼び方は大事だよ、アーククルーの中では私が最年少、艦長兼メインパイロットってだけでも目立つのにクルーが私を敬いまくってたら余計目立つからね。
キャプテンはノワ、シェフィは私の登録アンドロイドだからノワ様、ニーナさんは歳上だからさん付け、ニーナさんからしたら私はキャプテンだから敬称でギリギリ位が適切な呼び方だと思う。
どうせ一緒に過ごすなら仲良くなりたいしね、先ずは歓迎会だよね! キャプテンも早速ウキウキとお酒を見繕っているもん。
因みにニーナさんはキャプテンの事を「キャプテンさん」、シェフィの事を「シェフィさん」と呼ぶ事にしたみたい。




