家族
「ン・・・」
穏やかな微睡みからフワフワと幸福な感触に包まれて意識が覚醒していく、シェフィの豊かな人肌に抱き込まれていてサラサラと後頭部の髪を撫でられていた。
モゾリと起きたことを知らせる
「おはようございますノワ様」
「ンン、ンン、ンフィ・・・」
むにぃと抱き込まれているので声はシェフィの肌に消えていく、おでこに優しく口づけを落として片手は髪を撫で、もう片手は素肌の背中にまるで子供をあやす様に触れた。
「フフ、ノワ様」
シェフィは抱きしめる力をやや強くして、うっとり甘い声色でノワ様ノワ様と離さない、トクトクと擬似拍動が眠気を誘引するのに身を任せる、そのまま目を閉じて私は二度寝をした。
『へい大将! ご指名だよ』
「んあ?」
シェフィと一緒にシャワーを浴びて身支度を整えた辺りでコクピットのキャプテンから通信が入った、いつもの朝より遅いけど常識的な時間ではあるからセーフだよね?
髪型はハーフアップでキャプテンの古代海賊帽を被るのが習慣になったなあ、キャプテンもそのままで構わないって言ってるから借りたまんまだけど、替りにキャプテンの無造作な茜色の髪を櫛で梳かして、後ろで纏めるのも黙って受け入れてるからあまり気にしてないのかな?
「アタシ個人で言えば必要ないとは思うがねえ」
「そう言わないで欲しい、こちらとしてはしっかりスジを通したいのだ、娘の危機を救ったともなれば直接挨拶したい」
「ま、アタシは雇われの身さ、キャプテンの判断に従うさ、ほらお出ましだ」
「お待たせしてしまい申し訳ございません!」
「いや、こちらこそ一方的に通信してしまったからね気にしてない、初めましてミス・・・、いやキャプテン・ノワ、私はワタリ・ゼクセリオン、ゼクセリオン・コーポレーションの常務取締役だ、娘のアイナと執事のサトゥーを救ってくれて感謝する、ありがとう」
「えっ、常務!? あ、初めまして宜しくお願いしますノワです、ヴァリアントの事は通り掛かっただけで護衛も目的地が同じで受けただけですから、此方こそ多額の報酬を受け取ってますし気にしないで下さい!」
コクピットへ入ると先にキャプテンがお客さまの相手をしていた、お客さまと言っても先日通り掛かり助けた民間機ヴァリアントのオーナーで、相手はなんとゼクセリオン・コーポレーションの常務取締役と名乗った、以前にアルバイトをしていたこともあって自然と背がピンと伸びる。
「かしこまらなくて良い、ビジネスの話ではなく極々個人的な礼をしたいというお願いだよ」
「お願い?」
「こちらのワタリ殿は身内を助けられた礼に直接お会いして食事でも、だそうだ」
「あ、そういう・・・、私は構いませんけど、シェフィも一緒なら」
「おお!では改めてセッティングさせて貰おう、いや娘がどうしてもとねだるもので断られたらどうしたらと思っていたのだ、ははは!」
食事のお誘いを了承すると、膝の上で手を組んでいてピシリとしたビジネスマン風の双眸を崩し、ワタリさんは父親の顔になって笑った。
悪い人ではなさそうで安心する、大規模作戦後の軍の会食ではシェフィの食事は無かったので、ダメ元で言ってみると笑って許可してくれたので良かった。
一般的にアンドロイド(人造機械)は1人とは数えられず、道具扱いで食事は省かれる傾向にあるからね、アンドロイドに食事は必要無いと言っても私はいつも一緒に食事を摂っているから、これは嬉しい。
アンドロイドもグレード別で千差万別、シェフィは最上級のアンドロイドで味覚センサ搭載だし、育てのママもそうだったから私は「1人」として扱いたいと思っている。
***
「お姉様」
懐かれた。
小柄で茶髪の可愛らしい女の子が私の手を握ってウットリと寄りかかっていた。
お食事はあくまでもワタリさんの個人的なお誘いという事で個室タイプのフードショップでどうかとなったのだ、私はてっきりゼクセリオン・コーポレーションが陰に居るのかなと思っていたのだけど本当に個人的な御礼だったらしい。
そうは言っても手配したのはゼクセリオンの常務取締役、本物の食材を使用した高級家庭料理店なのでドレスコードは無いものの出て来る料理は気楽に、でもとても美味しく楽しめた物だった。
賊艦から追われていた民間機ヴァリアントに搭乗していたのは、執事のサトゥーさんとワタリさんの娘さんであるミュリエル嬢 (10歳)で、ワタリさんは正に執事
然とした服装と白髪の紳士、ミュリエル嬢、・・・ミュウちゃんは茶髪の可愛い女の子だ。
ミュウちゃんは私の操艦するアークの戦闘を落ち着いた後に見た事で大ファンになったらしく、お父さんであるワタリさんに我儘を言っての今回の会食となったそうな。
「お姉様と呼んでも良いですか?」
「賊達をやっつけるお姉様とても素敵でした」
「お姉様は綺麗でお強いんですね」
「ゼクセリオンの元テストパイロット!? 凄いですわ」
「また、お会い出来ますか?」
グイグイ来るミュウちゃんは私に会えると興奮して前日あまり眠れなかった様で、はしゃぎ疲れて途中で電池が切れたように私の腕を抱き込んだまま眠ってしまった。
執事のサトゥーさんに抱き抱えられて先に帰宅となった所で、漸くワタリさんは口を開いた。
「すまないね、中々休みが取れなくて相手出来なくてね、寂しい想いをさせてるのは分かってるのだが」
私の身の回りは基本的に皆歳上の人だから、歳下に懐かれるのは困惑も大きいけどやっぱり嬉しい気持ちの方が強い。
妹が居たらこんな感じなんだろうなぁと、親しみを覚えていたので迷惑なんて事は全然無い。
「顔を合わせられるなら毎日会うだけでも嬉しいと思います・・・、例え帰りが遅くなっても」
本心だった、別にワタリさんに物申すつもりは全く無い、それでも「いつでも会える」なんて明日が必ず来る訳では無いということを私は知っている。
「キミは・・・、そうだね、明日からでも改善しよう、その通りだ」
ワタリさんは何も聞かなかった、まあミュウちゃんと5つしか違わない15歳、成人したての私が戦闘艦の艦長をやっている時点で察するものが有るだろう、いくらキャプテンとシェフィが居ると言ってもそれなりに特殊な事情だと解る。
特に気を悪くした様子も無く、真面目に頷いたワタリさんはとても真摯な姿勢だった。
「私から言うのも何だが、ミュウと友達になってくれないかね? 私の立場が邪魔をしているようで健全な友達付き合いが上手くいってないみたいでね」
「あ、はい、というか私は友達感覚より妹が居たらこんな感じかなぁなんて、失礼でしたかね?」
「妹? ああ、うん、いや、ありがとう、無粋な真似をしたよ」
「? はい?」
「いやいや、いいんだ、親から友達に、なんてのも健全じゃなかったなと恥じていた所だ、忘れて欲しい」
頭のいい人なんだろう、今言った事を取り消してミュウちゃんの連絡先を交換してこの話は終わった、テンポ良く会話は進んで食事も楽しめた。
お土産にキャプテンにはお酒、私には生搾りオレンジジュース、なんとシェフィにも高性能メンテナンスジェルを持たせてくれて本当に楽しい時間を過ごす事が出来たのだった。
「・・・キャプテン珍しく静かだったね」
「ん? アタシだって空気くらい読むさ、今回の会食の主役はノワとミュリエル嬢さね、旦那もアタシもシェフィも添え物さ」
「そうかなあ?」
「そうさ、アタシにとっては小うるさいガキンチョはノワにベッタリで、旦那はそれを満足そうに眺めてるからゆったり美味い飯は食えるし、酒は美味い、何も口を挟む必要は無いさね」
「キャプテンの言い様はどうかと思いますが、私も概ね同感です、本日の主役はノワ様とミュリエル嬢でしたのであれで良いと存じます」
「そう? なんか偉そうな感じにならなかったかな、家族の事とか」
「事実です、それにワタリ様は真摯に受け取って下さいましたので、それが全てです」
「そっか」
送ると言うワタリさんの申し出を断り、お店の前で別れた私達はポツポツと話しながら歩いていた。
ママの事を思い出して少しだけセンチメンタルになったけど、それ以上に暖かい家族像が見れたことで心はポカポカと不愉快な感じはしなかった、家族は良いよね・・・。




