011.暗黒生命体襲来
———旗艦ガルガンチュア指令室
概ね事前の作戦通りに宇宙海賊の殲滅は進んでいた、数箇所強い抵抗があったセクターも手隙のセクターから増援を回した事で程なく落ち着きを見せる。
「少佐、その、『お嬢さん』の艦なんですが・・・」
「どうした? まさか・・・」
ブリーフィング時に挨拶を返して来た傭兵は初めてだった、それが歳若い15の少女傭兵ともなればイヤでも目を引くだろう。
傭兵ギルドから渡された情報によれば、成人したての傭兵歴たった数週間、猫級と言うではないか。
何かの間違いかとギルドに念の為に問い合わせたが、操艦技術問題無しどころかギルドの内部評価では既に金獅子級相当だとまで言われては信じる他ない。
それでも歳若いという事で配置に気を使い、セクター担当者にも注視する様にと指示を出していたが、最悪の自体が起きてしまったかと肝が冷える。
「あ、いえ、違います、戦果が」
歯切れの悪い担当者から『お嬢さん』の戦闘ログを受け取って見ると、そこには驚愕の内容が記されていた。
撃破数、小型艦18、中型艦5、駆逐艦級1、これはまあいい、いや良くないな? 軍でも精鋭のエース級の戦果に驚く。
内、ブレード使用による撃破が小型艦5、中型艦2、駆逐艦級1と書かれていて思わず担当者を見てしまった。
「事実です間違いありません、ログも取ってます」
「ブレードで?」
「はい」
「駆逐艦を落としたと?」
「はい」
「冗談だろう?」
「ですよね、私もそう思います」
引き攣った担当者の表情が何よりの証拠だ、そもそも戦闘ログは誤魔化しの効かない客観的なデータだ。
ブレードなど貴族の決闘でしか使用されない時代遅れの武装だ、遠くから敵を倒せる武装があるのに何故撃たれながら距離を詰めねばならない。
そもそもブレード使用による死因の大半が相討ちである、互いにバッサリ逝くか、機体同士が衝突事故を起こして死亡する。
高速度の航宙艦戦闘でブレードの間合いなどあってないようなものだ、ぶつかるつもりで接近しないと当たらない、つもりであってもぶつかってはいけない、そんな武装を実戦で使用? 有り得ない・・・
少し理解の外である事実に目頭を軽く揉んだ時だった、艦内が真っ赤に染まりアラームがけたたましく鳴り響いた。
「少佐!じゅ、重力震です、暗黒生命体が!」
「落ち着け!出現予測点は何処だ!」
「それが、旗艦ガルガンチュアの後方、距離約1.5です」
指令室の空気が一気に張り詰める、暗黒生命体が現れるのはまだ良い、アレは単体でワームホールジャンプをして突然現れる災害のようなものだ、その為の訓練も積んでいるので対処は出来るだろう。
だがしかし出現位置が悪すぎる、後方、距離1.5?近過ぎるのだ。
未だ前線は賊と戦闘中だ、軍の小型艦を戻しては戦線が崩壊して多数の逃亡者を許してしまうだろう
「ガルガンチュア急速反転! 重巡洋艦級も全て反転させろ! 駆逐艦は前線に3.5前進、速やかに賊を推し潰せ!」
恐らく反転は間に合わない、主砲を向ける前に暗黒生命体に取り付かれてしまう可能性が高い。
駆逐艦なら間に合うか? 否、火力が足りない、暗黒生命体は宇宙を埋め尽くす、大火力を持って焼き払うのがセオリーだ。
「直衛の小型艦は暗黒生命体の方へ向かわせろ、但し時間を稼ぐだけで良い! 制圧セクターの傭兵にも通達、召集を掛けるんだ!」
反転して陣形を整えてしまえば此方の超重力砲と主砲でかたがつく、全ては時間との勝負だ。
「少佐!傭兵から通信、超重力砲と爆縮弾の使用許可、予告範囲も添えられてます」
「ッ!?!?」
傭兵なら小型艦だろうに、基本小型艦同士の戦闘を想定している傭兵艦に超重力砲なんてジェネレーターを食う重武装を何故積んでいるのか、爆縮弾もそうだ、広域破壊兵器だぞ!?
非常識な傭兵も居るものだが今はその非常識さが頼もしい、予告範囲を確認後私は許可を出した、通信は『お嬢さん』の艦アークからで、ブレードに続いて呆れ果てた。
***
「ノワ!帝国軍旗艦の後方へ行きな!」
暗黒生命体出現が分かるとキャプテンの動きは早かった、私への指示に加えてウエポンベイにはキャプテンの爆散した艦から回収された爆縮弾の装填、シェフィには超重力砲と爆縮弾の使用許可、そして起動座標と有効破壊範囲を添えて旗艦へ通信させた。
望遠で見える旗艦ガルガンチュアと随行の艦は慌ただしく動き回り反転し始めたのが見える。
「艦隊の反転は間に合わないよ、でも艦隊が無いと暗黒は相手してられない」
「うん」
最初に捉えた重力震座標には既に暗黒生命体の一部がワープアウトしてきている、まだ数は少ないけどこれから続々と来るだろう。
これまで観測されている暗黒生命体との戦闘では必ず宇宙を埋め尽くす数が確認されているのだから。
「キャプテン・ドレイク、ガルガンチュアから爆縮弾と超重力砲の使用許可が降りました」
「良し、派手に行きなノワ!」
「オッケー、キャプテン!」
最初の指示通り即座に移動を開始していたので暗黒生命体は目と鼻の先だ。
赤黒いまん丸とした肉塊、数本の触手を持ち、先端にはレーザーを吐き出すレンズ状の物質、生理的に怖気の走る化け物が大小星の数だけと言っても良い数の暗黒生命体がその姿を現していた。
見た目も悪ければ行動も悪い、必ず近くの生物へ襲いかかり最後の最期まで退く事もない、人類不倶戴天の敵、それが暗黒生命体だ。
此処で逃せばコロニーが襲われる、宇宙海賊も逃せないけど暗黒生命体も逃がす訳にはいかない。
「シェフィ!」
「はい、当該宙域には既に射撃予告をしています、いつでもどうぞ」
「爆縮弾、撃ェ!」
キャプテンの合図で私はトリガーを引いた、そして数秒後、設定座標に到達した爆縮弾が起動した。
ギュ、と一瞬空間が歪む、効果範囲は漆黒、星が瞬く宇宙よりも暗い擬似マイクロブラックホールが生成されて現れていた暗黒生命体を呑み込む、更には周囲の暗黒生命体も巻き込んでいく、有効破壊範囲に存在した暗黒生命体の数千が消滅した。
しかしあれらは先兵、マイクロブラックホールが消失した宙域には既に次の暗黒生命体が同じ数だけ・・・、いやそれ以上の数が出現していた、3Dマップは敵性判定の赤いマークで染まっている。
「続けて超重力砲」
超重力砲、此方も最大出力で数秒間放射出来るので端から艦首を薙ぐ様に振り切った。
それも数千、もしかしたら万の暗黒生命体を薙ぎ払ったかも知れないのに数は全く減った気がしない。
「うへ、多過ぎ」
「暗黒生命体だからねえ」
「旗艦ガルガンチュアから通達、予告射撃と射線、カウントダウン45」
予告範囲は流石の戦艦級、主砲も超重力砲も小型艦のアークでは比較にならない範囲だった。
私は艦砲射撃までの時間を稼ぐ為に他の傭兵艦、軍の小型艦と一緒になってレーザー砲と電磁加速砲をばら撒いた、狙う必要は無い、何処に撃っても当たる数が居るので旗艦の方へゆっくり後退しながら、予告射線を外れた動きをする暗黒生命体を優先的にバカスカ撃ち続ける。
暗黒生命体が放った赤いレーザーをアークのシールドが受け止める、狙いも甘く火力もそこまででは無いので余程シールドが減衰していない限りは大丈夫。
恐ろしいのは数と行動理念のみで、接近されなければそうそう艦も落とされない、ただ一度取りつかれるとベッタリと粘着して撃たれる、一体だけなら兎も角10、20と肉塊に取り付かれた様はホラーだ。
そんな状態でシールドロストなんてしたら大変で、機体に接触した暗黒生命体は艦を乗っ取る、無機物と有機物を合成した肉艦は行動理念をそのままに航宙艦の機動力と火力を手に入れて猛威を振るうことになる。
距離を取って大火力で焼き潰す、それが暗黒生命体の正しい対処法だ。
「カウント、5.4.3.2.1・・・」
カウントダウンが終わった瞬間、肉塊で埋もれていた宇宙は極大の光条に貫かれて宇宙の藻屑となった。
戦艦級と重巡洋艦級による斉射は壮観のひと言に尽きる、小型艦には絶対出せないパワー!それが大型艦のストロングポイントだ。
ドカーン!とぶっぱなすのもスカッとするよね、私は小型艦を手足の様に操って勝つのが好きだから断然アークの方が性にあってる。
大型艦はどうしても小回りが効かない、今の暗黒生命体の出現位置は相当運が悪いとは思うんだけど、反転しないと火力を集中出来ないという弱点がある、その為に陣形や随行艦、戦術を駆使する必要があるんだよね。
全てが整った大型艦の活躍は見ての通り、超長距離大火力は絶大な威力を見せ付けた。
「暗黒生命体はグロいけど、これだけの規模の艦砲射撃は大迫力で綺麗だね」
「そうさね、威力は可愛くないがこうして見ると乙な気分にもなるねえ」
「ノワ様、キャプテン、賊の方も殲滅したようです」
賊側の前線で戦っていた主力が此方へと集結し始める、大火力で大半が薙ぎ払われた暗黒生命体の生き残りを確実に殲滅する為に、これから手分けして当たらなければならないのだ。
とは言っても索敵の必要はほぼ無い、暗黒生命体の標的は生物なので対象宙域を飛び回っているだけであちらから集まってくるからだ。
とんだハプニングがあったけど、こうして私の初参加した大規模作戦は幕を閉じた・・・




