暗転。
なぜこんな人里近くに……魔物の気配が?
私は不安げに見上げてくるエリーとティナの正面に立ち、声をひそめる。
「修道院に戻るわ」
言われた二人の顔に不満が浮かぶ。そりゃそうか。まだメイナードを見つけてない。いきなり引き返す理由も分からないんだから。
でも右手に抜き身の剣を握る私に気付き、エリーとティナは真っ青になって口をつぐむ。
そこへはらりとまだ緑の濃い葉が落ちてきた。
「上です!」
ワットの鋭い声を聞き、私は頭上を確かめる。
黒い影がエリーとティナに飛びかかってくるのが見えた。
「くっ……!」
二人の手を引いて伏せさせ、突き刺すよう剣をふるう。
切先にわずか手応えを感じたけど、獣はひらりと身をかわし、枝上に逃げた。
「今のは、猫……?」
「猫に見えたけど、牙が大きかったわ……」
「爪も鋭かったです」
エリーとティナが呆然としつつ言う横で、ワットが警戒を続けながら指示を出す。
「おそらく山猫が魔物に変化したものだと思います。お二人とも、立ってください。逃げます!」
「は、はい!」
「カーニー、先導へ! ベインズはエリーさま、ローダムはティナにつけ!」
「は!」
ワットの声に反応したのか、獲物と定めた者が逃げようとしているのが分かったのか、魔物が再び飛びかかってきた。
「二匹来ます!」
「ワット、そっちをお願い!」
私たちは十分引き付けて剣をふるう。
今度はきちんと手応えがあり、魔物を仕留められた。
だが頭上ではいくつもの葉ずれの音が続いている。
「まだいるのねっ」
「群れのようです!」
ワットと二人で、剣を持ち直し腰を低く落とす。
上から来る敵に対し、こちらが高さで対抗するのは不利だ。だが相手の落ちてくるスピードを利用し迎え撃つと効果は上がる。
そう教えてくれたデイビッドの声を思い出しながら、空中で器用に方向転換する魔物の行先を読み、剣で急所を切り裂く。
それにしても……魔物たちがティナの方へ集まっていく気がする。
やっぱりティナには特別な何かがあるのだろうか。
「ワット、エリーとティナに防御をかけるわ!」
「全員下がれ!」
護衛全員がエリーたちから離れた一瞬で魔術をかける。
見えない壁が二人を覆った。よし、成功だ。
そしてやはり、魔物たちはティナへと向かっていく。
「対象を挟め!」
「は!」
私たちの流れに反応できず固まったままのエリーとティナに背を向け、向かってくる魔物を落とす。
二十ほど片付けたら、辺りが静かになった。
しばらくその場で様子を見たが襲ってくるモノはいない。
「もう移動して大丈夫かしら」
「おそらく。しかしまだお二人の防御は解かないでください」
「そうね」
護衛にエリーとティナを囲ませて、その外側を私とワットが守る布陣で山を降りる。
魔物は小型が多数出た数日後に中型、そして大型と続く。
今回は二十以上の群れの魔物がいた。中型の魔物は間違いなく出るだろう。
すぐにギルドや町に報告して討伐に掛からなくちゃ。
周囲を警戒しつつ山の奥を見る。
中型が出るのは数日後……。だが最近の魔物調査では、時間をおかず出現することもある。
すでにもう他の魔物がいるかもしれない。
剣を握る右手に力をこめた瞬間、不意に左足がカッと熱くなった。
「え?」
「リリーさま!」
ワットの焦った声と同時に自分の足元を見下ろしたら、ふくらはぎに山猫型の魔物が二匹ぶら下がっている。
頭上じゃなく、足元に潜んでたのか。
二匹とも顔よりも長い牙で私に噛みついている。
無意識に手が動き、私は魔物に剣を突き立てた。
「ワット! 他にもいないか確認して!」
叫びながら二匹目にもとどめを刺す。
私の足元に血溜まりが広がった。
魔物と、吹き出した私の血だ。
どうやら魔物の牙は動脈を傷つけていたらしい。
ほっといたらまずいな。早く止血しなくちゃ。
傷口を見ると噛まれたところが紫色に変色していた。
もしかして、毒……?
ワットを呼ぼうと口を開けたら声が出ない。
耳の奥でドクドクと鼓動が脈打つ。視界が薄暗くなっていく。
「リリーお姉さま!」
エリーの悲痛な声が遠くに聞こえる。
体の感覚が急速に失われていくのが自分でも分かる。
音も光も遠ざかり、何もない世界へ私はスッと沈んでいった。




