28)ロバートの推測、小姓達の報告
ロバートは、アレキサンダーに従い東の館の最奥部まで戻った。途中、数名の夜警にすれ違うのはいつものことだ。不審者がいれば、彼らが捕らえる。王太子宮内の者が、通常の職務のついでに嫌がらせをしていることまで、彼らに気づけと言っても難しい。
ローズに影をつけるという手もあるが、影の人数は減り続けている。グレースにつけている影が何か見ている可能性と、耳聡い者が聞いているかもしれないこと、ローズの不自然な行動しか手がかりはなかった。
「一週間といったが、心当たりはあるのか。気づいていなかったんだろう」
部屋に戻るなりアレキサンダーに言われた。
「ローズが近寄らない場所があるのですよ。下女の居住区と、洗濯物干し場のあたりです。厨房に顔をだし、庭師の頭とも話をするあの子が、唯一行かないので、おかしいと前々から思っていたのです」
他に数人の侍女に、ローズが妙に懐いていないが、今は憶測の段階だった。
「庭師の頭ってあの古株の」
「えぇ、彼です。気に入られてますよ。ローズのことを、おチビちゃんと最初に呼んだのは、彼だそうですから」
「おチビちゃん」
アレキサンダーが繰り返した理由を、ロバートは聞きなれないせいだと解釈した。
「えぇ。弟子に、急いで薔薇の苗を持ってこいと言ったら、勘違いしたローズが走って彼のところへ来たそうです。それ以来、おチビちゃんと庭師たちに呼ばれていますよ」
庭師たちは、西の館を飾るため、沢山の花を育てている。見目の悪い花は西の館に飾ることはできない。そんな花を、ローズは庭師たちからもらってくる。部屋に飾って喜んでいるローズも可愛らしい。
「執務室に花を飾るようになったのはローズです。庭師があの子にくれるのだそうです」
花の生け方を誰かに教わっているらしく、執務室の花も、最初のころよりも見栄えがよくなった。
厨房の気難しい調理長もなぜかローズのことを気に入っている。新しく考えた菓子や料理をローズの昼の軽食に用意してくれる。ローズの感想が楽しみらしい。
グレースに直接仕える侍女達とは、基本的には問題ないはずだ。多くがアスティングス侯爵家から、グレースが連れてきた。数名、ローズに対する態度が良くない者はいる。だが、侍女頭であるサラの目を盗み、ローズに嫌がらせなどするのは簡単ではない。万が一、発覚した場合のことがわからないほど愚かとも思えない。実家から彼女らを、王太子宮まで連れて来たグレースの意図くらい分かっているはずだ。針子たちとも仲が良いから、彼女らは違うだろう。針子が嫌がらせをするならば、虫やネズミを使う必要はない。
残るは、掃除や洗濯を担う下男や下女だ。王都では疫病は流行しなかった。そのため、イサカの町で普及させた掃除や洗濯の方法の必要性を、彼らは理解していないだろう。幾つかの新しい手順が増え、面倒だと感じている可能性はある。
提案したのがローズだと知れば、嫌う可能性はある。だが、下男下女には、王太子宮内で行われる政に関わることがない。ローズのことを知る機会などほとんどないはずだ。王太子宮内の噂を聞く程度のはずだ。それで嫌がらせなど続けるだろうか。
とくに、掃除は細かく担当が分かれており、不始末があれば担当者がすぐにわかるようになっている。髪の毛一筋、シーツの皺ひとつで問題になるのだ。ばれると分かっていて、王太子妃の隣であるローズの部屋の寝台に虫やネズミの死体など置くというのは不自然だ。
「西の館の者という以外、今は申し上げられません」
ロバートがため息をついたとき、ノックの音が聞こえた。
「誰だ」
「エリックです」
東の館、夜警しか起きていないはずの時間帯に現れたエリックにロバートとアレキサンダーは驚くしかなかった。
「報告がございます。正確には、報告を預かっております」
エリックの手に、書類があった。




