25)ローズが怯えるもの
西の館で、いつも通りローズの部屋の前までロバートは一緒に歩いた。
「ローズ、ここしばらくサラの部屋で休んでいるそうですが、サラの部屋に行きますか」
驚いたように見上げてくるローズと目があった。小さな手に、そっと力が込もるのがわかった。
「でも、これから、着替えたりしてから、サラさんのお部屋に行くから」
「待ちますよ」
「でも、お仕事の邪魔、明日も、ロバート帰ってきてすぐだから忙しいでしょう」
「サラに用事があるのです。あなたと一緒でなくても行く予定でした。せっかくですから一緒に行きましょう。一晩に何度も人が来るより、一度に纏めてのほうが、サラも楽だと思います」
「じゃぁ、ちょっと待っててもらってもいいの」
「はい」
部屋の扉をあけてやったが、ローズは部屋の前で、立ち尽くしていた。
「どうしました」
自分の部屋に入るのを躊躇うローズにロバートは声をかけた。ローズからの返事がなかった。
「先に、サラの部屋に行きましょうか」
黙ったままのローズの手をひき、サラの部屋に向かった。
「失礼します」
ロバートが声をかけると、当然のようにサラとミリアに出迎えられた。驚いた様子もない二人に、ロバートは二人が何か知っていると確信した。
「ローズ」
ミリアに声をかけられたローズが駆け寄り、抱き着いた。
「何かあったようですが、教えていただけますか」
ロバートの言葉に、サラが頷いた。
勧められるままに腰かけたロバートの隣にローズも腰を降ろした。握りしめられた小さな拳に、ロバートはそっと手を添えた。
「ローズ、自分で言えるかしら」
サラに促されて、ローズが口を開いた。
「お部屋に、最初は、虫の死体があったの。お掃除の人が忘れたと思って、その時は窓から捨てたの。そしたら、だんだん、虫が増えて、しょっちゅうになって、この間、ネズミの死体が、あって、だから、わざとだって、最初は違うって思ってたけど」
訥々と語るローズの言葉が意味することに、ロバートは耳を疑った。
「どうしたら、いいか、わからなくて、サラさんに、なんて言っていいかもわからなくて」
ロバートは、傍らに座るローズを抱き寄せた。
「一人で、怖い思いをさせてしまっていましたね。いつからですか」
何気なくきいただけだった。
「虫は、気にしていなかったから。多分、春くらいから、少しずつ、増えてきたの」
数か月も前からローズは一人で耐えていたのだ。ロバートは自分の不明を恥じた。
「ネズミは、視察になってから、一回だけよ。でも、ネズミは怖くて、サラさんに」
「ちゃんと、サラに相談してくれてよかったです。ローズ、偉かったですよ。酷くなる前に気づかず、申し訳ありませんでした」
ロバートの言葉にローズは首を振った。
「言えなかったの」
「全くだわ」
「情けない」
ローズの言葉に、サラとミリアの声が重なった。
「でも、私、言わなかったし。虫くらい、孤児院でも自分で捨ててたもの。大丈夫」
ローズがロバートをかばったが、サラとミリアは容赦なかった。
「それくらい、察して当然です。毎日あれだけ一緒にいたのですよ。全く情けない」
「申し訳ありません」
サラの言葉は容赦ない。
「小さなローズが、ひとりでずっと我慢していたのよ」
「自分の不明を恥じるばかりです」
ミリアも手厳しい。
「でも、ロバートは悪くないわ」
ロバートの腕の中のローズは、そんな二人に抗議してくれた。ロバートは、ローズの額にそっと口づけた。
「何かおかしいと思っていたとき、ちゃんと、あなたに聞くべきでした」
サラとミリアが、また何か言っているが、ロバートは二人を無視して続けた。
「ときどき元気がなかったのは、そのせいですか」
驚いたように腕の中のローズが顔を上げた。
「ちゃんと、あなたに尋ねればよかった。すみません」
「全くだ」
聞こえてきた予想外の声に、ロバートは驚いた。同じように驚いたローズも、同じ方向を見ていた。
アレキサンダーとグレースがいた。王太子妃グレースの部屋は、隣接するサラの部屋に通じる扉がある。その扉をあけ、二人は立っていた。




