16)国王と王太子、父と子
数日後、アレキサンダーはアルフレッドの執務室で向かい合っていた。
「お前はローズのあの話、知らないはずのことを知っているというのをどう思う」
アルフレッドの言葉に、アレキサンダーも返答に困った。
「それは、なんといいますか」
ロバートは、ローズの言葉を、そのままに信じてやっているらしい。ローズの嘘は分かりやすいから、あれは嘘でないとロバートは言うが、そこまでアレキサンダーはローズを信じてやれなかった。
「荒唐無稽ではありますが。あのローズです。作り話ならば、もっと上手く話すでしょう」
普段のローズとは別人のような、つたない話し方だった。嘘をつくなら、もっとうまい嘘もあるはずだ。
「そうだな。それだけに、ますますわけがわからない」
アルフレッドの眉間にも皺が刻まれていた。
「ロバートは何と言っている」
「ローズは嘘をついていない。よくわからない話だが、本人もよくわかっていない以上、仕方ないと言っております」
アレキサンダーの言葉に、アルフレッドが苦笑した。
「聖女アリアの伝説を覚えているか。言ってみてくれ」
突然話題を変えたアルフレッドにアレキサンダーは戸惑った。
「孤児院にいた少女が、ある日突然、自分は人々を救う方法を知っていると言って、旅に出た。途中、彼女を助けた男と結婚、その男と旅を続け、子供が生まれた後は家族で旅をつづけ、各地で多くの人々を助けた。とある地で病に倒れ、亡くなった。男はその墓に木を植えた。後に木に白い花が咲いた日、男はその木の下で息を引き取り、子供たちにより妻の墓の隣に葬られた」
子供のときから何度も聞かされている話だ。惑いつつも語るアレキサンダーに、アルフレッドは満足そうに笑った。
「ローズは、イサカの町を、疫病から人を救う方法を知っているといって、王太子宮に来ただろう。人々を救う方法を知っていた。違うか」
アルフレッドの言葉に、アレキサンダーは耳を疑った。
「今、なんとおっしゃいました」
「ローズが来た時のことを、思い出してみろ」
確かに、ローズは、疫病から人を救う方法を知っていると言った。言葉通り、イサカの町から疫病は消え去った。
「大司祭は、ローズを聖女かもしれない。聖女アリアの再来かもしれないと言い続けているだろう。ローズは否定するがな」
「ご冗談を」
教会には美しい聖女アリアの像がある。各地に伝わる聖女アリアの説話は、彼女の美しさと善行と、人々を救ったその行いを語っている。あのお転婆が、聖女アリアの再来のはずがない。
アレキサンダーの信仰心が揺らぎそうだ。
「ご冗談もほどほどになさってください」
アレキサンダーの言葉にも、アルフレッドは表情を変えなかった。
「ローズは、王家で保護する。お前は責任をもって、ローズの身柄を確保するように」
アルフレッドの言葉に、アレキサンダーが最初に思ったのは、この場にいない乳兄弟のことだった。ロバートは喜ぶだろう。
「その件ですが、一つ、相談させていただきたいことがあります」
ロバートと父親バーナードの関係は冷え切っている。決定的になったのは、父アルフレッドの乳兄弟であるアリアの死だ。
「アリアの件です。父上の乳兄弟であり、私の乳母であり、ロバートの母であるアリア、彼女の死についての調べはどうなっていますか」
「犯人捜しか」
仮にバーナードが首謀者であった場合、息子のロバートも連座で罪を問われることになる。夫が妻を殺したのではない。侍従長が王子の乳母を殺したのだ。王子の命を危険にさらしかねない殺人だ。犯人とその家族はほぼ間違いなく死刑だ。
「他に有力な容疑者がいないままでは、犯人捜しは危険だ」
知っていた答えだ。
母の敵とバーナードを嫌うロバートにとって皮肉なことだ。だが、バーナードが犯人と確定した場合、ロバートの命も失われることから、アリアの死は病死とされている。己の存在が、愛する母を死に至らしめた男の命を救っていることを、ロバートは知っている。
のうのうと生き延びているバーナードは、問題はあるが有能ではある。それ故、アルフレッドは、乳兄弟であるアリアの命を奪ったバーナードを、今も王宮の侍従長として重用していた。
アレキサンダーは、乳母のアリアを喪い辛い思いをした。
父アルフレッドと乳兄弟ロバートの胸中はいかほどのものだろうか。
これ以上、ロバートをバーナードに利用させないための手を、アレキサンダーは考えていた。そのためには、父が国王であるということを最大限利用させてもらわねばならない。
「存じております。それを踏まえて父上に、一つ相談いたしたいことがございます」
アルフレッドは、乳兄弟アリアの息子であるロバートは、甥のようだといって可愛がっている。
アレキサンダーは、アルフレッドが、舌足らずだったロバートに伯父上と呼ばせようと、奮闘していたと、アリアから聞かされたことがある。
「主従の別をわきまえていない子供相手に、何をやっていらっしゃるのかと、申し上げるべきでしたけれども。それはもう、滑稽なほど、一生懸命でらしたから、私も笑いが止まらなくて」
アリアは厳しいがよく笑う、優しい女性だった。
世話になった彼女の一人息子のため、国王である父アルフレッドの協力が必要だった。父は、アレキサンダーの予想通り、快諾してくれた。
「もちろんだ。私がそれを望んでいることくらい、お前も知っているだろうに」
「えぇ。当時は、父上は何をおっしゃっておられるのかと思いましたが」
「年長者を侮るものではないよ」
アルフレッドは笑顔で書類を認めてくれた。




