37)レオン・アーライルの後悔
侍女が手際よく、茶会の支度を整えた。茶会の支度が整い、侍女が立ち去ったころには、部屋には既に、ローズとエリックの姿はなかった。
「あの、何があったんですか」
無神経なマーティンの言葉に、腹がたった。だが、ここで大声を出しては、先ほどの二の舞いだ。レオンは頭を抱えたかった。
先ほどのエリックの声で、外に聞こえるというならば、レオンがローズを罵倒した声など、外に聞こえていたはずだ。孤児にもかかわらず、ローズは王太子宮で丁重に扱われている。父から、御前会議に出席し、一人前に意見をいっていると聞いていた。あれは賢いと、父は絶賛していた。小さなローズの年齢以上に幼い見た目に、父の言葉を忘れていた。
「マーティンさん、こういうときは、聞かないもんですよ」
カールはそういうと、菓子の一つを手に取った。レオンにはありがたい一言だった。
「いや、これは凄い、さすが、いやぁ、王太子宮には、こんな菓子をもってお客様がいらっしゃるってんですか」
商人らしく、カールは算盤を弾いているらしい。
「イサカの件に関する御前会議は、王太子宮で開かれることのほうが多いのですよ。今日の午後もその予定だったはずです」
レオンは父から聞いていたことを話した。
「じゃあ、やっぱり、あの子がいってた、尊い立場のお客様って」
マーティンがうるさい。
「御前会議に出席できるのは、伯爵以上ですね」
菓子を食べる手を止めずに、カールがしゃべった。
「午後は会議って、あの子が御前会議に出席するってことですか。御前会議って、陛下も当然いらっしゃる」
マーティンは、やはりうるさい。
「孤児のあの子は御前会議に本来は出席できません。あの子を出席させるために、王太子宮で非公式に茶会を模して御前会議をしていたそうです。重鎮たちがこぞって菓子を持ち寄るから、収集がつかなくなって、順番を決めたとか」
「あの子、何なんですか」
レオンの言葉を、マーティンが遮った。
「私も知りたいですよ。父は大変高く評価をしていますが」
ノックの音で、三人の話は中断された。エリックが、若い近習を二人連れて入ってきた。
「お茶の最中に失礼します。せっかくですから、御前会議にならって、お茶とともに、お話をさせていただきたいと思います。ローズは、午後の会議の用意があります。この二人もお手元の資料を写すのに関わりました。我々近習は全員、内容を把握しております。今日は若い二人に説明させます」
「ローズ様には及びませんが、よろしくお願いいたします」
丁寧だが、どこか棘のある言葉を吐く無表情なエリックに続けて、若い二人が頭を下げた。
若いと言っても二人の近習はレオンと同年代だった。自分達は教わった身だといいながら、彼らが写したという資料をもとに説明を始めた。マーティンは学者だというだけあって、座学が得意なようだ。最初から質問していた。法律家として現地に派遣されると聞いてから、さらに熱心に質問していた。若い二人は時に答えに困ると、エリックが助け船を出した。
商人のカールは、最初は興味なさそうにしていた。初日の午後にローズから、前任者が、町の者に教えたので、今後イサカの町の常識になると説明されてからは、真面目に聞き始めた。商人として王太子に期待されているとわかるや、熱心になった。
レオンは、三日目の今日も最初は斜に構えていた。しかし、戦時に兵士の間に疫病が蔓延しては問題だ。あの小娘、ローズが関わっているということにわだかまりを覚えたが、有用な話に徐々に引き込まれていった。
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