25)ローズと貴族会議
翌日、朝食時、ローズはアレキサンダーの言葉に驚いた。
「今日の午後、貴族の会議で説明しろ」
突然のことだが、やり遂げなくてはならない。急だが、もはや貴族を抑えるのが難しいと言っていたアレキサンダーの言葉どおりの状況なのだろう。
「わかりました」
ローズは強く頷いた。
ローズはグレースに灰色のドレスを着せられた。知的に見えるとグレースと侍女頭のサラと、侍女たちは褒め、励ましてくれた。大勢の人の前に立つからと、目元を隠すようなベールもつけた。ベールで隠れて見えないのに、グレースは侍女に、ローズに化粧をするように命じた。グレースに身支度を整えられながら、ローズはずっと考えていた。
国境にある交易の町に関心がない貴族の関心を引くには、どうしたらよいか。彼らに利益があると思わせるには、どうしたらいいか。先日、アレキサンダーに紹介してもらったアーライル子爵は、左脚の膝から下をイサカの周辺、国境近辺の戦いで失った。彼の地に因縁がある貴族は、自分以外にも沢山いると言った。騎士団を束ねる彼のあの一言の意味は、何だろうか。
初めて王宮に行くローズを心配して、グレースは一緒に馬車に乗り、付き添ってくれた。
「貴族も結局、おっさんとじじいだ。酒場で襤褸を着たら、酔いどれと一緒だ。お前なら大丈夫だ」
馬車に乗る直前、エドガーは貴族に仕える近習らしからぬことをローズの耳に囁いて送り出してくれた。
ローズ自身は、抱えている大きな地図と、これから話す内容に頭がいっぱいだった。これまでは、王太子宮を訪れる、アレキサンダーによく似た“とある高貴なお方”と一部の有力貴族の合意だけで進めてきたことは知っていた。必要な人員や予算が大きくなり、蚊帳の外におかれた下位の貴族たちから不満の声が上がっている。これ以上の予算と人員を動かすには、不満の声を封じ込める必要がある。
「大丈夫、ローズ、あなたならできます」
エリックは、貴族会議の会場である大きな会議室の扉の前でローズにそう言ってくれた。
「ありがとう」
生真面目なエリックらしい励ましの言葉に、出発前の、彼の従兄弟のエドガーの下品な励ましを思い出した。ロバートが聞いたら怒るだろう。言い訳するエドガーの様子まで目に浮かぶようだった。
「大丈夫よ。応援してくれる人がたくさんいるもの」
エリックは頷き、フレデリックは片目を閉じてにやりと笑った。
大きな扉の向こう、広い豪華な会議場に、着飾った男たちが並んでいた。今朝、ローズより先に出発したアレキサンダーが、よく似た男性と並んで大きなテーブルの上座にいた。アレキサンダーによく似た“とある高貴なお方”、いつもより豪華な服に身を包んだ国王が、ローズを見ると微かにほほ笑んでくれた。
「よろしくお願いいたします」
国王と、並みいる貴族を相手に、ローズは深呼吸した。テーブル周囲に腰かけているのは、決定権がある高位の貴族達だ。その貴族達の大半とは、アレキサンダーの知り合いとして面識があった。アレキサンダーの近習達はテーブルに地図を広げてくれた。彼らに手をかり、踏み台に乗ったローズは、頭を下げた。
「この度は、この場でお話しする機会をいただきありがとうございました」
ローズは一度微笑むと、説明を始めた。時折、質問に答える時間も設けながら、ローズは説明していった。
既に行われている町の封鎖と、防疫制度により感染者は減っていること、ロバートの報告をもとに、疫病発生源を突き止めたこと。発生源を排除することで、この町での疫病封じ込めが一段落するであろうこと。その後の町の人々の救済と再建がいかにこの国のためになるかということまで話をすすめ、ローズはにっこりと笑った。笑顔のまま、周囲の貴族達を見渡した。腕を組んでいたアーライル子爵は大きく頷いてくれた。
質問を装いつつ、ローズの話を遮ろうとする者たちは、すでに散々蹴散らした。この場で初めて名前を知ったことになっている上座の大貴族たちが、大げさにローズの話に感心し、賛成してくれたことも大きい。
反対意見など出るはずもなかった。
「一言、申し上げてよろしいでしょうか」
あらたまったローズの口調に、国王が許可した。
「陛下、並びにこの場におられます高貴な方々、本当にありがとうございます。私はこの疫病のことをかつて書物で知りました。かつて、多くのものが疫病で死んだとき、歴史家は記録に残しました。今回、陛下が御英断下さり、多くの町の者は救われるでしょう。かつてこの病に倒れたものたちの無念、その無念を記録として残した歴史家、有効な方法を必死で探し患者を救えなかった当時の医者達、多くの人がこの疫病に苦しめられたことでしょう。みな、自分達の無念が無駄にならなかったことに喜んでいるでしょう。今は亡き、先達たちの思いも込めまして、お礼を申し上げたく存じます。陛下、この度のご英断、まことにありがとうございます」
グレースに教えられたとおりのお辞儀をして、ローズは会議場を辞した。




