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【加筆修正中】EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3357年 復古宣言 [中編]
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第49話『我が思惑』

【星間連合帝国 準惑星セルヤマ マスドライバー VIP用待合室】



 空から雪がシンシンと降り注ぐ。マスドライバーの滑走路は熱を発しているおかげで雪が積もることはないが、滑走路の外に広がる敷地は一面が真っ白になっていた。

 その美しい情景をVIP用のロビーに備わる大きな窓から眺めていたコウサ=タレーケンシ・ルネモルンは大げさな声に振り返った。ソファに腰を下ろすコウサは頭を下げるセルヤマ自治区役員に困ったように微笑む。彼らの様子は端から見れば、大手企業の若き重役とその下請け企業の中間管理職のようだったからだ。


「かまへん。こんなエエ景色を見られたんやから儲けもんや」


「お心遣い痛み入ります。ですが、我々としては頭を下げることしかできませんので」


顔を上げない自治区役員にコウサは小さく溜息を付いた。


「謝ることないやろ。君がこの雪降らしたわけちゃうし」


「いえ……恐れながら枢機卿がこのセルヤマに暫く留まったのは我が星の自治区長からの講演依頼があった為と聞いております。その件が無ければ今頃ジュラヴァナ星宙域にいらっしゃったでしょうに……」


「そんなもん気にせんでエエ。何より君等も法王様やのうて枢機卿のボクやと力不足やったやろ?」


「滅相もございません。皆、喜んでおりました」


自治区役員はまだ頭を上げない。「その腰の低さをこの星の自治区長にも分けてやればいい」とコウサは口に出しそうになって思わず飲み込んだ。

 セルヤマの若き自治区長アブソロム・アシスは、外見こそ優れていたが中身は空っぽの男だった。話す内容は薄く、それでいて相槌は無駄に大きい。更に彼はコウサだけに飽き足らず、セイマグルに対する礼節も欠いている印象がところどころに見受けられた。

 フランクさと不作法をはき違えたような男から講演を依頼されたコウサは渋々受諾したものの、彼がここまで見送りに来るといった時は少し慌てて断りを入れたくらいだ。


「とりあえず、頭上げてぇや。せや、船が出せるんは何時頃になりそうや?」


コウサは質問することで彼の体制を変えようと試みると、自治区役員はようやく頭を上げて答えた。


「はい。気象衛星によりますと、雪はあと半刻程で収まるかと」


「そらエエわ。残りの時間、この綺麗な景色を楽しませてもらおか。出来ればそこに温かいお茶でもあると嬉しいんやけどなぁ」


コウサは冗談めかしてそう告げる。しかし彼は気が利かなかったと言わんばかりの慌てた様子で「ただいま!」と告げるとサービス―ルームに向かって走っていってしまった。冗談の通じない自治区役員の姿を見送りコウサは再び溜息をつくとソファの手すりに頬杖をついた。

 興味本位で赴いたこのセルヤマでの収穫は、思いの外多かったと感じながらコウサはジっと情景を眺める。そしてこれから起きるであろう顛末を思い浮かべた。


「(親父殿がどうもヴェーエス星に目がいっとる……そこの関係性、いや、お兄ちゃんの事をもうちょい確かめんとなぁ……上手いこと隠れとるけど、親父殿をコントロールしとるんはお兄ちゃんや……ガンフォールファミリーの方はアルバトロスの会長はんがおる限り問題ないやろ。アイゴティヤのクリフォード・ストラスに付いとるっちゅう会長はんの倅も大したもんやあらへん。問題はブランドファミリーやな。ライアンのおっちゃんももう潮時や……それと厄介なんはクリオス星か……あそこのアプリーゼ知事は何を考えとるんか分からへんし。カルキノス星とレオンドラ星は今のところ大人しゅうしとるけど、アンドリュー・レオパルド知事と次期知事っちゅうアリータ=アネモネ・テンペスト、それとライオットインダストリー社の社長代理は油断でけへん。そして問題はランジョウの坊っちゃんや。中々どうして、意外と食えん方やし……)」


コウサは一通りの主要人物を思いながら思案にふける。しかし苦笑して頭を振ると、その思考を停止させた。


「(どっちにしろシャインちゃん達の動き方で変わるか。それにしてもあのシャインちゃんが惚れ込むっちゅう弟くんは気になるなぁ……いっぺん会えへんやろうか?)」


どこか目の離せない存在になっているダンジョウ=クロウ・ガウネリンにコウサは思いを馳せた。彼こそがこの海陽系のイレギュラーになりつつある。それは紛れもない事実であった。

 舞い落ちる雪の量は先程に比べて明らかに少なくなってきている。自治区役員の情報は間違ってはいなかったと思ったコウサは背後に複数の気配を感じ取った。その一人がゆっくり近づいて来るのを察していると、ソファー脇のテーブルにティーカップを差し出された。


「枢機卿、間もなく離陸の準備が整いそうです」


コウサが見上げた先に居たのは神聖ザイアン隊の副隊長ソレント・マーヴィンだった。

 ソレントはコウサがティーカップのソーサーを受け取ったのを確認すると背筋を正して一歩後退した。


「スマンかったなぁ副隊長。君にまで残ってもろうて」


「お戯れを……我々神聖ザイアン隊の職務はジュラヴァナ星とチャンモイ星の治安維持、そして法王様をはじめとした枢機卿の御身をお守りすることにあります」


生真面目な返答にコウサは小さく笑う。そして再び視線を窓に向けた。


「そうやったな。君がおってくれて助かったわ」


「ありがたいお言葉です。スコット・ヒーリング隊長への自慢になりましょう」


「ヒーリング隊長の方は法王様の護衛をしとるんやろ? 彼の方が名誉やがな。ほな、そろそろ船の方に行こか」


コウサが立ち上がろうとしたところでソレントは「しばらくお時間を」と告げて再び一歩前に踏み込んできた。


「枢機卿のお茶のお時間をいただきたいという者が来ております」


「……ハァ〜……随分急な話やな」


コウサは少しウンザリした様子で溜息をつく。枢機卿クラスの人間の足止めを出来る人物は限られている。ここセルヤマでそんな事が出来るのは唯一人……コウサを辟易させたこの星の自治区長だけだった。

 スコットはコウサの心中を察するかのように申し訳無さそうな表情で耳元に顔を近づけてきた。


「……自治区長に幾らか握らせたようです」


予想通りの言葉にコウサは外を顔を向けながらベーッっと舌を出す。

 コウサは続いて諦めたように息をついた。ただのセルヤマの自治区長であればどうとでも出来る。しかし、このセルヤマはアイゴティヤ星のクリフォード・ストラス知事の傘下にあるのだ。セルヤマはともかく、アイゴティヤ星の不遜を買うのはあまり得策とは言えないのだ。

 コウサは振り返って目いっぱいの笑みを浮かべて立ち上がる。そしてスコット越しに先ほど感じていた複数の気配の方に顔を向けた。


「こんにちは」


コウサは柔和な笑みでそう告げる。そこに立っていたのは無骨なカルキノス人の男とその娘らしき少女だった。

 男は娘を連れて歩み寄ってくると無骨ながらも誠意のこもった雰囲気で頭を下げてきた。


「お初にお目にかかります。わぁはゲイリー・オコナーっちゅうもんです。こっちは娘のエミリア・オコナーですわ」


ゲイリーが背中をポンと叩くとエミリアも父親に倣って頭を下げた。

 父親の口調からコウサは彼の素性を察した。しかしコウサは無作法さを見せることなく、先に少女の方に視線を合わせて屈み込んだ。


「エミリアちゃんか……確かウチのザイアン隊が話を聞かせてもらった子の名前がそうやったけど……お嬢ちゃんのことか?」


コウサの問にエミリアは少し緊張した面持ちで頷く。コウサは彼女の反応を見ながら無害な人物を演じきるように柔和な微笑みを見せた。


「そうかぁ~ありがとなぁ。ウチのモンに酷いことされんかったか?」


「枢機卿、誓ってそのようなことはしておりません」


隣に立つソレントは苦笑交じりにそうツッコミをいれてくる。コウサはケラケラ笑いながらエミリアの頭を撫でた。


「お前に聞いとらんっちゅうねん。なぁ?」


「お、お二人共……優しかったです!」


エミリアは勇気を出したようにそう告げる。無垢な子供の表情にコウサは久しく心を洗われた気分になって「そんならええわ」と告げると立ち上がると父親の方に視線を移した。


「そいで? お父はん。ボクに何か用やったやろうか?」


「へぇ。実は枢機卿はんにお願いばあって参りやした」


「ボクに出来ることなら聞こか」


コウサはそう言って微笑むとゲイリーは小さく頭を下げてから言葉を発した。


「実はウチにはもう一人倅がおります。そんボケが先日家を出ていきましてのぉ。わぁは気に留めちょらんのですが、どうも家内と娘に連絡があったようで、聞けばブランドファミリーと揉めちょるようでして」


「なるほどなぁ……副隊長、エミリアちゃんを向こうに連れてってくれるか? お父はんと二人で話したいんや」


マフィアの名前が出る。それだけで子供の前でする話ではないと思ったコウサはそう告げた。するとソレントもそれを察したのか、無言で頭を下げてエミリアの手を引いて少し離れたソファへと移動していった。

 数十メートル先のスペースに向かった二人の姿を捉える。エミリアはソファーに腰を下ろし、ソレントは生真面目に起立したまま手を後ろに組んでいた。コウサはゲイリーとの会話が聞こえない距離と判断するとソファに腰を下ろし彼にも座るよう促した。


「さ、簡易的やけど懺悔室みたいなもんや。娘さんもおらんし他言無用やさかい、何でも言うてみ」


「お気遣い感謝します」


コウサの心遣いを察していたゲイリーはそう言って再び頭を下げると、正面にある椅子に腰を下ろした。


「枢機卿はんもお察しの通り、わぁは元侠客です」


「うん、その喋り方聞けば分かるわ。模倣やのうてホンマモンの侠客言葉や」


「へぇ。わぁは元々ブランドファミリーの枝をやっちょりました。遠い昔、ある宇宙船を爆発事故に見せかける時にわぁが作った爆薬が使われたと聞いちょります」


「……なるほどなぁ。随分エライ事やらかしたな」


コウサが顔を顰めると、ゲイリーは取り繕うように首を振った。


「わぁは威嚇用、もしくは航宙軌道上の小惑星ば破壊する為と聞かされちょったんです」


「そら災難やったなぁ。ええで続けてや」


コウサは謝るように微笑むと、ゲイリーはホッとしたように続けた。


「そん件でつくづくヤクザの世界が嫌になりましてのぉ……手続き無しに一家から抜けて……今は足ば洗って、堅気さん喜ばせる為に花火師をやっちょります」


「ええこっちゃ。そいで、それはさっき話しとった息子はんがブランドファミリーと揉めとる言う話と繋がるんかな?」


コウサの問にゲイリーは黙って頷いた。


「へぇ。倅の連絡、あと最近聞いた噂じゃと遂にガンフォールファミリーが勝手に独立したブランドファミリーば粛清するっちゅう話やないかと」


ゲイリーの言う推測は一切的を射ていない。しかしコウサは黙って「うん、うん」と話を聞き続けた。


「そうなると……無断で一家ば抜けたわぁもタダじゃすまん……いや、わぁはええんです。じゃけん、娘は何とか助けてやりたいんですわ」


「なるほど……つまりボクら神栄教に娘はんを預けたいと……」


「へぇ。家内はわぁと残るというてくれましたが……娘だけでも」


「ええでっせ」


まるで簡単な買い物を頼まれたかのような返答にゲイリーはポカンとした表情を浮かべた。

 コウサは微笑んだまま立ち上がる。そして懐から棒状の端末を取り出すと、割り箸を割るような仕草で棒を引っ張り、まるで賞状のように二次元のディスプレイが浮かび上がらせた。そして引っ張った右側の棒からタッチペンを引き抜くとゲイリーの前に差し出した。


「ただ、引き取ってそれで終わりいう訳にもいかんので、エミリアちゃんには新栄教の僧尼見習いになってもらおか。そうすれば安全でっしゃろ」


「すんまへん! ありがとうございます!」


ゲイリーはソファから飛び降りると床に額を押し付けた。その様子を見たコウサは苦笑しながら立ち上がって彼を引き起こすと、そっと肩を叩いた。


「そういうんはやめてぇや。まるでボクが悪代官みたいやないか」


「すんまへん……しかし、何でこんなあっさりと助けてくだはるんでっか?」


喜びの中に驚きの感情を見え隠れさせるゲイリーにコウサはニコリと微笑んだ。


「神栄教っちゅうのは助け合いの精神や。まぁなぁんも努力せんような奴はアカンけど、お父はんみたいな事情があるんなら話は別や」


「枢機卿様……うぅ……」


涙を流す武骨な男の肩をコウサはポンポンと叩く。そしてその肩を抱き寄せるとゆっくり彼を引き起こした。


「ほな、今のうちに娘さんに会っとき。勿論いつでも連絡とって構わへんけど、直に会うとなったら別の星やと厳しいやろ。……副隊長!」


コウサが声を上げる。すると離れた場所で起立していたソレントが小走りで近寄って来た。

 スコットが真横に辿り着くとコウサはまるで今日の献立が決まったように軽い口調で状況を離し始めた。


「あのお嬢ちゃんはウチで僧尼として働いてもらうことになったんや。しばらく会えへんやろうから、お父はんを連れてったって」


「なるほど……承知いたしました」


「枢機卿様! 本当に! 本当にありがとうございます!」


何度もそう言って頭を下げながら手を握るゲイリーにコウサは優しく微笑むと、彼はソレントに連れられていった。

 再び静寂を取り戻した一角でコウサは腰を下ろすと、胸に響く振動に気付いて懐から通信端末を取り出した。着信相手を確認したコウサは今し方起きた事柄を考えると奇妙な縁を感じた。彼は微笑しながら端末を起動させと手のひらサイズのネメシス・ラフレインのホログラムが浮かび上がった。


『近況報告だ』


「ご苦労さん。ちょうど今マフィア絡みの話をしたところやったんや」


ちょうどブランドファミリーに潜入しているネメシスにそう告げると、彼も珍しく少し驚いた様子で口を開いた。


『それは随分とタイミングが良いな。だが、残念な事に今の僕とは無関係だ』


「ん? 何や、今アイゴティヤ星と違うんか?」


コウサの問に彼は肩を竦めながら若干嘲笑気味に告げた。


『コウサ、事態は常に動いているものだ。僕がいつまでも同じ場所にいると思ったら大間違いだ』


「そら悪かったな。ほんなら話聞かせてもらおか」


『ああ、ダンジョウ=クロウ・ガウネリンだが、見事ブランドファミリーから逃げおおせたようだ。僕が連行していたのだが、どうやらダルトン・ブランドがライアン・ブランドの知らぬところで手を回したらしい』


「ほぉ……親子関係っちゅうのはどこでも厄介なもんやな」


『あの二人は義理の親子だ。血のつながりが無い以上そんなものかもしれないね』


「そうかもしれへんな。そいで? 弟君はどうなっとるんや?」


コウサの問いにネメシスは珍しく僅かに口角を上げた。彼が面白がるのはこの先に戦闘が起きそうなときくらいである。彼は戦闘力が皆無でありながら血生臭い戦闘が起きると血が騒ぐという特異な性格をしていたのだ。


『帝国軍諜報部から齎された情報だが、アイゴティヤ星からカルキノス星への宙路にある不審船を見逃すよう皇帝から指示が入ったそうだ』


「んん? ランジョウ君が? 妙やな……彼は弟君が邪魔やったはずやけど……」


『もう一つ。ガンフォールファミリーの海賊連合が動き出した』


その情報にコウサは眉を顰める。それは即ち、帝国軍ではなく宇宙海賊が愚弟の船を狙っていることを意味している。ブランドファミリーではなくガンフォールファミリーが彼等を襲撃する理由はない。そうなると考えられることは一つだった。


「……ガンフォールがランジョウ君に付いたか」


『ああ。正確にはアルバトロス会長は傍観しているから孫のマーガレット・ガンフォールがだろうな』


「なるほどなぁ。海賊連合の規模はどんなもんや?」


『帝国軍の一個艦隊に相当するな。まず間違いなくジュラヴァナ星宙域を襲わせた海賊団とは比べ物にならない規模だろう。残念ながら君が気にしている愚弟の命運もここまでだな』


ネメシスは小さく笑う。コウサは彼の言葉を聞きながらもまるで問題ないと言わんばかりに微笑んでいた。


「そうとも限らへんで。ジュラヴァナ襲わせた海賊団……確かホーンズ海賊団やったな?」


『ああ、そう聞いている』


「あそこの首領は大したもんやった。けどあんな手練れがそう仰山おるとは思えへん。しかも今は弟君の方には中々腕の立つ連中がおる」


『だが一個艦隊だぞ? いくら戦術に優れても戦略無くして乗り切るのは厳しいだろう?』


「戦略も戦術も出来る子が弟君には付いとるやないか……」


コウサはそう言って微笑むと再び立ち上がって窓から空を眺めた。

 雪は止み、雲の隙間から光が差し込み始めている。コウサはその視線の先……遠い宇宙空間で起きるであろう事象をこの目で確認できない事を残念に思った。彼の思い描く予想の中心には愛おしい童女の姿があった。

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